「境川部屋に入ってなかったらもっとうぬぼれた人間になっていた」

これは先に引退した元大関・豪栄道の言葉。親方への感謝を最も表した表現だった。
豪栄道の信念は「やせ我慢」
以前、肋骨を骨折した際も「蚊に刺された」と周囲に話していたほどだ。
そんな彼の生きざまについては、親方の存在を抜きにしては語ることができない。

「いろんな縁があって境川部屋に入って、親方のもとで相撲が取れて本当によかった。義理と人情を大事にする方なのでそこを一番学びました」と引退会見で感謝を述べた。
豪栄道がよく口にする「大和魂」「義理人情」は間違いなく親方のDNA、生きざまを受け継いだものだ。
豪栄道の師匠は「鬼の境川」と呼ばれる境川豪章親方(元小結・両国)。
現在は理事として相撲協会の要職にある。

角界一といわれる猛稽古に耐えた15年間

「境川部屋の稽古は全く違う」。
いくつかの部屋の稽古を見た人が必ずいう言葉だ。
第一に緊張感が違う。ピーンと張り詰めた空気が稽古場を包む。
正座して見ている我々が足を組み替える音さえ目立ってしまうような空気感がなんともいえない。
稽古途中に親方が姿を見せるとその緊張感はピークに達する。怒号が飛び交うのも日常茶飯事だ。
大関でさえ親方の指導に頭を垂れ神妙な表情で「はい」と答えている姿を見ることは日常の風景だった。
角界屈指の厳しさを誇る境川部屋の稽古を豪栄道は15年間耐えてきた。

境川親方の現役時代(元小結・両国)をよく知る人はよほどの相撲通だけだろう。しかし親方になり多くの関取を育て上げ、いまや名門・境川部屋といって異論を挟むものはいない。
相撲解説者・舞の海秀平氏との“師弟関係”はNHKの相撲中継でも度々耳にする。舞の海氏にとって境川親方は日大相撲部の先輩であり、出羽海部屋でも同じ釜の飯を食べた先輩だ。
そんな境川親方が手塩にかけ育てたのが豪栄道だ。
部屋を興してから16年、豪栄道は大関に昇進。もちろん境川部屋始まって以来の大関誕生となった。大関昇進の際の口上、「大和魂」も師匠と一番弟子の思いが詰まった文言だった。

そんな親方は愛弟子の引退について「18歳から15年間寝食を共にしながら、頑張っている姿もけがして苦しんでいる姿もずっと見てきた。ヤセ我慢の美学を大事にしてきた男だと思う
「苦しくても弱音を吐かない。男のど根性を誰よりも持っていた男です」と最大級のねぎらいの言葉を贈った。

 

大関陥落決定後も千秋楽まで気持ちのこもった相撲が取れたのもこのやせ我慢の美学があったからだ。

親方となる豪栄道へ贈る言葉

「相撲の技術はこれ以上ないと思っている。今までは背中で教えるタイプだったと思うんです。これからは様々なレベルの子がいるのでそれぞれの目線にあわせて手取り足取りの指導をしてもらいたいと思う」

今後は部屋付き親方(武隈親方)として境川部屋に残って後進の指導にあたる。
「今後も師匠の男っぷりの良さとか、男としての所作とかそばで色々学んでいきたいと思う」と笑顔で答えた。

 

トラック運転手から角界へ転身した同期・豊響との“友情”

もう一人は豊響隆太、年齢こそ豪栄道の2つ上の35歳だが同じ2005年1月場所が初土俵という同期の桜。
トラック運転手から角界に入った変わり種だ。最高位は前頭2枚目。
現在は幕下の地位に甘んじているものの、豪栄道・妙義龍らと境川部屋を引っ張ってきた男である。
彼もまた師匠と同じ「義理と人情に厚い」男だ。

高校横綱を張ったエリート豪栄道と苦労人の豊響、実にいいコンビだ。
プライベートではニコイチの間柄。豊響を食事に誘っても必ず豪栄道が横にいる。
いつも2人一緒だった。やんちゃな豪栄道をたしなめる豊響を何度も見た。
お互い交わす言葉は多くないが信頼しあう同期。豪栄道も2歳年長で人生経験豊富な豊響から教えられることも多かったはずだ。

同期の引退について「やっぱり寂しいですよ」と短い感想をくれたが、実は2人の間にはもっと長いやりとりがあったようだ。
豪栄道は「普段はそっけないLINEしか送ってこない豊響から初めて長い感傷的な言葉をもらった。感謝している」と明かした。
豊響にどんな内容か直接きいてみると照れくさそうに少しだけ教えてくれた。
同期として誇りだった。寂しいけど今までありがとう。っていう内容ですよ、あとは内緒…
入門時は豊響20歳、豪栄道18歳。そして部屋を興したばかりの親方は42歳。

大の大人が同じ屋根の下で文字通り365日寝食を共にするという“慣習”はもはや角界を除きほとんど残っていないはず。
そんな生活の中での苦労と喜びは我々の想像をはるかに超えているはずである。
まちがいなく言えることは「うぬぼれた男になっていたかもしれない男」豪栄道に大和魂や義理人情を注入し、大和魂を持った「名大関」へと成長したのは「師匠と同期」この2人の男の存在があったからこそである。

(報道スポーツ部・坂本隆之)