もしも自分の子どもに障害があったら、あなたは今の仕事をそのまま続けられるだろうか。障害児の親たちにとって仕事を続けるためのハードルになっているものは何か。「障がい児および医療的ケア児を育てる親の会」(以下「親の会」)と「朝日新聞厚生文化事業団」の主催で7月1日に開かれた、当事者や専門家が 実態を語るセミナーを取材した。
この記事の画像(9枚)第3回は、障害児を育てながら仕事をする理由、当事者が声を出すことがなぜ重要なのか。
6月に岸田首相のもとで閣議決定された「こども未来戦略方針」などの政府・行政の今後の動きについて述べる。
働く理由~子どもの未来と働きがい
障害児を育てる親が就労を希望する理由は、経済的なものだけではない。
登壇者からは子どもの未来のために、自己研鑽のために仕事をするといった声が聞こえた。また、ケアで心が折れそうなとき、職場・仕事が心の支えになったという話もあった。
工藤さほさん(新聞社勤務、高1の自閉症の娘の母):障害児や医療的ケア児を抱えながらでも、仕事を続けて社会とつながり、仕事を通じて研鑽していきたいと切望する人は大勢いる。また、日々の家事や育児のやりくりや、娘たちのことであちこちに頭を下げてお願いしなくてはならないことが重なって心が折れそうになったとき、職場に行くと、ほっとして本来の自分らしさを取り戻し、精神の健康を保っていることに気づかされる。同僚や先輩たちとの何げない会話は、なんてかけがえのないことなんだろうと思う。仕事は、障害児の育児の壁にぶち当たったときに新しい視点を与え、突破力になっていると実感している。
深澤友紀さん(出版社勤務で雑誌の副編集長、小3の脳性まひの息子の母) :毎日のリハビリやマッサージが必要ななか、フルタイムで働くことに罪悪感や迷いは常にあるが、仕事が好き。仕事を通して息子たちが生きる未来を少しでもいいものにしたい。「障害児のケアと仕事を両立できるかは運次第」の社会を変えたい。
池田知世さん (通信社勤務、小3のダウン症の息子の母) :息子を理由に自分の人生で何かを仕事をあきらめたと思いたくない。よい親子関係のためにもやりたい仕事をできるだけやりたい。メディアでの仕事を通じて問題提起をすることも与えられた役割だと思っている。出生前診断が広がる中、ダウン症の子どもをもつ親として、障害児の育児の困難さも社会として解決していくべきだという発信をしていきたい。
小林正幸さん(「全国医療的ケア児者支援協議会」親の部会長、20歳の医療的ケアが必要な息子の父): 医療的ケア児が生まれたら働けないと思われたくない。課題を解決して社会は前に進むと思っている。
河崎智文さん(産業別労働組合勤務、18歳の発達障害の息子の母) :集団生活になじめない息子への向き合いで幾度となく退職がよぎったが、働くことで気持ちの切り替えができ、最悪の状況を乗り越えられた。息子と離れる時間も大事。同僚に、「謝るのがあなたの仕事じゃない。理解者を増やすのが役割」と言われたことを心にとめている。所属する労働組合組織(電機連合)で作成した障害者支援ガイドラインの中に、障害児等の家族が働き続けられる両立支援を盛り込んだ。障害児等の家族には、一人で抱え込まないでまわりに助けを求めて、自分の人生も大事にしてほしいと伝え続けたい。
佛教大学・田中智子教授:今回のお話の中で、障害児の親は、障害がある子どもがいても働かなければいけないということもある一方で、やりがいをもって、自分の能力を生かして働くことが難しいことが見えてきた。
当事者がつながって声をあげることの大切さ
親の会を設立した工藤さほさんからは、どんな人でも暮らしやすい社会を作るためには、当事者が声を上げることが大切だという話があった。
工藤さほさん:かつて私は、障害児を育てる大変な毎日を世間に知られることもなく、自分が社会からすっぽりとこぼれ落ちていることを感じ、「親子で自助努力で生きていくしかないんだ」と、自暴自棄になっていたが、当時の上司たちが、当事者の会を作って声をあげることや働き方について労働組合で会社に交渉することを後押ししてくれて、はぐれザルのようだった私を群れに戻してくれた。
