佐賀市中心街から車で約1時間。森林に囲まれた佐賀市富士町に「木育」に取り組む若者がいる。豆田勇介さん、24歳だ。

「木育」とは、木を使ったものづくりを通して、森や木と人の関わりについて考え、伝えていく取り組みのこと。富士見町に生まれ育った豆田さんは、地元の建築会社で働きながら、木育を行う熊本の団体に所属し、活動している。

豆田さんは林業をするために、現在研修中の身。山仕事をしていた父親に憧れ、その背中を追いかけた。若者の林業離れが問題視される中、なぜ豆田さんは林業に従事しようと思ったのか。また、なぜ木の大切さを次世代に伝えたいと考えるに至ったのか。

その背景には、かけがえのない家族への思い、趣味のチェンソーアートを通して感じた願いがあった。

後編では、豆田さんが林業への思いを深める理由となった家族との関係について追う。

【前編】災害の抑制にも!? 人工林率全国一の佐賀県で、若き林業従事者が「木育」に取り組む理由

二人の兄の無念を背負い、危険も承知で林業の道へ

佐賀市富士町。佐賀県の最北部に位置し、約82%を豊かな森林が占める林業の町だ。

この町で、豆田さんは三人兄弟の末っ子として生まれ育った。幼いころは、二人の兄ともに富士町を一緒に駆け回って遊んだ。

「魚釣りなんかは、よくしていました。雪が降ったらかまくらを作ったり、お父さんに作ってもらった竹スキーで遊んだり……」(豆田さん)

父・俊彦さんは、かつて林業に従事しており、日常生活でも手作りの木工をよく作ってくれたという。豆田さんは、「お父さんが作ってくれた貯金箱を学校の先生に見せたら、『俺ちょうど貯金してるからちょうだい』って言われたんですよ」と笑顔で回想する。

そんな父に憧れ、三兄弟はやがて将来は林業を仕事にしたいと考えるようになった。「一番上の兄貴がそう言ったので、下の二人も『じゃあ俺らもする』と言い始めたんです」(豆田さん)。

しかし、一つ違いの兄、順平さんは、林業への思いを持ち始めた小学生のころ、軽い障害を指摘される。その後、林業は断念せざるを得なかった。

一番上の兄、健太さんは、中学2年生のときに交通事故で亡くなった。中学からの帰宅途中の事故だった。家で帰宅を待っていた勇介さんたちは事故の知らせで現場に駆けつけた。「自分も現場を見てしまっていて、兄ちゃんが倒れていたのを憶えているんです」(豆田さん)。

林業への思いを断ち切られてしまった二人の兄。豆田さんが林業への思いを強くする裏には、二人の無念があるのだ。

「兄ちゃんが叶えられなかったから、自分ががんばっていく。だから見ていてほしいという気持ちがあります」(豆田さん)

では、そんな豆田さんを家族はどんな思いで見守っているのだろうか。結婚して半年になる妻の千晶さんは、「本人がしたいことをさせたい」と話す。反対はしたことがないという。

「もともと林業をしたいって言われていたので、そうね、どうぞって……」

豆田さんは、山に入る命の危険をも、きちんと伝えている。

「山に行って、帰ってこないこともあると思うんです。自分の不注意で起こすけがもあるでしょうし、もしものときはごめんねって」

母の順子さんは、実際に山へ出かける夫の身を案じる日々を過ごしてきた。しかし順子さんもまた、息子の決意を応援したい気持ちをにじませる。

「うちの人も、山で怪我をして4、5回は入院したことがあります。だから気にはなるけど、本人がそれを知ったうえで林業の仕事をしたいといっているわけですから」(順子さん)

一方、父の俊彦さんは、複雑な思いでいた。

「親としては、自分と同じ仕事をしてもらいたい反面、他の仕事に就いてもらいたいという気持ちもあったんです。山の仕事だけでは食べられないときもあったし、災害が起きたときは大変ですしね。何人か事故に遭った人も見てきた。自分が仕事をしているときも、怪我は多かったです」(俊彦さん)

