瀬戸内海に浮かぶ小さな島から野球で全国を目指す若者たち

愛媛県上島町・岩城島に本社を置く造船関連企業「イワキテック」が硬式野球部を創部したのは、わずか2年前のことだ。目的は自社の人材確保と、少子高齢化の進む島への地域貢献のため。野球というスポーツを通じて、離島に人を呼び込もうとした、ある意味で切実な挑戦である。

全国大会・都市対抗野球出場にむけて『地獄のトレーニング』

創部3年目のこの春、新たに迎えた部員は12人。部員数も30人を超え新たなチーム作りが始まった。

部員たち:
「カンパーイ」

4月。この日はキャプテン吉尾選手の呼びかけで、新入部員も交えた飲み会。部員たちの胃袋を掴んで離さない島の食堂「ミスティー亀井」はご飯をいつも「野球部盛り」で応援してくれている。

チームが最大の目標とするのは社会人野球の甲子園とも呼ばれる「都市対抗野球」。この大会の地区予選まであと2カ月と迫り、この春入社した社会人野球5年目の山田投手は、投手陣にある提案をした。

山田航大投手:
「『投げ込み』をしたいと思います」

山田投手が提案したのは、通常の練習投球より特に球数を多く投げる「投げ込み」でした。

主将・吉尾竜一捕手:
「めちゃくちゃいいと思うよ」

山田航大投手:
「これをやる経緯としては、自分が5年間やってきて、やっぱり連戦続くってなったら結構きついんで、その中でちょっと投げ込みして暑さにも慣れる、やっていけたらなと思ってるんですけど」

主将・吉尾竜一捕手:
「明日話すよ。小野さん(監督)に」

5月。都市対抗野球の地域予選まで1カ月。チームの練習グラウンドにはいつもと違う風景が広がっていた。
いつもの練習にはいない職場の同僚や地域の人たちも集まったのだ。

同僚:
「僕一緒に仕事をしてる仲間なんでね、野球もちょっとでも手助けできたらと思って来ました」

この同僚は仕事を終えてチームの練習を手伝いに来たというのだ。
選手を集めてのミーティングで監督は神妙な面持ちでこう言った。

小野耀平監督:
「しんどいのわかってるし、何のためにやるかってところを、しっかり目標持って」

この日から1週間の予定で始まったのは強化練習。守備やバッティングで体力の限界まで追い込む、まさに地獄のトレーニング。グラウンドでは、山田選手が提案した投手の投げ込みも行われた。このタイミングでの強化練習、その狙いは。

小野耀平監督:
「大会前、一番大事な都市対抗前に一度体力を落として下がったら上がるので、一回落としておこうという狙いと、会社の方に野球部の練習を見ていただいて、野球部と会社との一体感がでたらいいなっていう狙いがあります」

主将・吉尾竜一捕手「めちゃくちゃいいと思うよ」
主将・吉尾竜一捕手「めちゃくちゃいいと思うよ」
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120本地獄のノック

体をグラウンドに投げ出し泥だらけになりながら球を追う地獄のノックに挑むのは、この春入社した中村陸選手と2年目の杉田成生選手。それぞれ自ら掲げた120本という目標に向かって、守備につく。ノックを一手に引き受けるのは小野監督。監督もまた声を出しながらの体力勝負だ。

中村陸内野手
「やばい。きついあと70本あります」

顔も体も泥だらけになりながらボールにくらいつく2人。最後の力を振り絞って飛び込んだ120球目。杉田選手、最後の力を振り絞って追った球は…グローブの中に。

ノックを終え戻ってきた選手を同僚たちも称えるように迎えた。

選手・同僚たち:
「お疲れ様です。頑張ったね。いい顔いい顔」

練習を手伝った同僚も選手の頑張りに感極まったようだ。

同僚:
「元気があって、みんなで一緒に乗り越えてる感があってね。見てるほうもちょっと気持ちがぐらっときましたね」

新入部員を迎え、チームが大所帯になり小野監督にはある思いが生まれていた。それは、チームがよりひとつになること。そのために普段は別メニューの投手も野手と一緒に守備練習をする、職場や地域の人たちにも野球部を理解してもらう。都市対抗野球の地区予選を前にムードも高まってきた。

泥だらけになりながらも投げ込みをやり切った中村選手
泥だらけになりながらも投げ込みをやり切った中村選手

この試合に勝てば、都市対抗野球、全国大会に王手!

6月。チームが一番の目標とする都市対抗野球の地区予選が始まった。四国地区には6社会人野球チーム(企業・クラブ各チーム)が出場していて、イワキテックは総当たり戦となる1次予選の上位4チームに残り、2次予選に駒を進めた。香川県丸亀市の球場には岩城島から貸し切りバスで応援団も駆けつけた。

1次予選2位通過のイワキテックが挑むのは四国銀行。四国銀行は歴史ある企業チーム。格上のチームながら公式戦でのこれまでの戦績は、4勝1敗と勝ち越している相性のいい相手だ。この試合に勝てば、都市対抗野球、全国大会に王手。一戦必勝の戦いが始まる。

