「外交上の最大の成果は?」

12月14日、ホワイトハウスのジェン・サキ報道官の定例記者会見で、こんなやりとりがあった。

定例記者会見を行うサキ報道官(ワシントン・2021年12月14日)
定例記者会見を行うサキ報道官(ワシントン・2021年12月14日)
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記者の質問:
ジェン、ありがとう。外交問題で2つ質問があります。1つは年も押し詰まったことでもあり、この政権が1年目で成し遂げた外交上の最大の成果は何かということです。同時に、最大の失敗はアフガニスタンだと思いますが、それから得た教訓は何だったのか教えてください。

質問したのは米国政府が運営する放送「ボイス・オブ・アメリカ」のパッツィ・ウィダクスワラ記者で、俗に“ソフト(緩い)ボール”な質問、つまりバッターが打ちやすい球を投げてやるような答えやすい質問だったのだが、サキ報道官は一瞬立ち往生してしまった。

サキ報道官:
これはとても良い質問ですので、よく考えて答えたいと思います。この質問について大統領とも話してみたいと思います。喜んで。

報道官はこれだけ言うと、残りいくつかの質問もそこそこに対応して退場してしまった。

「外交上の失敗」続いた1年目

ホワイトハウスの報道官が、バイデン政権の最大の外交の成果が何かという簡単な質問に答えられないのは困ったものだ。もしかしたら、そんな成果はなかったということなのだろうか?

人権派の弁護士で中東問題に詳しいアーセン・オストロフスキー氏はこうツイッターで発信したが、実はバイデン政権にはサキ報道官が答えられるような外交上の成果は一つもないばかりか、失敗ばかりが目に付くのだ。

まずアフガニスタンでは、20年間の泥沼の戦争に終止符を打ったのはよかったが、米国人の撤退にあたって大混乱を起こした末、20年前に排除したタリバンに支配権を明け渡したのは外交上の「大失策」と言えるだろう。

大統領府を掌握したタリバン戦闘員(カブール・2021年8月)
大統領府を掌握したタリバン戦闘員(カブール・2021年8月)

対中関係でも米国は守勢に回り中国に台湾問題などでの攻勢を許しているが、こうした劣勢を挽回すべく英国、豪州と新しい安全保障上のパートナーシップ「AUKUS(オーカス)」を発足させると発表した。ところが、それによって豪州が仏と取り決めていた潜水艦協定が排除され、仏政府が抗議の意思表示として駐米大使を帰国させるという失態を演じた。

緊張高まるウクライナ情勢

ウクライナ問題でバイデンは、自身の内なるネビル・チェンバレンと霊媒対話をした

10日の「ワシントン・ポスト」電子版にこういう見出しの論評記事が掲載された。

筆者は同紙の外交問題のコラムニストで、ジョージ・W・ブッシュ元大統領のスピーチ・ライターでもあったマーク・ティーセン氏だ。

「チェンバレン」は第2次世界大戦開戦時の英国首相で、ヒトラーに対して宥和政策をとり、チェコスロバキアの一部をドイツに割譲する譲歩をしてドイツの拡張を止めたはずだったが、ドイツは翌年チェコスロバキア本体を占領し第2次世界大戦に発展したのだった。

記事は、ロシアがウクライナとの国境地帯に大軍を集結させて侵攻の構えを見せている時に、バイデン大統領は自身の内なるチェンバレンと霊媒対話をしてロシアのプーチン大統領をなだめる道を探っているようだと指摘する。

ロシア南部・ロストフ州での軍事訓練(ロシア国防省12日23日公開)
ロシア南部・ロストフ州での軍事訓練(ロシア国防省12日23日公開)

それは、現在ロシアに支援された分離派勢力によって事実上支配されている東ドンバス地方の自治権を分離派に割譲するようウクライナに圧力をかけるということで、AP通信が米政府高官の話として伝えている。

しかし、プーチン大統領は相手側が「弱み」を見せると付け込んでくるとティーセン氏は警告する。

オンライン首脳会談(12月7日)ではウクライナ情勢について意見交換
オンライン首脳会談(12月7日)ではウクライナ情勢について意見交換

ロシアが2014年にクリミア併合を強行したのも、その前年シリア政府軍が反体制派に対し化学兵器を使ったのに対して、それを「レッドライン(超えてはならない一線)」と警告していた当時のオバマ政権が報復できなかった「弱み」に付け込んだものだったという。

バイデン大統領の“内なるチェンバレン”がそうなさしめるのかどうかはともかく、チェンバレン元首相はドイツの怒涛の進軍を阻止できず、代わったウィンストン・チャーチル氏が英国を救うことになるのだが、バイデン大統領に代わって“内なるチャーチル”と霊媒対話のできる人物は居るのだろうか?

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。