主婦が年間100頭を捕獲するハンターに
「お肉が食べたかった。ただそれだけです」
そんな理由から猟の世界に飛び込んだ一人の主婦が、いま地域農業を守る頼れる存在となっている。
愛媛県西条市丹原町に暮らす西村裕子さん(50)は、3人の子供を育てながら家事に追われてきたごく普通の主婦だった。
子育てが一段落したのを機に猟師の道へ進み、現在は西条西支部丹原町猟友会に所属する猟師歴5年のハンターとして活動する。
「家族はびっくりしたし、周りもびっくりしたし、なんで?って言われました」と笑いながら振り返る。
有害鳥獣による農業被害が多発
西村さんは語る。
「楽しいです。色んな人との出会いとか猟仲間が増えたりとかそのご縁が広がってきてもうやめれないですよね」
西村さんがこの時期狙う獲物はイノシシやシカ、サルなど農作物を荒らす動物だ。
農家の一人は「こっちの山におるイノシシがサトイモの味を覚えてしまってね」と、この日も深刻な農被害の相談を訴える。
サトイモ畑をイノシシに荒らされ、駆除を依頼したこちらの農家。
被害はイノシシに留まらない。
こちらの農家は「うちもそこでカキ作ってるんですけど、もう全然。おサルに食べられて人様の口には入りません。で、キュウリはよう作らんようになりました」とがっくり肩を落とした。
『もう何十万円という被害の額』
県内の鳥獣被害額は、昨年度だけで3億5千万円を超え、その8割がイノシシ・サル、シカなどの害獣によるものと深刻だ。
「今年みたいにおサルさんがおいでたことはない。もうみんなやられました」と語るクリ農家の女性も。
このクリ畑では毎年1トンほどを出荷していたが、今年はサルに食べられゼロに。
この40年で初めてのことだそうだ。
農園の社長は「今年はトータルで300房以上をシカに食べられました。ブドウの袋ごとむしり取って、下に落としてそこで食べてるっていうような、本当に効果てき面で、わなを仕掛けていただいた翌日からピタッとシカが来なくなりましたので、すごく助かってます」と西村さんの対応に感謝した。
地元の営農組合の組合長も同様に「イネにしろサトイモにしろ、収穫が近づいてきたら、被害が全然多くなってくるからね。絶対数を減らしてくれだったら被害が収まらんです」と嘆く。

60個のわなを毎朝2時間かけて見回る
主婦ハンターの西村さんの1日は、仕掛けたわなの見回りから始まる。
仲間と仕掛けたわなは全部で60個あまり。
異常がないか毎朝、2時間ほどかけくまなく見て回る。
西村さんが日々のパトロールで見ているのは、動物たちが残したわずかな痕跡だ。
「そこの茂みからずーっとこうやって歩いとんですよ」と獣道を指さしながら説明する姿はもはやベテランだ。
毎日足を運ぶことで見えてくる変化が、猟の成果を大きく左右する。
今では年間約100頭の捕獲数を誇る西村さん。
その知識と経験を学ぼうと今、若い猟師が集まってきている。

西村さんにも多数の弟子に指導する
「ここかけたじゃん、向こう側上がりよるの、わかる?あそこ上がりよる」
西村さんが語りかける2人は、弟子入りして1年。
獣の通り道の見極めや罠を仕掛ける場所を教わっている。
西条西支部丹原町猟友会・矢畑祐鳳さん(33)は、「すごい獲りよる人がおるよっていうことで教えてもらって、じゃあちょっと話に行こやっていうことで、会いに行ったのがきっかけですね」と話す。
また同じく弟子の佐伯謙成さん(34)は「ここ見て『通っとるよね、あっちからこっち来とるよ』とか、『ここちょっと前にイノシシ通ったね、オスやね、臭いね』とかよく気づく人やなっていうのは思いますね」と師匠・西村さんの注意深さに感心していた。

