私の引退会見にお集まりいただき、ありがとうございます。そして新年あけましておめでとうございます。引退会見ということで、特別な感情はそこまでなくてですね。まあ、ただただ引退するんだなみたいな感じで、あんまり実感は今のところないです。

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思い返すと、3歳から好きで体操を‪始めて、1‪月3‪日で33‪歳になって、‪体操歴も30年になって、30年中、16‪年間、‪ナショナル強化選手として活動させていただきました。

「人生の半分以上を日の丸を背負ってこられたことは誇り」

人生の半分以上を日の丸を背負ってやってこれたっていうのは誇りでありますし、今後自分が何をやっていくにしても、自信を持って、‪いろんなことを発言していけるんじゃないかなと思ってい‪ます。

こうして、きょう‪引退会見ということで、いつ決めたか‪とかっていうのは、オリンピックが終わって、次の世界選手権、‪北九州の世界選手権に向かう道中、‪練習をしていく中で、ちょっとしんどすぎたと言いますか、‪このままだと、‪ちょっと先が見えないなっていうのを感じて、世界選手権の前には、‪もうこれが最後かなという感じで、世界選手権に挑みました。だから、本当に最後の最後は決勝に進んで、‪着地を止めて終わりたいという気持ちで演技をして、‪それをやりき‪れたので。

結果はともない‪ませんでしたけど、下の世代の選手たちにも、「‪これが体操だ、‪本物の着地だ」‪っていうところを、僕らしいところを最後見せられたと思うので、そこはよかったかなと思っています。

なんか最初に5~6分しゃべって‪くださいみたいなことをい‪われてるんですけど、僕としては、‪質問されて答える方が得意なので、実際今、‪何をしゃべっていいかわかっていないんですけど。

「3月12日に最後の舞台を」

きょう‪引退会見をやってますけど、本来の引退は3月12‪日なん‪です。というのも、3‪月12‪日に、‪最後の舞台というのを、‪東京体育館でやりたいと思ってて、そこで最後。この全身痛い体にむち‪を打って、6種目‪やろうかなと思っています。

どういう形でやるかは、‪今後しっかり打ち合わせをして、ほか‪の選手もちょっと呼びたいななんていうので、そういった中で、‪自分の最後をしっかり見ていただいて、‪最後にしようかなと思っています。

最後に6種目‪をやるということで、東京オリンピックの代表になるより苦しいことをやらなきゃいけないのかと、‪ちょっと憂鬱(ゆううつ)‪になってますけど、そこまでは、‪しっかりやりき‪りたいなというふう‪に思っています。

このくらいで大丈夫ですかね? あとは質問で答えていきます。

「本気でやっていくのは難しいと感じた」

ーー内村さん、本当に素晴らしく、長い競技人生お疲れさまでした。まずは、今のお話をされている最中、すごく笑顔が多かったように思いましたが、私(ロンドン五輪銅メダリスト・寺川綾さん)自身、競技人生を振り返った時に、すごくすっきりした気分で引退会見を迎えることができたんですが、内村さんの今の実際の気分っていうのは、どのようなものでしょうか?

実際、あまりよくわかってないです。あまりやめたいと思ってないというか、やれるならいつまででもやりたいと思っていたので。でもやっぱり、世界選手権に向かうまでで、ちょっと今後はもう、本気で選手としてやっていくのは厳しいなっていうふうに感じたので、引退という決断をしたんですけど、僕の中では、そこまで重くも、そしてすっきりもとらえていないというか。たぶん、まだ3月までやるというのがあるので、今こういう心境なのかもしれないですけど、世界選手権に向かうまでは、結構これが最後なのかなみたいな気持ちではありました。まあ、本当に実際よくわかってないっていうのは、本当に今一番の心境です。

ーーあらためて30年の体操人生を振り返って、どんな競技人生でしたか?

実績だけ見ると、結果はかなり残せたかなと思うんですけど、実際今振り返ると、「まだまだやれたな、あの時ああしておけばよかったな」っていうのもすごく思うので、本当に自分の競技人生に満足ができているかっていうと、そうではないかなと思いますね。「まだまだあの時、もっとやれただろう」っていうのが、すごく思います。

「佐藤寛朗コーチに感謝」

ーー今、一番感謝を伝えたい方は、どなたでしょうか?

今は、いろんな人がいますけど、その中でってなると、やっぱりコーチの佐藤(寛朗)ですかね。

ーーどういう思いを伝えたいですか?

この5年間、一緒にマンツーマンでやってきて、かなり迷惑もかけたし、本当は最後、オリンピックで金メダルかけてあげたいなって気持ちあったんですけど、まあそれができなくて、ちょっと残念だったなっていう気持ちもあるし。ただ、2人で体操を研究してきたっていう、一緒に練習してきたコーチと選手っていう関係ではなく、同じ立場というか、本当に研究する立場っていう感じでやってこれたし、もう本当にこの場で、少しの時間で語り尽くせないぐらい、濃い時間を共に過ごしてきたので。今、ここに立っているのも、彼のおかげかなと。本当に素直に心から思っているので、本当にそう感じてます。

こだわり続けた「着地」

ーーご自身の体操の中で、最もこだわってきたもの、そして誇れるものは何でしょうか?