試合が動いたのは4回裏イワキテックの攻撃。
5番新人の堀虎太郎が2ベースヒットで出塁。

2アウト2塁でバッターボックスに立ったのは6番キャプテン吉尾。2ストライク2ボールからセンター前にタイムリーヒットを放ち、堀が生還してイワキテックが待望の先制点あげた。

一戦必勝の戦いが始まる
一戦必勝の戦いが始まる

8回の崩壊、そして涙

しかし1対1の同点で迎えた8回表四国銀行の攻撃。先発の加藤祥太が四国銀行の打線につかまる。1アウト満塁。レフト前へのヒットで得点を許し1対2とリードされた。なおも続く満塁でマウンドは山田航大に。しかし山田も勢いを止めることができず2失点。

1対4で3点差、厳しい場面でマウンドを次に託されたのは守護神、久保。1アウト満塁で2つのフォアボールに追い込まれ、その後も相手打線の猛攻をくい止めることができず、この回9失点。8回裏、イワキテックの攻撃で1点を返すも2対10と都市対抗野球四国地区2次予選決勝進出はならず、全国への道は途絶えた。

試合後、後かたずけするベンチ裏には一人泣き崩れる久保伊織選手の姿が。
チームの守護神として試合を託されてきたが、6失点は野球人生で初めての経験だった。

選手たちを前に小野監督は自らの失策を口にした。

小野耀平監督:
「君らに非はない。このチームを勝たせられなかった俺のせいや。申し訳ない。もう一回みんなで頑張ろう。次は7月にクラブ選手権があるし、絶対勝てるように準備していこう」

もうひとつの全国大会。クラブチームの日本一を決める「全日本クラブ野球選手権」。まだ、終わってはいない。

6失点は野球人生で初めての経験
6失点は野球人生で初めての経験

まだ、終わっていない

7月。イワキテックにとって都市対抗野球と並んで全国を目指せる大会、それが社会人野球クラブチームの全国大会「全日本クラブ野球選手権」だ。この出場権をかけて行われる四国地区大会は、都市対抗野球四国地区予選に出場したクラブチーム3チームのうち上位2チームによる代表決定戦で、3連戦して先に2勝したチームが全国大会に駒を進めることができる。

今年はクラブチーム1位のイワキテック、2位の松山フェニックスの対戦。
2週間前、都市対抗野球四国地区2次予選の準決勝で6失点を喫した久保投手を途中でかえなかった理由を小野監督に問うと。

小野耀平監督:
「信頼ですね。簡単にいうのは難しいんですけど、打たれたからとかそういうのでは代えたくない。打たれても何しても、今年はおまえでいくんだよと決めてたんで。久保でいく(抑える)というのは」

3連戦の2戦目。1戦目を7-6で勝利したイワキテック、全国大会出場に王手をかけた2戦目。勝って決められるか。

監督には強い思いがあった
監督には強い思いがあった

あの日の自分を超えられるのはマウンドだけ

都市対抗野球の地区予選で涙をのんでから2週間。小野監督はチームの一体感が増していることに手ごたえを感じていた。それが確信に変わったのは3回表イワキテックの攻撃。

7番中村陸がライト前ヒットでノーアウト1塁。8番杉田が送りバントを決めランナー中村は2塁へ。1アウト2塁、9番レフト前への松田のタイムリーヒットで先制点をあげた。そして6回にも2番重見が3塁線をやぶる2ベースヒットで出塁すると、3番中村要がセンター前に売って1アウト1、3塁。そこに4番石原がレフト前へのタイムリー、そして5番堀がたたみかけ、3対0と引き離す。

マウンドは先粘り強くゲームを引っ張ってきた先発エースの加藤祥太から山田航大へ。山田にとっても先の都市対抗野球四国地区2予選準決勝での登板では2失点を喫しているだけにここは挽回したいところ。1アウト満塁のピンチ。しかし内野陣の鉄壁の連携プレーで切り抜ける。

一層盛り上がるイワキテックベンチ。山田の投球にベンチからは。

ベンチの声:
「山田君が成長したような気がする!」

イワキテック3点のリードで迎えた9回裏松山フェニックスの攻撃。この回を抑えれば全日本クラブ野球選手権全国大会への出場が決まる。マウンドに向かうのは守護神・久保だ。

1人目のバッターは三振。しかし。2者連続でフルカウントからのフォアボールで1アウト1、2塁のピンチ。あの時の流れと同じだ。よみがえる1イニングに6失点という記憶。あの日の自分を乗り越えられる場所はマウンドだけ。超えろ、自分を。

打球はセカンドゴロ、ダブルプレーで試合終了。2年連続2回目の全日本クラブ野球選手権全国大会進出を決めた。選手も監督も張り詰めていた気持ちが涙となってあふれた。

全員野球でつかんだ全国の舞台。久保投手の目には新たなステージへと挑む強い決意と自分自身への期待がにじんでいた。

久保伊織投手:
「自分ではベストな準備を尽くしてきましたけど、まだまだ突き詰められる部分もあるってわかりましたし、自分の実力もまだまだだとわかったんで、もう一回いちから頑張ります」

瀬戸内の離島から、若武者たちが目指すのは全国の頂。全日本クラブ野球選手権は8月8日から各地区予選を勝ち上がった24チームが全国一をかけて戦う。

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