被災地での暮らしを苦しめていたものとは
7月28日に発生した熊本の地震から1ヵ月あまり。
これまでに38人が亡くなり、今も約2000人以上が避難生活を続けている。
FNN取材団として8月17日から5日間、熊本で取材したテレビ愛媛の青木稜悟記者が被災地の現状を報告する。
青木記者は震源に近く、震度7など被害の大きかった氷川町(震度7)や、八代市(震度6強)などを取材。
氷川町は熊本市から南に約30キロ、八代市は約50キロの場所だ。
復旧が進む一方で、被災地での暮らしを苦しめていたのが「水」の問題だった。
最大震度7の激しい揺れが熊本県を襲った
7月28日、最大震度7の激しい揺れが熊本県を襲い、38人の命が奪われた。
熊本県のまとめでは、地震で被害を受けた住宅は推計で3万8000棟以上。
車で震源地へ向かうと、その爪痕が次々と目に入ってきた。
青木稜悟記者(18日の宇城市):
「左手の住宅、屋根にブルーシートがかかっているんですが、揺れで瓦がずれてしまったんでしょうか。こういった家が多数見受けられます」
中には、1階部分が屋根で押しつぶされた住宅も…。
熊本県内ではこうした被害が1600棟以上にのぼるという。
被災者(3週間八代市の避難所):
「すべて困っている。頭が真っ白になって(家の)中がぐちゃぐちゃになって」
被災者(車中泊で氷川町の避難所):
「(家は)全壊で住めない。水道、電気がない状態ですね」
「『まさかこんなすぐ来るとは思わなかった』し、全然備えもしていなかったので」

多くの人を悩ませていると感じたのが「水」
青木記者が被災地を取材する中で、多くの人を悩ませていると感じたのが「水」の問題だ。
「今回、水が一番大切と思いました。暑さには耐えられましたけど水は(耐えられない)ですね」
そう語る垣田禮子さんも、自宅に大きな被害はなかったものの、八代市で多くの家庭が使う「井戸」の被害に悩まされているという。
垣田さんじは、「最初の地震のすぐあとは(井戸)から水がバァって噴き出ていたんですよ。(水は)茶色濁りで砂があがっていました」と話す。
地下水が豊富な八代市では、多くの家庭が生活用水を井戸に頼っていて、上水道の普及率はわずか5割。
垣田さんも、生活に使う水のほとんどを井戸からくみ上げていたが、地震のあと、水に砂が混じるようになり、使えなくなったという。
八代市では、同じような被害が、約4400世帯で確認されている。
垣田さん:
「いつまた地震があって(水が)出なくなるといけないから、常に風呂場の中には水を溜めているんですよね。便所が一番困りますから」

農家にも熊本地震の被害が
この状況は、愛媛にも重なる。
「うちぬき」の名水で知られる愛媛県西条市も、地下水が豊富で、上水道の普及率は約48%。そんな暮らしを支える地下水が大きな地震の後、使えるとは限らない。
そして「水」の問題は農業にも。
大きな亀裂が入り乾いた田んぼ。
甲佐町の米農家、坂本猛さんが管理する田んぼだ。
米農家・坂本猛さん:
「通常は(腰の)高さまで育ってるのが通常なんですけど、ちょっと移動してみてみるとこっちは水が入らなかったところで、成長が遅くて20センチくらいの成長の遅れが出ています」
4ヘクタール以上ある坂本さんの田んぼでは、約500メートルにわたる亀裂によって、奥まで水が届かなくなった。
米農家・坂本さん:
「(亀裂を)かかとで押し込んで…穴を埋めていきます。特にあちらの田んぼは枯れ始めているので、いまが正念場」
坂本さんは朝6時から夜8時まで補修作業をしているが、収穫の時期も大きくずれ込む見通しだ。
「毎日頭痛の中、フラフラになりながらやってますけど、やっぱり私たちはこの米を守っていかないと仕事になりません」と話す。

被災地では愛媛からの支援も力を発揮
そんな中、被災地では愛媛からの支援も力を発揮していた。
断水でトイレが使えなくなった避難所に、愛媛県から派遣されたトイレカーが派遣され、被災者の生活を支えている。
能登半島地震で浮き彫りになった避難所のトイレの課題を受けて、愛媛県が整備したも大型のトイレカーは、県外の被災地に派遣されたのが今回初めてだ。
避難所運営の職員:
「水洗トイレでウォシュレットも付いていて、エアコンも付いていたんです。だからすごく快適で」
氷川町立竜北東小学校・久保田英之教頭:
(Q.トイレへの備えは重要?)
「とても大事だと思います。まず水が流れるトイレっていうのが、こんなにありがたいんだと改めて感じたところで、トイレカーは本当に必要だと思います」
想定外の課題が相次ぐなか、これまでの災害を教訓にした備えが、被災者の暮らしを支えていた。


