2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催まで1年を切り、男子マラソン代表に中村匠吾選手・服部勇馬選手、女子マラソン代表に前田穂南選手・鈴木亜由子選手、レスリングの女子57kg級に川井梨紗子選手が内定するなど、競技に挑む選手たちも続々と決定していっている。
そんな中、東京2020大会組織委員会から東京五輪の選手村で使用される寝具が9月24日に発表された。

大会オフィシャル寝具パートナーの「エアウィーヴ」によると、この寝具は大会特別仕様で、選手の睡眠環境の改善のため機能性寝具が選手村に導入されるのは今大会が初めてだという。東京オリンピックでは18000ベッド、東京パラリンピックでは8000ベッドを用意する。
そして、マットレスは、選手の体型や体重によって、肩・腰・脚、それぞれのマットレスの硬さを調整できるのも特徴のひとつだ。また、掛け布団には羽毛ではなくポリエステルを用いるなど、環境にも配慮した素材を使用していて、ベッドフレームには、なんと「段ボール」を採用している。
「エアウィーヴ」といえば、プロスポーツ選手も愛用していて、いいパフォーマンスが出せる工夫が施されているのは想像できるが、やはりベッドフレームの段ボールが気になる。持続可能性に配慮しているとはいえ、肝心の寝心地への影響はどうなのか?
開発元・エアウィーヴの代表取締役社長兼会長、高岡本州さんに詳しい話を聞いた。

段ボール製だが成年男子3人が乗っても耐えられる
ーーこのベッドを作ることになったきっかけは?
約2万人が選手村に宿泊するということで、選手たち一人一人に質の良い眠りをきめ細かく提供するべく、従来とは異なる工夫を凝らしたベッドを作ることになった次第です。
ーー寝具のサイズについて教えて。
幅 約90cm × 長さ 約210cm × 高さ 約80cm となっております。高身長の方のためにエクステンションもご用意しています。
ーーなぜベッドフレームの素材を段ボールにすることになった?
後ほど詳しくご説明しますが、選手が乗るマットレスを薄くする必要がどうしてもあり、ベッドフレームにその分かかってくる荷重の問題をクリアする必要がありました。
そのため、木に代えて段ボールを採用し、内部の梁を増やすことで、ベッド自体の耐久性を増やすとともに、かかるコストを抑えた次第です。また、段ボールを用いることで、サステナビリティの点にも目配せしています。

ーーこれは初の試みにあたる?
はい。開発には1年ほどかかりました。
ーー強度はどの位まで持つ?
一般的なベッドフレームの荷重である200kgを少なくともクリアしており、これは平均的な成年男子3人分が一度に乗って飛び跳ねてももつ程度のものとなっています。
ーー寝具に使われる段ボールは、どうしてそれほどの重みに耐えられる?
内部の段ボール製の梁を増やすことで、荷重を十分吸収できるようにしています。
ーーでは、横からの衝撃にも耐えられたりする?
意図的にではなく通常の使い方であれば、横から蹴ったからといって腰折れするようなことはないかと考えております。そこは問題ないです。
選手の体型によってマットレスをカスタマイズできる
ーー今回の寝具で寝やすいように施した工夫を教えて?
まず、弊社とIT企業がコラボしたアプリを使用し、相手の正面と側面を撮影した後でクラウド上に上げると、その体型に合った各部位の体重分布を自動算出する仕組みを構築。相手に適したマットレスのパターンを把握できるようにしました。
いかにアスリートに安眠させるか。それは、マットレスの上で寝返ったときに筋肉を使わないようにさせ、身体へ負荷がかからないようにすること、そして脳にストレスを与えないこと。エアウィーヴは10年そうした研究を行い、自ら取り続けてきた豊富な体型データの蓄積があります。

ーーでは、マットレスにも新技術を使用している?
スポーツ選手といっても、種目によってそれぞれ体型が異なりますね。そのため、身体の中でも特に重い肩、腰、足の部分に合わせて、マットレスを硬さごとに3分割しました。
選手村到着後、選手は自身にぴったり合った寝具パターンのデータを入手し、身体の各部位にかかる負荷に細かく対応するべく、3つのマットレスを自分で組み替えてカスタマイズすることができるわけです。
先ほどの説明につながりますが、この組み替えを容易にするため、マットレスを薄くして軽くする分、ベッドフレームの強度を増す必要があったということです。マットレスが重ければ重いほど、持ち上げる選手の負担が大きくなりますから。

