岩手県住田町の上有住(かみありす)。この地名は、もともと「鳴石(なるし)」と呼ばれていたとされ、やがて「有石(ありし)」へと転じ、さらに現在の「有住(ありす)」へと変化したという説がある。

上有住にある「鏡岩せせらぎ公園」を訪れると、川沿いにひときわ大きな岩が姿を現す。
その名も「鏡岩」。岩の迫力と、周囲に広がる自然が訪れる人の目を引きつける。

長年にわたり岩手県内の地名を調べている宍戸敦さんによると、この鏡岩の名前には、風情ある由来があるという。

宍戸敦さんは「住田の鏡岩は、月夜に松の影が、まるで鏡に映るように見事な形で岩に映し出されることから名付けられた。とても風情のある岩ということが由来となっている」と説明する。

川のせせらぎと巨大な岩が織りなす景観は、心を和ませる空間となっており、散策にもぴったりな自然を感じる公園だ。

続いて向かった「櫃割(ひつわり)」と呼ばれる地域には、「九両が池」という名前が残されている場所がある。
現在、池そのものは姿を消しているが、看板には確かにその名が記されている。

この「櫃割」と「九両が池」には、どちらも住田町に伝わる“金”にまつわる伝説と深く関係している。

宍戸さんによると、住田町や陸前高田市などの気仙地域一帯は、かつて金の産出が盛んな土地だったという。

宍戸敦さん
「住田は金がよく出た場所で、それにまつわる伝説や地名が各地に残っている。『櫃割』という地名もその一つ。伝説によれば、長者(大金持ち)に金がたくさん集まって、、その金を木製の蓋つきの箱「櫃(ひつ)」に収めていた。ところがその重さで櫃が割れてしまったという。この出来事から「櫃割長者」とニックネームが生まれて、やがて『櫃割』という地名も生まれていった」

一説では、その櫃割長者は余りある金を池に捨てたと言われている。

宍戸敦さん
「この捨てた金をすくい取ったところ、九両分もの金が取れたことから『九両が池』という名前が生まれたという。このように住田にも金にまつわる地名や伝説がいたるところに見ることがでる」

住田町の金の歴史をより深く知るため、「住田町民俗資料館」を訪れた。
この建物は、旧上有住小学校の校舎を移築・修復したもので、昭和初期の面影を残す木造2階建ての洋風建築だ。
木の温もりとレトロなたたずまいが、訪れる人を懐かしい気持ちにさせる。

館内では、住田町で行われてきた産金の歴史や、当時の道具などが展示されている。
教育委員会事務局の佐々木喜之さんは、当時の金の採り方についてこう説明する。

佐々木喜之さん
「川から砂金を採る方法があった。鉱山では岩石を採って、例えば岩石を搗鉱機(とうこうき)と呼ばれる機械で砕き、鉄鉱石を砕いて金を採っていた」

住田町には、金山の跡がいたる所に残っている。そして、金の歴史は過去のものではないという。

佐々木喜之さん
「現在も住田町で(金が)採れる。1976年(昭和51年)、当時日本で3番目に大きい22.4gの砂金が住田町で見つかった」

住田町では現在も採れる砂金を生かして、歴史を今に伝えている。

佐々木喜之さん
「地元の小学校6年生に金の歴史を伝えながら、川で砂金取り体験も行っている。一般向けにも金の歴史を伝えながら川で砂金取り体験をしてもらい、地元の歴史のすばらしさを感じてもらう事業をやっている。地元で金が採れることを知らなかった人が多くいた。それだけでもよかったのかなと思っている」

地名に刻まれた金の伝説に加え、今もなお金が採れる住田町は時代を超えたロマンを感じる地域だ。

岩手めんこいテレビ
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