米政界は、最高裁判事の任命をめぐり上院で議席拮抗する与党民主党と共和党の熾烈な戦いが展開されることになりそうだ。

バイデン大統領は27日、米最高裁のスティーブン・ブライヤー判事(83歳)の引退と、後任の候補者を2月中に指名することを発表した。

ホワイトハウスで会見する米最高裁のスティーブン・ブライヤー判事
ホワイトハウスで会見する米最高裁のスティーブン・ブライヤー判事
この記事の画像(6枚)

米最高裁判事は現在保守派6人対リベラル派3人で、民主党は是が非でもバイデン政権のうちにリベラル派の後任を任命すべく承認手続きを加速させたい意向で、3月から上院司法委員会で承認のための公聴会が開かれる見通しだ。

(イラスト作成:さいとうひさし)
(イラスト作成:さいとうひさし)

承認する上院は委員会、本会議とも議席数が同数

通常、最高裁判事の承認手続には平均67日かかると言われ、例外として2020年にエイミー・コニー・バレット判事の場合は27日間というのもあるが、民主党としては5月までには終わらせたいという考えのようだ。

手続きとしては、まず上院司法委員会で聴聞会を経て上院への人事案送付を議決し、上院本会議で採決することになるのだが、その司法委員会が民主、共和両党議席が11対11、上院は50対50で拮抗している。

司法委員会の議決が同数の場合は、本会議が決定を代行することができると上院運営規則が改正されている。しかし、その本会議も民主、共和議席が同数では承認手続きを前進させることができないことになる。

副大統領の権限

そこで合衆国憲法第一条第三節4項の次の条文が焦点となる。

「合衆国の副大統領は、上院の議長となる。ただし、可否同数の場合を除き、評決には加わらない」

つまり、今回の場合で言えばカマラ・ハリス副大統領が決定権を持つということになるわけだが、これにも問題がある。

カマラ・ハリス副大統領
カマラ・ハリス副大統領

合衆国憲法の実質的な起草者とされるアレクサンダー・ハミルトンは、合衆国憲法の理解を深めるために1788年に出版した冊子「ザ・フェデラリスト」の69編でこう記しているからだ。

「国内政府で、上院が分裂した場合には人事を行うことはできない」

副大統領の決定票についての疑義

これについてハーバード大学の憲法学者のローレンス・トライブ教授はこう解説する。

「副大統領は上院で法案をめぐる採決で決定票を投ずる権限があるが、上院の“助言と承認”に関わる問題にまで合衆国憲法はその権限を与えてはない」(ボストン・グローブ紙電子版2020年9月23日)

“助言と承認”とは、行政府が執行する条約や人事について上院が助言や承認を行うことだ。行政府に対する“助言や承認”に行政府の副大統領が最終的な決定権を持つことはできないという考えだ。

現在のアメリカ最高裁判事
現在のアメリカ最高裁判事

鍵を握るのは両党の造反議員?

この議論は2020年10月にエイミー・コニー・バレット判事の認証手続きの際、同判事を指名したトランプ大統領に造反する共和党員が出て下院での投票が同数になる可能性が出てきた時に、ペンス副大統領が決定票を投ずることができるかどうかをめぐって民主党側から湧き上がったものだった。

エイミー・コニー・バレット判事
エイミー・コニー・バレット判事

この時は共和党の造反者は一人だったため、賛成52対反対48でペンス副大統領の出番はなくバレット判事が承認されたが、今回は両党の議席が同じという事態だけにこの議論が共和党側から蒸し返されるのは目に見えている。

また副大統領の介入を招かないように、反対党の造反者への働きかけを強めることも予想される。

すでに共和党のスーザン・コリンズ議員(メイン州)、リーサ・マーカウスキー議員(アラスカ州)、民主党でバイデン大統領に批判的なジョー・マンチン議員(ウエスト・バージニア州)やキルステン・シネマ議員(アリゾナ州)の名前が囁かれおり、米政界は最高裁判事人事をめぐって激しいせめぎあいが展開されることになりそうだ。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。