全工程に3週間。豆田さんの初めての間伐

全国で人口林率が最も高い佐賀県。富士見町は、その北部に位置し、南は天山山系、北には背振山系が連なっている。

現在、佐賀県の林業従事者は450人。高齢化によって引退する人も多い中、最近では豆田さんのように林業を志す若者も増えてきたそうだ。

林業研修の初日。豆田さんは初めて、間伐の作業をすることになる。この日は、森の調査の日。最後に間伐材を運び出し終わるまでは、おおよそ3週間を必要とする。

「(初日というだけでなく)林業は自然との仕事でもあるので、危険というのもあります。自分たちも怪我をしないように、緊張感を持って仕事をする必要がありますね」と、豆田さんが緊張した面持ちで言う。

まずは、間伐に使う重機が入る道作りから。土地の特徴を調査しながら判断し、支障となる木や草を切る「除伐」という作業を行う。

どこに道を作るかという判断には、GPSのデータが一番信頼できるという。ただし、現在の山の状況で臨機応変に対応することも大切だ。先輩が、「例えば杭があるとか、前のテープの跡があるとか、杉と杉の間に檜が植えてあるとか、そういった状況で最終的に判断する」とアドバイスする。

豆田さんたちが入ったのは、10年前にすでに一度、間伐を行った現場。現在1ヘクタールほどの山に、木はおよそ260本ある。そのうち60本ほど切り、間伐率25%を目指す。

今回の指導者であるウッド・エコー産業の代表取締役、川原嘉信さんは「まず、今立っている位置から半径6メートルをぐるっと回って、約100平方メートル。その中に、19本立っている。その25%で約5本を選ぶ」と説明。同様の作業を繰り返して、目標エリアの60本を間伐していくという。

倒す木を選ぶ「選木」の対象は、小さい木や不良木。例えば、上の方が曲がっている木はこの先枯れてしまうため、倒す対象となる。反対に、大きさのそろった健全な木は残していく。豆田さんは、川原さんにアドバイスを求めながら倒す木に印をつけていく。

どの木を倒すか選木した後、いよいよ間伐だ。川原さんはまず、木の重心を豆田さんに問うた。ただ木を倒せばいいわけではないのだ。「はじめに倒す方向を決めて、それからぐるっと周りを見て、人がいないかどうか、倒したときに木が当たって跳ねるものがないかどうかを確認する」と川原さんは説明する。

次に、何かが跳ねたとき、自分が退避する場所を見つけておかないといけない。一番無難なのは、斜め後ろの木の影。続いて、そこに逃げるときに障害物がないかを確認。「低い木があって、邪魔だろう? だから逃げやすいように、これの処分からしなくてはいけない」(川原さん)。

準備が完了したら、チェンソーの出番だ。木の根元に切り込みを入れていく豆田さん。ゆっくりと木が倒れる。

切断面を見て、川原さんが「まあ上等」と一言。ほっと一安心の豆田さん。

「倒したときのバサッていう音が好きなんです。あ、倒れたなという感じがあるから。そこが楽しいところかな。伐倒に関しては」(豆田さん)

もちろん、順調にいかないこともある。よくあるのが、倒すはずの木の枝が別の木に引っかかってしまい、倒れないというケース。

「研修中は、こういうことはしょっちゅうです。密集しているところの一部を倒すわけだから、慣れないうちは必ずこうなる。最初に、ひっかからずに倒せる木、倒せる場所を選ぶことが大切なんですね」(川原さん)

続いて、「造材」の作業。ある程度、間伐を進めたら、倒した木の枝を落とし、15メートル以上あるところから3、4メートルにカットしていく。

造材が終われば、木材を集めて運び出し、製材業者へ。一方、落とした枝は山にわざと残すことで、大雨による土砂崩れ防止に役だったり、年月掛けて微生物が食べることによって土にかえっていったりするのだ。