ーーこの寝具では、夜の暑さの問題などもクリアできている?
人は寝ている最中に発汗するため、すぐ下のマットレスは湿ります。ウレタン製のマットレスですと空気を通さないので湿気がこもりがちですが、エアウィーヴは通気性を確保した素材を採用することで、この問題を解決しています。
マットレスは両面硬さの異なる3種類のパーツがあり、例えば水泳選手のような肩幅の広い逆三角形の体型の選手には肩周りを柔らかくし、体重が100kgあるような大柄の選手には腰の部分を硬くするというような体型にあったカスタマイズができるのだ。
この寝具は「メダルにも影響するでしょう」
ーー寝具全体の開発にどの位かかっている?
データ取得も含めて10年かかっています。
ーーその中で、最も困難だった課題は何だった?
快眠のためのデータを取ることです。
安定した睡眠の人たちからデータを取って、寝具との関係を読み取るべく、2011年に米スタンフォード大学の西野精治教授にお願いして、睡眠中の体温変化をまず測定しました。同じような環境下で、同じように眠る被験者を何人か集めて1週間ほど計測し、ウレタン系の寝具と弊社の寝具との平均値を割り出しています。
さらに、エアウィーヴの寝具を使った睡眠と、通常の寝具を使った睡眠とで起床後のパフォーマンスがどう変わるか知るべく、2013年からはテニスの錦織圭選手も卒業したIMGアカデミーにて、起床後の子どもたちの運動能力を一つ一つ確認していきました。

こうした地道な調査には、長い年月に加えて大きな労力と費用がかかるため、弊社にとって大変な困難となりました。しかし、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会にてカスタマイズ可能な寝具を考案する際、過去に採取した膨大なデータが役に立っています。
ーーなぜ、そこまでして理想的なベッドを作ろうとするの?
私は20代でむち打ちを起こしており、悪い寝具で寝るとすごく肩がこるんです。そのため、エアウィーヴを始めた際、「負荷のかからない、理想の寝具を自分で作れるな」と思いました。
ーーこちらの寝具は、従来のものと比べて、選手たちの成績にどんな好影響を与えそう?
弊社製と、従来のウレタン製の寝具をデータ取得して比較した場合、40mで0.1秒、ロングジャンプすると3cm高く飛べるという結果が出ています。メダルにも影響するでしょう。
ーーベッドフレームやマットレスは、どんな用途に再利用できそう?
ダンボールのベッドフレームは新聞紙などの古紙に、エアファイバー製のマットレスも溶かしてペレット状にした上で、ビニール袋に再加工することができます。
また、このベッドですが、使用後に分解して、袋に詰めてひとりで持ち運び可能になっています。東京2020年大会終了後、別の場所で組み立て直して、また寝具として使っていただくことも可能ですし、分解したまま被災地用に保管していただくこともできます。

寝具を通じて選手のベストに少しでもお役に立ちたい
ーー選手村のものと同じ寝具を買うにはどうしたらいい?
同じスペックではないですが、同じような硬さの調整ができる寝具を、2020年春ぐらいにデパートやオンラインなどで一般向けに発売する予定です。
ーー国内外での評判は?
海外のオリンピック委員会から「フィッティングさせてくれ」と言われます。問い合わせベースですと、オーストラリア、イタリア、オランダ、中国、アメリカなど10カ国以上から話が来ています。使ってもらうと、やはり「寝やすかった」という声が起こりますね。
ーー最後に、東京五輪でこのベッドを使用する選手たちへ一言。
すべての選手がそうなんですが、ものすごい努力をされて、この東京2020年大会に来られる。そして、今までやってきたことのベストを出せることが彼らの願いではないでしょうか。
我々寝具を供給する立場としては、そうした思いを寝具を通じてサポートし、各人のベストのために少しでもお役に立ちたいと思っています。そして、すべての選手がベストを尽くせることを祈っています!
「段ボール製」ということに驚かされたベッドだが、じっくり話を聞いてみると、アスリートのことを考え抜いた細かい設計と、長年にわたる取得データの積み重ねに支えられていることが分かった。
2020年の東京五輪では、選手たちが“良質な睡眠”をとり、ベストパフォーマンスを出し合うハイレベルな大会になることを願いたい。
