静岡県松崎町に伝わる「なまこ壁」をご存じだろうか。目地の白い漆喰がナマコのように盛り上がる、日本伝統の壁塗り様式だ。なまこ壁をつくる左官職人は、鏝(こて)を使って立体的な絵も描く。職人が激減し、町は後継者を見つけようと伝統技能が体験できるイベントを開いた。
職人は2人だけ 後継者を探す大会
瓦の継ぎ目に漆喰を盛り上げて塗る、なまこ壁。明治から昭和初期にかけて作られ、松崎町が誇る風景のひとつだ。

しかし、なまこ壁を修復できる左官職人は年々減少を続け、松崎町にわずか2人しかいない。
左官職人・中村一夫さん:
おはようございます。松崎町に80年間住んでいます、中村と申します。今日と明日のコンテスト、よろしくお願いします

中村一夫さん(81)は、なまこ壁を修復できる松崎町の左官職人の1人だ。2022年1月、松崎町で開かれた「SAKANアートワールドカップ」に参加した。指導にも熱が入る。

左官職人・中村一夫さん:
ちょっと見て、こうやるんだ。(漆喰が)硬くなると良い格好にならないから、柔らかいうちにだいたいの格好を作っておいて…
松崎町の漆喰技術を継承していく目的で開かれたこの大会。中村さんは、静岡市で左官の仕事を学ぶ来日6年目のベトナム人のグエン・ズイ・トゥアンさんに、なまこ壁をつくる技術を伝えた。

グエン・ズイ・トゥアンさん:
壁塗りは(やり方が)分からないので、いろいろな先輩に教えてもらって本当にうれしかったです
技術を学ぼうと熱心に話を聞くグエンさん。その熱意に中村さんもうれしそうだ。
Q. グエンさんの腕前はいかがですか
左官職人・中村一夫さん:
いや腕の方は…やる気があるから良いですよ。ともかく人間は、やる気がなくちゃしょうがないから
81歳ベテランは病と闘いながら
松崎町に残るなまこ壁の建物は約190棟。しかし、建築様式の変化とともに左官の仕事が減って、左官職人も減少している。

中村さんが中学を卒業して左官の道に入り、すでに65年。この65年で仕事は激減したという。
左官職人・中村一夫さん:
(昔は仕事が)間に合わない、やりきれないほどあったけど、それも束の間に終わってしまった。松崎には少しでも漆喰の仕事があるから我々は助かってるけど、(今後)ともかくやる人がいないって事は困るね
さらに80代となった中村さんはがんを患い、左官業からの引退も考えている。
左官職人・中村一夫さん:
(体の状態は)全然大丈夫ですけど、検査した結果、手術をやったほうがいいというので。自分は何でもないから、検査をしなきゃ気がつかなくて。手術で治ったんだろうけど

2021年12月に胃ガンの手術、2022年3月に食道がんの内視鏡手術を受け、経過は順調だという。
左官職人・中村一夫さん:
やっぱり自分の歳と体には勝てないね、もう
左官職人が鏝で描く芸術
鏝(こて)を使って漆喰で絵を描く「漆喰鏝絵(しっくいこてえ)」にも取り組んできた中村さん。

倉庫には中村さんが描いてきた100点以上の作品がある。長年使ってきた鏝も、少しずつ処分を始めている。

左官職人・中村一夫さん:
長年、もう何十年使ったか、みんな自然に歪んで。左官屋の道具は年季が入った方が値打ちがあるからね。それで上手に壁が塗れる。新しい鏝は塗れない
誇りをもって左官の仕事を続けてきたが、若い人たちに左官を勧めることはできないと話す。

左官職人・中村一夫さん:
左官屋は本当にいないね。一番若い人で50歳過ぎ、会社ではもうすぐに定年になるような年の人が一番若手だからね。だけど我々だって中学、高校を出た生徒に「左官屋をやりなさい」なんて言えないですよ。(左官業だけでは)生活できないし
伝統芸術を「後へ後へとつなぎたい」
なまこ壁を後世に残していくため、松崎町は2021年度、なまこ壁づくりを学ぶ体験会を開いている。

5カ月間にわたり、延べ5回、なまこ壁作りを学ぶ。講師を担当したのが中村さんだ。
左官職人・中村一夫さん:
きょうはもう「中塗り」まで終わって「上塗り」をやります。一番難しい時点に入ったから、みんな真剣にやってくれると思いますよ
左官職人がいなくても、なまこ壁を修復できる人材を増やしたい。町が主催したこの体験会に参加したのは、町民や若い左官職人などさまざまだ。しかし、なまこ壁作りの作業は決して簡単ではない。
参加者:
漆喰がすごく繊細で、力の加減や塗り方で形が変わってしまうので、すごく難しい

別の参加者:
平らに塗れなくて。中村さんを見てると簡単に塗るんですけど、すごくデコボコになってしまい難しい。素人が一朝一夕でできない事で、こういう事に興味を持ち、若い世代が左官という職につくきっかけになれば嬉しい
左官職人・中村一夫さん:
みんな一所懸命やってくれるから、私も嬉しく思います。町のために少しでもやれる人ができたらと思って。伝統的に松崎の芸術が残っているので、これを後へ後へとつないでもらいたい。それだけを思って、自分も一所懸命やってるつもりです

先人が築いた左官技術を絶やさず、地元のなまこ壁を守っていくために。引退が近づくものの、中村さんの奮闘はまだまだ続きそうだ。
(テレビ静岡)