大相撲の世界に飛び込んだ16歳です。長野県上松町出身で、2026年春、中学を卒業したばかりの少年は「力士」ではなく髷(まげ)を結う「床山」として出羽海部屋に入門。憧れの“大銀杏”(おおいちょう)を結う日々を目指し、修業に励む姿を追いました。
■「床山」の道を歩み始めた16歳
御嶽海:
「(力士にとって髷とは?)お相撲さんを代表する髪型ですね。誇りを持てるものはこの『ちょんまげ』です」
出羽ノ龍:
「ちょんまげ=力士みたいなところがあるじゃないですか。一番大事な存在、なくてはならない存在ですね」
力士の証しともいえる「髷」。
その髷を結う専門職、「床山」の世界に飛び込んだ少年がいます。
上松町出身の「床空(とこそら)」さん、本名・小川大空さんです。
2026年春、中学を卒業したばかりの16歳。
御嶽海と同じ出羽海部屋に入門しました。
上松町出身「床山」・床空さん(16):
「(床山の仕事でどんなことが一番楽しい?)全部ですね。櫛(くし)を使ってそろえたりとか、そういうところは楽しい」
力士の「ちょんまげ」や十両以上の関取にのみ許される「大銀杏」。
それを結いあげるのが「床山」です。
床山は日本相撲協会の所属で、定員は約50人、勤続年数と技術によって6段階の階級に分けられます。
床空さんは16歳という若さで、その狭く、厳しい世界に飛び込みました。
■相撲大好きだった少年
上松町で4人兄弟の3男として生まれた床空さん。
地元の相撲クラブに入っていた2番目の兄の影響で、物心がつく前から相撲が身近にありました。
母・理恵さん:
「赤ちゃんの時から(次男の)練習についていっていて、相撲が大好きで(小さい時から)普通のタオルを2枚使って、縦と胴回りにつけて、まわしを自分で作って、四股踏んだりしていました」
その後、兄と同じ地元の相撲クラブに入り、中学も相撲部に入部。
県内外の大会で上位に入るようになりました。
■挫折と新たな夢
母・理恵さん:
「(小さいとき)御嶽海に憧れていて、御嶽海みたいな関取になりたいって言っていたけど、成長するとともに、自分が体が細くて」
身長が伸びず、次第に「体格の壁」を感じるようになりました。
床空さん:
「体が小さい分、大きい相手と相撲を取ったら吹っ飛ばされるとか、どうしたら体大きくなるかなとか、どうしたら身長が大きくなるかなとか、悔しいなと思っていて」
力士の道を進むのか悩む中で、小さい時の「ある記憶」を思い出しました。
床力さん:
「ここで僕が頭(髪結を)やっているときに声かけた」
同じ出羽海部屋の先輩床山「床力」さんとの出会いです。
床空さん:
「5歳のときに、家族で(犬山の)宿舎に来て、床力さんが頭やっているところを見て、床力さんに『将来は(相撲をやっていた)お兄ちゃんの髷を結ってやりなよ』って言われて、それで床山っていいなと思って」
■15歳で角界へ、親の不安
力士ではなく床山になりたい―。
決心した床空さんは2024年、出羽海部屋が木曽に合宿で訪れた際、床力さんに直談判しました。
床空さん:
「力士を支えるのがかっこいいなと思って、そっちのほうが魅力的だと。それで相撲を自分ではやらずに、相撲に関わる仕事をしようと思って、そのときに床山に(なりたい)ってなった」
床山に入門できるのは、19歳までで、半年間の研修期間も必要なため、中学卒業後、すぐに入門する決意をしました。
母・理恵さん:
「正直、16歳、15歳で社会に出てやっていけるのかなというのと、普通の世界じゃないので、私たちも知らないことばかりだから、何か困ったときにアドバイスとかもできないし、どうなっちゃうのかなっていう、親の方が不安でした」
そして6月、研修を終えて正式採用され、「床山」としてのスタートを切りました。
■床空さんの一日を追う
7月8日、愛知・犬山市の「名古屋場所前の合宿」。
朝7時。
床空さん:
「おはようございます」
本場所前とあって稽古にも力が入ります。
その頃、厨房では―。
床空さんは世話人の海龍さんと一緒に厨房で食事の準備です。
作るのは力士16人分と親方や来客などの分も。
床空さん:
「(料理はやっていた?)来る前は(家で)ちょっとだけやっていました」
世話人・海龍さん:
「(床空さんの料理の腕前は?)切る以外できないので、あとは『食べる専門』だもんな」
床空さん:
「はい」
9時ごろになると、「ちゃんこ番」の力士たちも加わり、厨房はにぎやかに。
この日のメインは「鶏すき鍋」です。
■兄弟子との共同生活
部屋には後援会や支援者からたくさんの食材が差し入れられます。
差し入れのチョコ食パンを手に、出羽ノ城が声をかけます。
出羽ノ城:
「食べたいんだろ、お腹減ったろ」
床空さん:
「お腹めっちゃ空いたっす」
出羽ノ城:
「こっちのチョーコはうーまいぞー。ほら、とろっとしてるよ、ダイエット中の人間にこれが一番効くからな」
床空さん:
「(ダイエットしているの?)はい、最近太ってきちゃったんで」
兄弟子の力士たちと過ごす共同生活。