木育、チェンソーアート……間伐の端材、廃材から伝えられること

業者に運搬された間伐材は、板や角材に加工され、建築建材などに利用される。製材の際に出るのが、端材だ。

地元の建築会社に就職し、製材工場で木材の製材加工を行っている豆田さん。その職場で、木の端材を使った面白い取り組みがあった。

森と暮らしの関係や将来の環境について、子どもたちに楽しみながら学んでもらうイベント「きゅうでんPlay Forest 2019 in吉野ヶ里町」で、ブースを出展。端材を利用して家を作るワークショップを行ったのだ。木育を広めたい豆田さんにとっては、子どもたちに伝える格好のチャンスだった。

豆田さんが佐賀支部の塾長を務めるボランティア団体「全国ものづくり塾」での活動もまた、端材を使った取り組みだ。

2019年5月、熊本県長洲町で行われた「火の国長洲金魚まつり」のイベント「みんなで木育!ものづくりフェア」には、佐賀県のほか、山口県や高知県からもスタッフが参加した。豆田さんは、佐賀でのイベント開催にも生かしたいと考えていた。

先輩スタッフが、豆田さんに「子どもに教えるときは、最初に森の話をする。山とか、木の大切さとかね。林業をしているんだから、そういう話は得意だろ? 何のために木を植えるのか、間伐にはどういう意味があるのか」とアドバイス。木育をしてからおもちゃ作りに取りかかることで、木に関心を持つ子供たちがもっと増えるはずだという。

「みんなで木育!ものづくりフェア」は、スタッフのサポートを受けながら親子で木のおもちゃ作り体験をするイベント。木の良さを体感してもらうもので、これまで九州を中心に全国各地で100回以上開催されている。

評判は上々だ。「木は気持ちいい」と話す男児。ある母親は「自分が幼いころ触ったような木のおもちゃに、子どもにも触れてほしいと思っていた」と微笑み、ある父親は「普段、こうした木工作は家でやろうと思ってもできない。同じようなイベントが所々であると、子どもたちがもっと木の良さをわかりますよね」と期待を寄せる。

主催者側からも、「木のぬくもり、木の匂い、木の温かさを感じてもらうというのも、このイベントの一つの目的じゃないかなと思います」という声が聞こえてきた。

「火の国長洲金魚まつり」では、チェンソーアート大会「第8回 長洲村チェンソーアートの祭典」も開催された。九州各県から参加したカーバーたちが制限時間内に作品を制作し、その腕を競い合う。

チェンソーアートで使用するのは、間伐材を像材する際に出た廃材。廃材は、ほかにもさまざまな燃料やガーデニングの材料などとして利用されている。

豆田さんは、こちらには選手として参加。制限時間は、4時間だ。仮設テントの下でカーバーたちが並び、集中して木を彫り続ける。完成した作品が、並んで展示された。

優勝を決めるのは、観客の投票だ。豆田さんの作品はイノシシ。残念ながら賞は逃したが、荒削りななかに自身の純朴さが伝わる仕上がりだ。豆田さんの作品に投票したという男性も、「純粋にシンプルで一番よかった」と評価していた。

さまざまな形で木にかかわる豆田さん。その思いは、森林を、そして木への思いを後世に受け継いでいくことだ。

「今、自分たちが手を入れているのは、先祖からの山です。それに手入れをして、また次の世代につなげていきたいという思いで、林業に取り組んでいきます。また、多くの子どもたちに木育に携わってもらって、木や森林の大切さを学んでもらいたいなとも思っています」

長い年月をかけて木は成長し、森となり、そこで育まれた水は、川を流れ海に注いでいる。
私たちは、自然の恩恵を受けて暮らしているのだ。木とふれあい、木から学び、木と生きる。
豆田さんは、自然を大切に思う気持ちが次世代に引き継がれることを願っている。

【前編】災害の抑制にも!? 人工林率全国一の佐賀県で、若き林業従事者が「木育」に取り組む理由