追悼の場に浮かんだクラブの姿
4月18日のホームゲームは黙とうが捧げられ、スタジアムは静かな追悼の空気に包まれた。森保一監督は「父のように、恩師として温かく厳しく指導をされることもあって、本当にサッカー選手として、ひとりの社会人として半人前の自分を育てていただいて、本当に感謝しかありません」と語った。ユース出身の選手が先発で並んだ事実は、世代を超えて育成が機能していることを示している。
現役経歴と指導観の核心
今西さんは1941年生まれ。舟入高校でサッカーと出会い、東洋工業サッカー部ではDFとしてプレーし、日本代表にも名を連ねた。現役引退後は指導者に転じ、クラブのプロ化や育成体制の整備に尽力した。今西さん自身の言葉に「プロというのは、サッカーの技術だけでプロになるのではない。同時に社会人としても、一人前にならないといかん」があり、技術と人間性を同時に鍛える指導が一貫して表れている。
三矢寮に刻まれた日常の教育
安芸高田市・吉田町の三矢寮は、ユース専用の寮として早期に整備され、槙野智章や柏木陽介らを輩出してきた。寮での生活は弁当箱の水洗い、洗濯、部屋の片付け、挨拶といった日常の所作を通じて自立を促す仕組みになっている。寮長の稲田浩は「一番は自立する、自主的に自分で考えて取り組めるところが、サッカーも日常でも最終的にはそこがないとだめなのかなと感じています」と述べ、ユースの選手も寮生活を経て「親に対しての感謝の気持ちを持つようになった」と語る。こうした日々の積み重ねが選手の振る舞いと判断に表れる。
戦い方と結果の関係、継承の言葉
今西さんは戦い方について「ただうまいだけでなく、見ていて激しいけれどもダーティではない、フェアで激しいプレーを要求される」と明確に述べている。組織としてその姿勢が実を結んだ象徴が2012年のリーグ優勝であり、同時にフェアプレー賞を得た点は戦い方の評価が結果に結びついた事実を示す。追悼試合での選手の言葉も継承の確証となる。加藤陸次樹選手は「正直負けは許されない。勝って、今まで築いてきたサンフレッチェの方の一人をいい思いで送ろうと。その思いで戦いました」と語った。この発言は、今西さんの教育が選手個々の行動規範となり、クラブのDNAとして現役世代に受け継がれていることを示している。
テレビ新広島
