国宝・松本城の天守では、毎年この時期、漆の塗り替えが行われ、地元の漆器店が作業を担っています。昭和の大修理から70年、3代にわたって城を守り続けています。
■国宝の美を支える黒漆
青空にそびえる国宝・松本城天守。約400年以上前の豊臣政権下で建てられました。
しっくいの白壁を囲うのは黒漆が塗られた「下見板」。重厚感のある黒と白の美しいコントラストが訪れる人を魅了します。
観光客:
「太陽が当たってもピカピカ光っている感じがなく、これが“漆黒”かと」
先週、天守ではその漆の塗り替えが行われていました。
水や熱に強い漆は抗菌作用も高く木材に塗ることで腐食も防ぎます。ただ、黒漆は紫外線に弱く、野ざらしの外壁で美しさを保つにはこまめに塗り替える必要があります。
■誇りを胸に継いだ3代目
丁寧にはけを滑らすのは、松本市の碇屋漆器店3代目の碇屋公一さん(43)。
11年前に会社勤めを辞め、家業を継ぎました。
碇屋漆器店 3代目・碇屋公一さん:
「生まれた時からそういう環境にいたので、祖父と父の仕事を(自分も)やるものと思っていました。国宝に携わっている仕事なので、『誇りがある』と思っていました」
■父が見守る天守での作業
そんな公一さんの仕事を見守るのは、父親で2代目の公章さん(73)です。高所での作業は3年前に引退しましたが、今も職人たちの指揮をとります。
碇屋漆器店 2代目・碇屋公章さん:
「いったん、下に下りておいで」
碇屋漆器店 3代目・碇屋公一さん:
「(職人に)漆を持ってくるように言って」
碇屋漆器店 2代目・碇屋公章さん:
「日が当たってきたから漆が不足しそうってわけだ。(自分は)連絡係だね(笑)。観光客にきれいだねって言われると本当にうれしいね」
■戦友との縁がつないだ仕事
作業を行うのは毎年9月から10月にかけて。秋は、漆を乾かすのに温度や湿度が適しています。
年に1度の塗り替えは、今から70年前の1955年に始まりました。1950年から5年間行われた「昭和の大修理」。この大プロジェクトに公章さんの父、儀一さんが携わりました。
儀一さんは木曽漆器で知られる旧楢川村(現在の塩尻市)の出身。京都で修業を積んだ漆職人です。
太平洋戦争では、旧日本軍が多くの犠牲を出した「インパール作戦」で生き残りました。
終戦後の1947年、儀一さんが構えたのが「碇屋漆器店」です。そして3年後、戦地で生まれたある縁で、「昭和の大修理」に関わりました。
碇屋漆器店 2代目・碇屋公章さん:
「(戦地で)助けた人と松本で出会って、その人が松本城の管理事務所長。『漆職人がいないか』って(父に声がかかった)。(当時)誰も見向きもしない仕事だったが、『戦友が頼むんだからお金なんかいらないよ』という気持ちでやっていたのではないか」
■初代は10年間、無償奉仕
大修理は1955年に終わりましたが、儀一さんはその後も毎年、漆を塗り替え続けました。
作業は1966年以降、松本市が費用を出していますが、それまでの10年は儀一さんが無償で手入れを続けました。
1992年、儀一さんは叙勲を受章。
碇屋漆器店 初代・碇屋儀一さん(1992年取材):
「長く、私はこの松本城を見守っていきたいと。国宝を任せられることに胸がいっぱいだったが、やってみてこれは大変なことだと。しかしこれは私に課せられた任務と誠心誠意やってきた」
■父から子へ『3つの教え』
その父からバトンを受け継いだ公章さん。今、次の代に渡そうとしています。
碇屋漆器店 2代目・碇屋公章さん:
「親父から聞いてちゃんとやっているのは『材料を変えない、工法を変えない、道具を変えない』。この3つを守ってずっとやり続ければ、文化財である城は守っていける、3つを守りなさいと」
■地上30m、危険な場所で塗り替え作業
作業のほとんどは危険な場所で行います。命綱とヘルメットが欠かせません。この日も天守の最上階で作業が行われました。瓦屋根の上を歩きながらの作業。天守の最も高い所は地上約30メートル。約10階建てのビルに相当します。
国産の漆と鉄を特別な配合で混ぜた黒漆。1年の間についた汚れや劣化した古い漆は水で洗い流し、新しい漆を塗っていきます。つややかな黒がよみがえります。
漆は、温度や湿度が大きく影響するため、雨や風が強い日は作業ができません。長雨に見舞われるこの秋。例年以上に気をもむ日が続いています。
碇屋漆器店 2代目・碇屋公章さん:
「思い通りにいかないのは天気だけ。天候を見ながらやる仕事なので、あんまり雨が降っちゃうとできないし、かといって雨がないと困るし。難しいところはむらがないようにすること、大きいハケと小さいハケで塗って。同じことを根気よく丁寧にできるか、それだけ」
■技術だけではない思いの継承
父から子につぐのは技術だけではありません。
碇屋漆器店 2代目・碇屋公章さん:
「朝起きて寝るまで、毎日1回は必ずお城はどうかなって考える。時々、顔を出していろいろと見る。(城は)生活の一部みたいな。一緒にやっているとだんだん(父の)そういう気持ちが分かってきて」
忘れられない出来事が―。
2024年の秋、台風の接近で強い雨が降り続いた翌朝のことでした。
碇屋漆器店 2代目・碇屋公章さん:
「(空が)明るくなった頃(城に)来たら、息子が来ていた。(自分の思いが)伝わったかなって感じは受けた」
公一さん。当時のことはよく覚えていないと、言葉少なですが―。
碇屋漆器店 3代目・碇屋公一さん:
「城に対する思いというか姿勢、父の仕事を見て覚えた感じ。松本城の良さは人それぞれ違うと思うが、いつ見ても同じ状態を保つよう心がけています」
光さえも飲み込むという日本特有の美「漆黒」。城への思いと誇りを胸に、その輝きを守り続けます。
塗り替え作業は約50日かけ、10月末に終わる予定です。