着地です。これまで、さんざん個人総合で優勝してきた場面でも、やはり鉄棒の着地も全種目ですね。そこはこだわって、世界チャンピオンとして、オリンピックチャンピオンとして、着地を止めるっていうのは当たり前のことだと思ってやってきたので。

現役選手として最後の舞台になった、あの世界選手権の最後も、どういう演技でもいいんで、着地は絶対に止めてやろうという気持ちでやれたので、そこは自分がこだわりを持ってやってきたのと、本当に最後の意地を見せられたっていう思いがあるので。

もちろん美しく見せるとか、ほかの選手と同じ技でも違うような動きみたいに見せたりっていうのも、もちろんあるんですけど、やっぱり、着地を止めてるっていう印象を皆さんもお持ちだと思うし、僕自身もそこを本当に追い求めてやってきたので、そこかなと思います。

ーーこれまでの体操人生の中で、最も熱く盛り上がった瞬間、いつの演技になりますでしょうか? そしてその理由も教えてください。

2つあります。2011年、東京でやった世界選手権の個人総合決勝全6種目と、リオオリンピックの個人総合の鉄棒ですね。今でも感覚とか、見た視界とかが記憶に残ってて、2011年の世界選手権はもう、今まで感じたことないぐらいのゾーンを感じて。朝起きる2~3分前、もうすぐ目覚めるのみたいなときあるじゃないですか。それぐらいからもう、きょうは何をやってもうまくいくっていう感覚で目覚めて、試合が終わるまですべて自分の思い通りに行ったっていう感覚があって、あれはもう、一生出せないっていうのを、そこでもう、これはもう一生出ないなっていうのを感じたし、ここまで自分の思い通りに行くことはもうないかなっていうぐらい、すごい日でした。

あと、リオオリンピックの鉄棒に関しては、まああれだけの点差を逆転できたっていうのもそうなんですけど、やっぱりオリンピックの体操の歴史にも残せる激闘をオレグ(・ベルニャエフ)選手と、オリンピックの会場を2人で支配できたっていう雰囲気を感じられたのが、すごく今でも記憶に残ってるので。

その2つは、絶対にもう今味わえないだろうなっていうのを、そこで感じてましたね。

ーー3月12日の引退試合をご自身でやろうと思った理由を教えてください。

もともとは、2年前の3月に、自分の名前の試合をやろうとして、コロナでできなくなってしまって、それはまたやりたいと言ってたんですけど、そんな中で。僕も現役最後になるので、試合としてはちょっと難しいっていう判断をしたので、あそこで今まで体操選手が引退するときに、引退試合というか、その最後の舞台をやった選手はいなかったので、そういう場を自分で作って、やるっていう。

これを引退していく選手たちにはスタンダードみたいな目標にもしてもらいたいってのがあったのでは、なかなかみんなできることじゃないと思いますけど、これだけ結果を残して体操をやっていけたら、こういうこともできるんだよっていうのを、みんなにも伝えたかったっていうのと、やっぱり僕自身は、オールラウンダーっていうのでずっとやってきたので、これ本当に最後の最後6種目をやって終わりたいという気持ちがあったので、そうしたいなと思って、やろうかなと思いました。

ーー引退を決意したあとに、また練習で追い込んで6種目やるっていうのは、相当つらいことだと思うんです。けれども、そこにあえて、その6種目に最後の最後にこだわったっていう思いっていうのは、どんなものなんでしょうか?

やりたくても、やっぱり6種目で、もう代表が目指せないから鉄棒で目指しただけであって、僕としてはやっぱり、どんな状態でも6種目は絶対やっていきたい。やりたいっていう気持ちがあったので。今回の東京オリンピックを目指すまでの過程が、今まで皆さんが見てきてない部分なだけであって、僕は、常に6種目はやりたいと思ったし、練習もやってたので、まあやることは普通だと思っています。

もちろんきついこともわかってるんですけど、体操は6種目やってこそっていう気持ちもあるし、後輩たちも、そこはずっと受け継いでいってほしいところでもあるので、あと、心底好きだからっていうところがあるので。

最後を鉄棒だけやって終わるっていうのも、自分としては、自分が自分じゃないような感じがするので、6種目やってこそっていう思いが強いですね。

体操に関わる全てのことに挑戦

ーー今後の活動については、どのようなビジョンを思い描いていらっしゃいますか?

今後はそうですね。これといって、こうなんか、これを絶対でやっていきたいみたいな1つのことではなくて。日本代表の選手たち・後輩たちに、自分が今まで経験してきたことを伝えていったり、小さい子どもたちに、「体操って楽しいんだよ」っていう普及活動をしたり、体操に関わるすべてのことをやっていけたらいいかなっていう。僕自身も、完全に体を動かすことはストップしないと思うので、やれるときに、少し体を動かして、自分が動いて見せて、やるっていうのも1つあると思うので、体操に関わるすべてのこと、いろんなことにチャレンジしていきたいっていう気持ちです。

「感謝している気持ちを返していかなきゃ」

ーー30年連れ添ってきた体操競技への思いはいかがでしょうか? そして、その体操競技に対して、どんな言葉をかけたいですか?

そうですね。「ありがとう」とか、そんな軽い言葉じゃ感謝を伝えられないというか。常に僕、体操しか知らないので、本当に3歳からやってて。これだけ体操というもので、内村航平が作られて、人間性もそうだし、競技も、結果としてすごく残せたし。その感謝している気持ちを返していかなきゃいけないのかなっていう思いが、すごく強いので。

体操っていうことに対して、世界で一番僕が知っている状態に今後したいなって思っているので、ずっと勉強し続けたいです。体操のことについては。極めるとか、そういう次元よりも、もっと上のところまで行きたいと思っています。