親の会は、障害児を育てる同じ職場の8人によって2016年に発足し、会社の労使協議で障害児育児支援制度が創設され、子の状態に応じて働き方を柔軟に対応してもらえるようになった。今では親の会は職域や地域を越えて、100人近くのメンバーがゆるくつながっている。
4月に設立されたこども家庭庁では、親の会のメンバーとして「こども家庭審議会成育医療等分科会」の委員を務めさせていただくことになった。また、親の会は厚労省の「今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会」でヒアリングを受け、研究会の報告書には障害児や医療的ケア児を育てる親の就労の視点が初めて盛り込まれた。障害児を育てながら働くための環境は、自助努力だけではどうにもならない。当事者が声をあげない限り、当事者が必要としている法律や制度はできない。労働、福祉、教育に関する法律に、柔軟かつ具体的な視点をもっと盛り込むことが必要。
田中智子教授:インクルーシブな社会に向けて、障害者だけでなく、ケアラーとしての当事者が発言することが大切。「物言う当事者」は、女性、子育て、高齢者介護などケアに関わる課題を、多くの人たちが自分のことと地続きの課題として考える機会を与える。「個人的なことは政治的なこと」という認識の転換が必要。一人の個人の経験から社会問題が見えてくる。仕事とケアどちらかと選択を迫られるのではなく、どちらも大切にできることが当たり前の権利であると言えることがまずは大事。
動きだした障害者を育てる親への福祉と労働の両面からの支援強化
6月13日に閣議決定された「こども未来戦略方針」 では、今後3年間の集中的な取組として「加速化プラン」が掲げられ、その中で、「障害児支援、医療的ケア児支援等」として、「地域における障害児の支援体制の強化や保育所等におけるインクルージョンを推進する」と定められた。
これに先だって厚労省は、「今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会(以下、研究会)」を今年1月から9回開催し、その中で、障害児等を育てる労働者の仕事と育児の両立について、親の会からヒアリングが行われ、6月19日に研究会の報告書が公表された。厚生労働省雇用環境・均等局職業生活両立課課長の平岡宏一氏に、話を聞いた。
--研究会の報告書では、障がい児を育てる親へのどんな行政の対応が提案されたか。
平岡氏 :介護というと高齢者介護と捉えがちだが、現行の育児・介護休業法では、要介護状態の要件を満たせば、子や孫の介護にも介護休暇等を利用できると定められていることがあまり知られていないので、周知強化が必要とされた。また、要介護状態の判断基準について、高齢者介護を念頭に作成されているために、子に障害があるような場合等では解釈が難しいケースも考えられることから、具体的な障害の状態等を踏まえて、さらに検討することが今後の課題とされた。さらに、重度の障害児を育てる社員への配慮として、短時間勤務制度についての年齢に制限なく利用可能とした企業事例などが見られた。これらを参考として、社内の制度以外に、勤務時間帯や勤務地、制度の利用期間などに関する希望など、個人の意向を聴取したあと、事業主はその意向を尊重することが適当である、とされた。この意向聴取等は、子に障害がある場合等に限らず、ひとり親家庭等、各家庭の事情に応じて様々な個別のニーズがあることから、全ての労働者を対象とすることが適当とされた。なお、子の障害の状態など、多様な事情に応じた個別の対応についてのニーズがあり、一律ではなく柔軟かつ具体的な配慮の視点を盛り込むべきとの意見が寄せられたことが、親の会へのヒアリングで印象的だった。
--今後の予定は?
平岡氏:7月26日に労働政策審議会の下の雇用環境均等分科会で研究会の報告書を報告したが、今後、具体的な制度の見直しについて、同分科会で検討されることになる。来年の通常国会への法案提出を目指して取り組んでいく。
障害児の親になる可能性や、自分自身が障害者になる可能性は、誰にでもある。障害児を育てる親が未来に希望をもって、仕事やケアや育児に従事できるかどうかは、誰もが安心して子どもを産み育てられる社会かどうかのバロメーターなのではないだろうか。今後とりまとめられる予定の政府の「こども未来戦略」 に注目したい。