イラストレーターの男性についてです。脳の病気の後遺症で、利き腕の右手が自由に動かせなくなり、左手でイラストを描いて個展を開くまでに。また失語症にもなり、言葉がうまく出てこない症状もありますが、イラストが人と話すきっかけにもなっています。
■左手で描く色鮮やかな世界
生き延びるため、カジキから必死に逃げるエビ。エビの気持ちが伝わってきそうです。
熱帯魚の「プラカット」。金色の光を放ち、優雅さと気高さを持つ姿を表現しています。
作品を描いているのは、長野県上田市のイラストレーター・新井郁也さん(34)です。作品の多くは、小さいころから好きな「生き物」をテーマに描いています。
アルコールマーカーを使って、左手で色鮮やかに描くのが特徴。ただし左手は利き手ではありません。
イラストレーター・新井郁也さん:
「脳梗塞で、右手右足まひと失語症があります。昔は右手で描いてたけど、今度は左手で描いてます」
さらに失語症の後遺症で自分の考えや気持ちをうまく言葉に表せません。
イラストレーター・新井郁也さん:
「実際は色とりどりではなかったですけど、ちょっとアレンジしてたり」
インタビューの時も、妻の由美さんがサポートして、言葉を引き出します。
妻・由美さん:
「魚とかもこんなにたくさんいなかったんですけど、これをぎゅっと集めて1枚に、見たものを凝縮させた感じで描いていた」
■「最悪」突然襲った脳の病気
新井さんは大町市出身。小さいころから魚や爬虫類が好きで、ブラックバスを釣るのが趣味でした。
地元の中学校に進むと、バレー部に所属し、汗を流していましたが―。
新井郁也さん:
「バレー部の練習試合があって、試合の途中から頭痛があって、午後になっても治らず、試合の途中で倒れました」
原因は脳の「血管炎」で、その後遺症で、右半身まひと失語症が残りました。
新井郁也さん:
「右手足まひ、言葉もしゃべれない、左脳が動かなくなっている。言っている意味が分からない、これが最悪だと自分で思いました」
つらい気持ちの中でのリハビリ。ただ続けることで、歩くことや日常会話もできるように。
またこの時にリハビリを兼ねて始めたのが、小さいころから好きだった「絵を描く」ことでした。
■もう一つの顔は「看護助手」
新井郁也さん:
「グローブとか、ぬれタオルを補充してますね」
新井さんは10年ほど前から、上田市鹿教湯にある病院で看護助手として働いています。
同僚:
「私たちもなかなか気づけないところ、細かいところも気づいてやっていただいて、私たちが仕事しやすいようにカバーしていただいています」
入院患者の病室で、備品の補充などを担当。周りの人たちに積極的に話しかけます。
新井郁也さん:
「話すよね。たわいもない話だよね」
入院患者:
「楽しいですよ」
■イラストで患者を楽しませたい
もう一つ、病院での仕事があります。リハビリ室に飾られた、鮮やかなデザインの日めくりカレンダー。
新井郁也さん:
「月は、十二支になっていて、子、丑、寅、卵…」
新井さんが作成したカレンダーです。
キリンの模様には―。
新井郁也さん:
「『カケユ』とか『ミサヤマ』とか書いてあって、そういうのを見て楽しむみたいな感じです」
新井さんの勤務アドバイザー:
「新井さんが得意とされるイラストを、患者さんのためになるような形で、それをお仕事としてやっていただくというような時間をつくるようにしていまして」
この日の午後は、秋に病院内で使うイラストの下書き作業をしていました。
新井郁也さん:
「これもウサギなんですけど。で、逃げている餅みたいな」
病院で使うイラストは「四季」をテーマにしたものが多く、院内用の新聞などに利用しています。
新井郁也さん:
「どれも凝ってるんで、それを見てほしいですね」
■帰宅後に4~5時間、作品を制作
午後5時すぎ―。
新井郁也さん:
「結構疲れました」
「ブレーキとアクセルが左側になってて」
勤務を終えて、車で市内の自宅へ戻ります。
ウインカーなども左手で操作できるよう改造されています。
新井郁也さん:
「ただいま」
自宅に戻ると、休む間もなく作品制作に。この日は、ブラックバスを題材にした作品の色付け作業です。
新井郁也さん:
「帰ったら、合計で4時間とか5時間とか描いてて」
使用するアルコールマーカーは100色以上。ブラックバスの緑だけでも10種類の色を使って、繊細にグラデーションを表現します。
妻・由美さん:
「この色を重ねたらこうなるとか、その重ね方が全然思いつかないので、どう考えてるんだろうって、いつも思います。フミ(郁也さん)の感覚でやってるから、説明がフミもできないんだよね」
■「絵が人と話す手段」
作品は小さいもので3週間、大きいものでは3カ月かかるものもあります。
新井郁也さん:
「生きがいになっちゃったみたいな感じです。やっぱ完成すると、次やろうみたいな感じですね」
妻・由美さん:
「(上手に)しゃべれない分、イラストを通して話しているというか、イラストがあると私が補足しなくても、全く知らないお客さんと楽しそうに話してたりとか、絵が人と話す手段の一つなのかなと思って」
■思い出を自らの世界観で表現
新井さん自身、2度目となる個展が長野市で開かれました。
こちらの作品は「まるいせかい」。
丸い水槽の中で泳ぐ熱帯魚。水草などが細かい描写で描かれています。兵庫県にある水族館で見た光景を、自らの世界観で表現しました。
新井郁也さん:
「グッピーの輝かしい目とか、グッピーのヒレを主に注目してほしいなと思います」
■新婚旅行の「沖縄の海」を絵に
沖縄の海の生き物を描いた「はじまりの海」。新婚旅行で訪れた沖縄の海でウミガメを見た思い出をもとに、制作しました。
妻・由美さん:
「その時は2匹で子ガメも見られて、その思い出を入れて、新婚旅行だったのでタイトルも『はじまりの海』って名前を付けて」
新井郁也さん:
「苦労したのは、ウミガメとか魚じゃなくて、サンゴとか、海のイメージとかが苦労しました」
■「もっと大きな絵で躍動感を」
訪れた人に積極的に話しかける新井さん。
新井郁也さん:
「これは5年前に描いたやつをもう1回描こうと思って描きました」
「ipadで描いています」
これまでに描いた作品は100点以上。そのうちの34点を個展で展示しています。
訪れた人:
「自分にはない色彩感覚で、心が癒やされました」
「きれいな自然の魚とか躍動的で色がきれいで、さらにこの絵で迫力出して、きれいにやってらっしゃるように見える」
妻・由美さん:
「大変かもしれないんですけどこれからも描き続けて、たくさんの人とつながっていけたらいいなって思ってます」
イラストレーター・新井郁也さん:
「A1とか、もっと大きいB0とかも、描きたいなとも思ってます。躍動感とかを届けてやっていきたいですね」
9月には地元・大町市で展示会を開催する予定だということです。