すっかりなじんでいるようです。
出羽ノ城:
「(床空さんの働きは?)一生懸命やっていますよ、そう言っておけばいい?」
床空さん:
「はい、そう言っとけば助かるっす」
■稽古後が本番 床山が魅せる職人の技
午前11時ごろ。
稽古が終わった力士たちは宿舎で「髪結(かみゆい)」を行います。
床山の「師匠」、床力さんと並んでの作業です。
ぬらしたタオルで髪を湿らせ、手で髪をもむ「癖直し」。
植物の油などでできた「すき油」を髪の毛全体になじませます。
「荒櫛」を使ってもつれた毛をほぐし、髪の毛全体をきれいにとかします。
床空さん:
「(何をしている?)“すき毛”をすき櫛につける。頭の汚れを取ったりするために」
力士は髪の油を落とさないため、1週間に1回ほどしか髪の毛を洗えません。
櫛に「すき毛」と呼ばれる毛をつけることで髪にツヤを出すほか、毛についた土や埃をこすり落とす役目があります。
床力さん:
「頭皮をかくことによって頭皮の血流をよくしたりというのもあるし、お相撲さんによってはかゆい人もいるので、かゆみをとってあげる」
清の花:
「(頭が)かゆいので、奥までくしが頭皮に刺さってくるので、それが気持ちいいです」
小城ノ浜:
「1日の流れの中で一番気持ちいい時間ですね、頭やってもらうのが。毎日洗えないので、こうやって頭をかいてもらっているときが一番いい」
続いて「揃え櫛」で髷の中心を決めたら「元結(もとゆい)」という和紙のこよりで髷を結びます。
最後に、先を整えたら完成です。
清の花:
「うまいんじゃないですか、いつもより。力士じゃないので、ちょっと対応は変わりますけど、しっかりやっていますよ」
■力士にとって「至福の時間」
稽古終わりの力士たちにとって、この髪結の時間は、「至福の時間」です。
小城ノ浜:
「頭やりながら、本当リラックスできる時間なんで。ちょんまげついているからお相撲さんって思われますし、僕らも思いますので、だから床山さんは『あってはならない存在』ですね」
床力さん:
「『なくてはならない』、な」
小城ノ浜:
「そうだな『あってはならない』じゃだめだな。『なくてはならない(存在)』だ(笑)」
技術だけでなく、力士からの信頼も床山にとっては重要な要素です。
床力さん:
「(床山は)相撲取りに近い存在なので、若い子の愚痴とか相談だったり、よくあること。頭だけではなくケア的な役目も重要な役目」
■今も昔も“ずっと憧れ”御嶽海
同じ上松町出身で小さい頃から目標としていた御嶽海。
十両以上の関取は床力さんが担当です。
御嶽海:
「幼稚園、上松じゃないの?」
床空さん:
「上松(幼稚園)です」
御嶽海:
「でしょ、幼稚園からです。幼稚園、小学校、中学校が一緒。高校で勉強したくなくて相撲界に入ってきたんだよな、違う?」
床空さん:
「合っています」
御嶽海:
「合ってるよな。…そこは『床力さんに憧れて来ました』ってうそでも言っておかないと」
床力さん:
「『うそでも』ね(笑)」
目指す形は変わりましたがずっと憧れの存在です。
床空さん:
「地元のスターでもありますし、好きな力士でもあるので、ずっと憧れではあります」
御嶽海:
「(同じ上松町出身の床空さんが部屋に入ってきて)うれしかったですよ。でもまだまだうちの床力さんにはかなわないので、そこまでいってほしいですけど。頑張ってもらわないと」
「こうやって話すんだよ」
床空さん:
「はい」
■髪結終え昼食「家は恋しくない」
髷を整えた力士たちはようやく食事に。
効率よく体重を増やすため1食の量を多くし、「1日2食」の生活です。
山藤:
「(味は?)鶏すきなんで、すき焼きなんですけど、自分卵が大好きなんで、卵と一緒に食うと最高ですね」
正午ごろ、すべての力士の髪結を終えたらようやく、床空さんも食事です。
いつもは力士たちと一緒に食べますが、この日は遅くなり1人で―。
床空さん:
「(家は恋しくならない?)帰りたいなとかは、あまり思わない。(なぜ?)わからないですけど、なぜか帰りたいという気持ちがないですね。(今の生活が楽しいから?)そうですね」
■故郷・木曽を離れ半年…思うことは
午後は夕方の掃除の時間まで自由時間。
宿舎の近くに歩いて行けるお気に入りの場所があります。
床空さん:
「ごはん食べ終わって片付け終わったら、4時まではすることがないので」
歩いて5分―。
床空さん:
「ここが展望台です。緑があって、山があって、木曽に似ている」
故郷を離れて半年。
「帰りたいと思ったことはない」と言いつつもー。
床空さん:
「家族とか友達のことを思い出すと、やっぱり寂しいなとは思いますね。親たちは何しているんだろうとか、家族はどうしているんだろうなとか」
■夢の“大銀杏”結える日まで
寂しさを抑え、今は床山の修業に専念。
かなえたい「夢」に向かって、精進の日々です。
床空さん:
「早く“大銀杏”が結えるようになりたい、優勝力士の頭をやりたい。お相撲さんに頼られる床山になっていきたい」