「どっちが賢いかですよね」獣との知恵比べ
「シカの捕獲に行きます」
この日、西村さんのわなにかかったのは、2歳から3歳とみられるオスのシカだ。
2人の弟子とともに捕獲に向かう。
弟子の一人、佐伯さんは語る。
「野生動物によって反撃や逆襲を受けて亡くなられる方とかも結構いるんで、なるべくみんなが自分だけじゃなくて、周りを見つつ危ない事をしないように心がけている」
野生動物を相手にする捕獲作業は危険を伴う。
声を掛け合いながら、慎重に作業を進める。
「わなをかけてくれたおかげで、作物がすごい一杯採れたよ、ありがとうって初めて言われた時に、私ありがとうって言われることをしたんだみたいな」
農家からの感謝がやりがいにもつながったと西村さん。
そして、猟そのものの奥深さにも魅了されていく。
「たぶん、わなかけたら賢い子は気づくんですよ。罠を避けて動いとるのがわかると、そこを閉じていったり、わなを動かしたりして、どっちが賢いかですよね」

命と向き合うジビエ専門店「magokoro」
地域から頼られる有害鳥獣駆除員となった西村さんだが、そもそも猟を始めた理由は意外なものだった。
「お肉が食べたかった。お肉が食べたかった、ただそれだけです」
「うまっ!めっちゃおいしい!」この日は今治市・伯方島の猟師仲間と、ジビエ・バーベキューを楽しんだ。
「土地土地で食べるものが違うお肉も味が違う。食べ比べも楽しいじゃないですか。これが本当にジビエの良さやと思うんですよね。その土地土地のお肉のよさが引き出せてあげれたら、それが私らの仕事なんかなと思います」
そんな西村さんが去年2月にオープンさせたのが、ジビエ専門店「magokoro」だ。
丹原町猟友会の施設の一角で、自分たちで捕獲したイノシシやシカの肉を販売している。
営業は月に2回ほど、1日わずか3時間だが、口コミで評判が広がり遠方からも客が訪れる。
「イノシシは私もすごい苦手だったんですけど、豚肉よりも全然脂臭くなくて、ぺろりと食べられるんですよ」
「ここのお肉はすごい新鮮で臭みがなくて、ジビエのイメージがすごい変わるんですよ」
「いっぱい料理したいなって思うお肉です」
と、来店客も大絶賛だ。
おいしいジビエ肉を作るには、確かな技術と知識が求められる。
西村さんは語る。
「言うたって大事な命じゃないですか。その子らの命を取るんですから、一番おいしくしてあげたい。みんなに食べてもらいたい」
その思いと品質は高い評価を受け、近隣や松山市内のレストランでも使われるようになった。
こうした西村さんの思いは、若手猟師たちにも受け継がれている。
弟子の矢畑さんも同じ思いだ。
「この子たちも有害で害獣とされとるけど、おいしいお肉にしてあげるとね、無駄にはならんと思うので。僕らの血となり肉となるので」
そしてこれから新たな輪も生まれている。
この店をきっかけに、猟師になった若者も現れた。「ふらっと通りがかってジビエやってるんだっていうので、初めて来たんですが、ここでやろうかなあって地元がこの辺なので」

「お肉が食べたい」から始まった主婦の挑戦
自然と人が集う西村さんの求心力。
その活動が評価され、県猟友会に新設された“初代”青年部長に任命された。
愛媛県猟友会の菊池生一会長は西村さんを高く評価する。
「バイタリティのある素晴らしい女性だと思ってます。前向きで、あの若い人をぐんぐん引っ張っていく。大変我々としては頼もしい存在かなと」
西村さんもその思いを語った。
「おいしいって言ってもらえることがうれしくて、またおいしかったけんまた来たよって、買いに来てくれるのがうれしくて、その連続ですよね。それだけで今まできました」
「お肉が食べたい」から始まった主婦の挑戦。
命の重みと向き合いながら紡いできた「まごころ」は次の世代へ、そして地域全体の確かな希望へと広がっている。


