「最上級に難しい」任務

「最上級に難しい」

モデルナ社製のワクチンを日本に輸送した日本航空担当者の言葉だ。

4月30日ブリュッセルから関西国際空港に第一便が到着したモデルナのワクチン。

モデルナ社製ワクチン第一便 関西空港
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既に摂取が始まっているファイザーのワクチンと同様に新型コロナウイルス感染防止への効果が期待され、東京と大阪で開設される大規模接種センターで使用されている。

ワクチンを輸送するまでの航空会社の舞台裏に迫った。

厳しい経営状況下で「ワクチン輸送」の意義

2021年初旬、羽田空港に到着した旅客機から1つのコンテナが降ろされた。

担当者が注目していたのは「温度」と「安定性」だ。

モデルナのワクチンはマイナス20度での輸送が求められていて、輸送に実際に使うコンテナが温度を適切に保たれているのか試験が行われた。

この時の試験では1つのコンテナに対して、3つの木材が敷かられていたが、更に安定性を高めた方がいいと判断。

コンテナの重量を均等に分散し、ベースであるパレットの安定性を高めるために、4月30日に到着した第一便では、より多くの木材が敷き詰められ、輸送が実施された。

今年初め(左)より多くの木材を敷き詰めた今回の輸送(右)

ワクチンについて各航空会社が本格的に動き始めたのは、2020年夏のこと。輸送を担当するため、水面下で各航空会社がしのぎを削っていた。

航空各社は新型コロナウイルスの影響で路線の運休・減便が相次いでいて、新卒の大幅な削減の他、社員の出向や一時帰休、ボーナスの減額などでコストカット策を打ち出している。

そんな厳しい状況の中、輸送する意義を貨物部門の責任者、沼畑康夫部長は強調する。

閑散とした空港

沼畑康夫 JAL 貨物郵便本部 貨物路線部長:
去年の夏から、日本政府がアメリカやイギリスのメーカーから、ワクチンを輸入するという情報が出てきました。世界中のエアラインが、どう輸送するか、どのメーカーをやろうかなどの、取り組みが始まったのです。
航空会社はコロナで大変な目になっていて、ワクチンを輸送すれば運賃を頂きますが、今回の輸送は、ある意味、商売を超えたところにあると思っています。日本に住む人たちが早くコロナに対する防除壁を作って、新しいまた明るい日々に戻れると思っていますので

沼畑康夫 JAL 貨物郵便本部 貨物路線部長

また、ドライアイスや電子機器の準備にも時間をかけたという。

二酸化炭素を固めたドライアイスは安全管理上、航空機に搭載できる量が制限されている。

しかし、どのワクチンを輸送するか分からず、ドライアイスが規定よりも必要になる可能性があるため、国土交通省へ届け出をし、搭載できる上限をあげた。

また、搭載できる電子機器も国の承認が必要だが、どの機器が使われるか分からないので、片っ端から承認作業を行い、いつでも使えるように準備したという。

「最上級に難しい輸送」

そんな「最難関」のプロジェクトリーダーに沼畑部長が指名したのが高野洋介チームリーダー。

2002年、貨物部署を志望してJALに入社。一貫して貨物部門で働き続ける「貨物のプロ」だ。

高野洋介 チームリーダー

高野洋介  JAL コールドチェーンロジスティクス チームリーダー:
ワクチン輸送は日本社会の浮沈がかかっていると思いますが、輸送の難易度は最上級です。非常に難しい乗り越えないといけないハードルが色々あります。いつ輸送されるのか、いつ輸送が承認されるかが決まっていない中、いろんな選択肢をもちながら常にやっていくのが非常に大変です。
また、飛行機が故障したときにどういう対応をとるのか。色んなパターンを用意しています。ワクチンの輸送を絶対に遅らせない為に、何が正しいのか決めるのが難しいところです

自分たちでは日程を決められない、難しいプロジェクト。

輸送が一度、確定しても、変更になる可能性があるため、それを見越した人員や機材の確保が必要になってくるという。

今回は、予備の飛行機やパイロットを成田空港に待機させ、何か海外であったらすぐに飛行機を飛ばせるような体制をとっている他、運航する飛行機の運航乗務員の人数も通常3人とのところ、4人体制に増員した。

運航乗務員が交代で操縦できるため、長時間の乗務が可能となり、天候不良での待機など不測の事態にも対応しやすくしているという。

通常より1人多い、4人体制のパイロット

「-20度」で運ぶコンテナ

また、モデルナのワクチンはマイナス20度前後での保管となっているため、運ぶコンテナの性能も重視される。

高野が向かったのは羽田空港の貨物倉庫。実際に輸送に使うコンテナを確認するためだ。

使用するコンテナは56枚の蓄冷材が敷き詰められていて、外気温30度の状況でコンテナ内をマイナス20度で120時間保てるという。

-20度で荷物を運ぶコンテナ

日本航空でも自社製造のコンテナを保有しているが、内部の温度は+5度までが限界で、-20度までは対応していない。

リースのコンテナに頼らざる得ないのが現状だ。

また、このコンテナは全くドライアイスを使っておらず、航空機で輸送する際に使い勝手がいいという。

関係者によると、コンテナ確保の優先順位は国力や資金は関係なく、いかに早く契約を結んだかだという。

このコンテナについての契約は世界の中でもかなり速く結ばれていて、輸送に必要な量は確保できているとしている。

そして、コンテナ内の温度管理は海外空港から国内空港まで特別なチェックシートを使用して確認される。

厳重な管理と入念な準備が実施されるワクチン輸送。

また、担当社員も入念な準備が求められている。

現地のベルギー・ブリュッセルに派遣される社員はヨーロッパ駐在員および日本からそれぞれ約10人。合計約20人が現地に滞在して輸送を円滑に行うよう作業する。

日本航空では日本を出発する社員については出発の2週間前からテレワークなどの感染防止対応を可能な限りお願いしていて、“自主隔離”をした上で現地に出発するという。

初の「防疫体制マニュアル」

また、今回のプロジェクトで特に重視されたのは「防疫体制のマニュアル」だ。

日本航空は1980年代前半から国際線での医薬品輸送を日本で初めて開始したが、防疫体制のマニュアルを作成したのは初めてだ。

高野洋介 チームリーダー

高野洋介 チームリーダー:
ワクチン輸送は日本社会の浮沈がかかっている。我々がお手伝いさせていただく限り絶対に失敗してはいけない。1本たりとも無駄にしてはいけない心構えが我々関係者一同に求められている。
ワクチンが普及して接種した人が増えて、元のように観光客、ビジネス客が戻って飛行機がうまるようになる。そういうことをイメージしてやっています

新型コロナウイルスの影響で経営が厳しい航空各社だが、航空会社として貴重な貨物輸送への取り組みと使命感がワクチン輸送を実現させたと言える。

執筆:国土交通省担当 相澤航太