信念はヤセ我慢、大和魂と語る大関の素顔とは

引退会見(両国国技館・29日)

「大関から落ちることが決まって来場所相撲を取る気力がなくなった」
29日大関・豪栄道引退会見冒頭の言葉だ。
この会見に来るまで「なぜ豪栄道が地元大阪場所を前にした引退を選んだのか」
というのが私の大きな疑問だった。大関から陥落したとはいえ、次の大阪場所で10勝を挙げれば大関に返り咲くことができた。
それなのになぜ?

この疑問をひもとくワードが会見でいくつか出た。
待っている地元、大阪のみなさんには申し訳ないが、気力のない相撲を取る気はなかった
大和魂の本当の意味は我慢強く、潔く
貫いてきた信念はヤセ我慢。つらいとき、苦しいとき人にそういうところをみせないようにやってきた

信念が「ヤセ我慢」という力士も珍しい。
豪栄道という男は一言で言えば「不器用な昭和の男」だ。
痛いところに余計なテーピングなどせず、痛みを決して口に出さない。
元付け人によると、肋骨が折れたときも周囲には「蚊に刺された」と言っていたという“実話”があるほどだ。

引退の理由は「精も根も尽き果てた」

千秋楽翌日に「引退します」という言葉を聞いた。
その理由を聞いた私に「精も根も尽き果てました」という30代の若者には似つかわしくない言葉が返ってきたのに驚いた。

それほどまでに大関という地位がプレッシャーだったのかと、彼が戦っていたのは「大関」という地位だったのかと今更ながら気付いた。
会見でも大関の重みについてこう答えている。
「プレッシャーはたくさんあると思うけど、それ以上にやりがいのある地位。それは伝えていきたい」

豪栄道引退で考える「横綱」の引き際とは

国技館を去る際、豪栄道が「大関の地位を守るということ。自分を追い込んでやってきたからこそ、ここまでできた」という言葉を漏らした。これこそが彼が大阪場所を待たずに引退を決意した理由が凝縮されている言葉だと思う。
5年半もの間、大関の地位を守り続けることができたのは自分を限界まで追い込み続けたからこその結果である。
しかし、大関陥落という事実を目の前にして、限界まで自らを追い込み続けていた豪栄道が「気力がなくなった」のはごく自然な流れである。
張り詰めていた「気力の糸」がプツンと音を立てて切れたのだろう。
そして大和魂の意味は「潔く」である。彼の下した選択は早かった。
きょうの会見で彼が大阪場所を前に引退を決めた理由に納得した。

大関から陥落しても相撲を取り続ける“美学”がある一方、潔く辞めるという“引き際の美学”もある。今回の豪栄道の引退に際して
陥落がなく地位が保証されている「横綱」の引き際を改めて考えさせられた。

豪栄道は初場所12日目に大関陥落が決まり引退を決意。それでも「ヤセ我慢」を続け残り3日土俵にあがった姿は今から思うと感動的でさえあった。
特に13 日目の栃ノ心との一番は頭をつけて一気の電車道で圧勝。
まさに気力あふれる一番だった。休場中の白鵬、鶴竜はこの相撲を見ていただろうか。

 

(フジテレビ報道スポーツ部・坂本隆之)