78年前の7月23日、福井県内で大雨が降り始め、2日後に福井市の九頭竜川が決壊して市内の中心部まで浸水する水害がありました。実は、福井地震のわずか1カ月後の出来事でした。
地震と水害の“複合災害”について、教訓を考えます。
◆福井地震の1カ月後に襲った豪雨
福井市の北部、九頭竜川の南側にある、明新地区。
九頭竜川の決壊の現場近くに住む黒川仙太郎さん(83)は「(小さい頃)夏になると泳ぎにきた」と語ります。
「カーブしている、あの辺りと記憶している…」
5歳の時に、九頭竜川の堤防が決壊しました。
「(水の勢いは)早かった記憶がある。ダーッと土色の水が市街地に向かって流れた」
1948年7月23日、夕刻から降り出した雨は、福井市内では25日にかけて130ミリ近く降り、上流では300ミリの集中豪雨となりました。濁流に満ちた九頭竜川は25日午後5時、吉田郡・西藤島村で決壊しました。
この豪雨災害が起きたのは、福井地震のわずか1カ月後。地震で緩んでいた堤防は決壊し、九頭竜川からあふれた水は福井市中心部へと流れ込みました。
当時の福井市内は3分の2が泥沼となり、罹災者は約2万8000人に上りました。
<当時のニュース映像>
「地震で打ちのめされ、さらに今度は水害と相次ぐ災害に、人々は一時呆然のあり様でした」
◆「水が真っ白に…ザーッと」92歳の証言
堤防が決壊した現場から、直線で5キロほど離れた場所に住んでいる名津井萬さん(92)です。
「水が家の高さまで上がると思っていなかった」と振り返ります。
濁流が、現在のえちぜん鉄道の線路を越えて押し寄せた光景を、名津井さんはいまでもはっきりと覚えています。「(水が)線路を越えてくるときに水が真っ白に…一直線に見えて、その白いのがザーッと田んぼの中を押し寄せてきて自分の背丈まで上がってきた」
太平洋戦争で空襲を受けた3年後の福井地震、そして直後の大雨による“複合災害”でした。
大きな地震と水害を経験した黒川仙太郎さんは、災害が起きた際にどうなるか“想像することが必要”だと感じています。「水害・地震があったらどうなるか、皆が知識の中に入れておいて欲しい。何が想像できるか、一番の母なる川・九頭竜川を背にしている灯明寺・舟橋の人たちが川や治水について、もっと意識を持ってほしい」
「災害は起きると、断言してもいい。ただ、いまは空白時間にはまっているだけ」
能登半島で2024年に起きた大地震。その半年後には、同じ能登が豪雨被害に遭いました。
78年前の福井で起きた事実。こうした地域の歴史を知り、あらためて災害に備える必要があります。
