宮崎・椎葉村の商店街に2021年、初めてイルミネーションが飾られた。この光は、村を襲った土砂崩れで家族らを失った男性からのメッセージだった。

午後6時。椎葉村に静寂が訪れた。
いつもは街灯も少なく、真っ暗闇に包まれるこの村だが、ことしの冬は一味違った。色とりどりのイルミネーションが、闇夜を照らす。

椎葉村の商店街を彩るイルミネーション
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住民:
これまで真っ暗だった商店街がピカピカして、本当にうれしいなと思います

村にともった優しい光。その輝きの裏には、ある思いがあった。

2020年9月6日、椎葉村で発生した土砂崩れでは、住宅1棟と建設会社の事務所が土砂にのみ込まれた。

椎葉村を襲った土砂崩れ(2020年9月)

この土砂崩れで、建設会社「相生組」の社長の妻・相生勝子さん(当時68)と、息子で専務の泰孝さん(当時39)、そしてベトナム人技能実習生のチャン・コン・ロンさん(当時23)と、グエン・ヒュー・トアンさん(当時22)の4人が行方不明になった。

雨の中、暗闇を裸で…生死の境をさまよった男性

唯一助かった相生社長に、あの日何が起きていたのか、当時の状況を聞いた。

当時の状況を語る相生秀樹社長

相生秀樹社長:
ここが風呂場

藤﨑祐貴アナウンサー:
当時、社長がいらっしゃったのがここ…

相生秀樹社長:
そして、こっちに流れてきたわけよ

土砂崩れが起きたとき、相生社長は入浴中だったという。その後、崩れてきた土砂が横に広がり、建物がのみ込まれた。

相生秀樹社長:
そして、ここまで風呂のユニットが飛ばされてきた。一緒に

藤﨑祐貴アナウンサー:
浴槽が押し流されて…。本当、もうギリギリ…

土砂によって、浴槽は川の方へ押し流されたという。
転落寸前の浴槽を抜け出した相生社長は、助けを求めるために動き出したが、大量の土砂の中を進んでいくのは容易ではなかった。
被災時は夜で、雨も降り、暗闇の中を裸で逃げたという。

相生秀樹社長:
夜で雨は降ってるし、電気は同時に消えて…。真っ暗闇で、真っ裸で…。ガードレールにつかまりながら、「これはガードレール、その奥が道路」とか頭の中で描きながら(歩いた)。そして、こっち(反対側)に逃げたわけよね

相生秀樹社長:
あの恐怖というか、やっぱりなったもんでないと分からない。生と死の境じゃね

あらためて感じた「人とのつながり」

消防団などによって行方不明となった4人の捜索活動が続けられたが、作業は難航した。
そして、事故発生から11日後、グエン・ヒュー・トアンさんは遺体で見つかった。

藤﨑祐貴アナウンサー:
行方不明の男性の遺体が見つかった椎葉村の現場です。土砂崩れがあった場所からは、約3.5km下流になります。この辺りは、川がS字カーブのように蛇行していて堆積物が多く、1週間前にも上流から流されてきたと思われる布団や靴、メジャーなどが見つかっていた場所でした

グエンさんは、高齢化が進む椎葉村に初めてやってきた技能実習生で、相生社長が息子のようにかわいがっていたという。
社長の妻・勝子さんと息子の泰孝さん、技能実習生のチャン・コン・ロンさんは、まだ見つかっていない。

相生社長は、事故現場のすぐ近く、グエンさんとチャンさんのために作った社宅に1人で暮らしている。

相生秀樹社長:
思い出すのもつらいぐらい。それでなくても、毎日(4人のことを)思わない日はない。仕事に行く時も帰る時も、いつも事故現場を通る

11月21日、地元の消防団など約200人による一斉捜索が行われた。冷たい川の中やドローンを使って空から手がかりを探すなど、懸命な捜索が続けられた。

消防団など約200人による一斉捜索

相生秀樹社長:
自分の親戚、身内みたいにして地域の人が助けてくれる。「川を通る時には、(手がかりを探して)見て通る」と言ってくれると、ありがたいよね

事故のあと、あらためて感じた「人とのつながり」。残ったものは、それだけではなかった。

「少しでも恩返しを」商店街を照らすイルミネーション

椎葉村の夜を彩るイルミネーションは、相生社長が事故の前に仕事で使っていたもので、「商店街に飾ってほしい」と2021年に贈った。

藤﨑祐貴アナウンサー:
上椎葉地区。早速きれいなイルミネーションがお出迎えしてくれてますが、相生社長は、まだちゃんとご覧になったことないんですよね

相生秀樹社長:
きょうが初めてです。地元にいながら、ちょっと距離があるもんですから。夜こっちに用事があるってことは、なかなかないもんですからね。初めて見ます、きれいですね

商店街のイルミネーションを初めて見た相生社長

事務所と自宅は全て土砂で流されたが、イルミネーションだけは流されなかった。

相生秀樹社長:
事務所と自宅は何も衣類から一切流されたけど、これだけは他の所に保管しておいたもんですからね、たまたまこれが残っていたということです

相生秀樹社長:
皆さんが一生懸命になって、捜索から心配からいろいろしていただいて、少しでも何かで恩返しできればいいかなと、いつもその気持ちだけは忘れずに。どうしても、あの事故を忘れることはできないけれども、それと同時にこの村民の温かい激励の言葉とか思いやりが、常に私の中にあるもんですからね

「“明日”がない気持ちで…」1日を懸命に生きる

言葉にならない、ありがとうを込めて…相生社長が贈ったイルミネーションが闇夜を照らす。

村民:
新型コロナでもいろいろ大変だったけど、少しでもみんなの気持ちが明るくなればいいと思っている。本当にあたたかい気持ちになりますよね、この明かりでね

村民:
今までは、暗闇の中みたいで寂しかったんですけど、これをもらって付けたら、とても町が明るくなりました。通る人もうれしいと思いますね

村民:
相生さんが大変だった思いも、すごく感じているので、みんなで装飾して「少しでも明るい気持ちに椎葉がなればいいな」という思いで持ってきていただいたと思う。それに応えようというみんなの気持ちが、各店舗で自分で装飾していくという行動につながったんじゃないかと思います

相生秀樹社長:
私の家内、そして息子たちも喜んでいると思っているんですよ

悲しい事故から1年。相生社長が今、思うこととは。

相生秀樹社長:
せっかくいただいた命、大事に一日一日を一生懸命頑張るしかない。もう“明日”という日がないよ。そういう気持ちで毎日をやっぱり頑張って行かないと。つくづくそれを思ったね

時に、一瞬で崩れ去ってしまう日常。そのはかない時間を胸に、生きる姿を優しい光が照らしている。

(テレビ宮崎)