「病気のことを忘れられるから幸せ」 VRで“外出疑似体験”が終末期がん患者にもたらす効果

  • 終末期のがん患者にVRで“外出を疑似体験”する試みが話題
  • “患者ゆかりの場所”は家族が撮影
  • 「VR装置の重さ」などが今後の課題

終末期のがん患者がVRで“外出を疑似体験”

仮想現実(VR)の装置を活用することで、終末期のがん患者に、病室にいながら“外出を疑似体験”してもらう試みが話題になっている。

これは、患者がベッドの上でVRヘッドセットを装着すると、自宅や故郷、思い出の地、旅行先など、患者が望む映像が映し出されるというもので、兵庫県芦屋市の市立芦屋病院の緩和ケア病棟で行われている。

提供:大阪大大学院・仁木一順助教

市立芦屋病院と大阪大学大学院などが実施した共同研究では、2017年11月から2018年4月にかけて、患者20人に体験してもらったところ、“気分の落ち込みが改善”するなどの効果が表れているという。

この試みは、どのようなきっかけで始まったのだろうか?また、誰もが活用できるようになるのは、いつ頃なのか?

この試みの考案者で、市立芦屋病院の非常勤薬剤師であり、大阪大大学院薬学研究科助教の仁木一順さんに話を聞いた。

「家に帰りたいけど帰れない」患者さんが多い

――こうした試みを始めたきっかけは?

以前に、自宅に帰りたくても帰れない入院患者の方がおられましたが、ご家族が自宅から寝具やカーテンをもってきて病室を模様替えしたところ、その患者さんが大変喜んだという事例を院内カンファレンスで伺いました。

終末期のケアにおいて“慣れ親しんだ環境”の大切さを感じるとともに、そのような「家に帰りたいけど帰れない」「行きたいところがあるけど行けない」という患者さんが多いという背景を踏まえると、「そのような想いや希望をもっと簡単に叶えることができないか」「叶えられたら、少しでもQOL(クオリティ・オブ・ライフ)が上がるのではないか」と思い、VRを応用してみようと考えました。


――VR装置の使い方は?

コンテンツによって異なりますが、基本はリモコンのボタンを押すだけです。
例えば、“撮影した自宅などをみる”目的であれば、見たい写真をリモコンで選ぶだけです。すると、撮影したVR画像が出てきます。

また、“行きたいところに行く″目的であれば、グーグルアースVRを使って、通常のインターネットでの検索通りに、行きたい場所の地名であったり、郵便番号であったり、ランドマークの名称(ルーブル美術館など)をリモコンで打ち込むと、その場に応じたVR画像が出てきます。

提供:大阪大大学院・仁木一順助教「グーグルアースを活用した画面」

“患者ゆかりの場所”は家族が撮影

――これまでに、どのような方のためにどのような映像を作成した?

自宅に帰りたいと希望する患者さんには、ご家族に依頼して自宅や思い出の場所の写真・映像を撮影してもらいました。

また、音楽が好きな方には、“院内で行われるコンサート”を撮影し、病室にいながらでも、最前列でコンサートを楽しめるようにしました。


――映像は誰が撮影しに行っている?

患者さんのご自宅やその近辺の撮影はご家族に依頼しています。

“院内で行われるコンサート”は、私や市立芦屋病院のスタッフが撮影しております。

グーグルアースについては、我々のオリジナルなものではなく、ネット上にアップロードされたVR画像になります。


――スマホで撮影した映像も活用できる?

スマホで360度画像を撮ることができるアプリを使う、あるいは、360度画像が撮れるようなレンズをスマホのカメラに取り付けて撮影すると、活用できると思われます。

通常の2D画像の撮影ですと、360度画像(いわゆるVR画像)としては活用できません。

患者「病気のことを忘れられるから幸せ」

――実際に体験した患者さんからは、どのような感想が聞かれた?

それぞれの行き先や思い出に応じた様々な感想を頂きました。

多岐にわたるのですが、共通していたのは「こんな体験ができて嬉しかった、楽しかった」という感想です。

また、特に印象に残った感想は、「こんな体になってもう何もできないと思っていたけど、こんなに楽しい体験が病院でできるなんて思わなかったです」というものや、「VRをしているときは病気のことを忘れられるから幸せです」というものでした。


――今、この装置を体験できるのは市立芦屋病院の緩和ケア病棟だけ?

緩和ケアの一つとしてVRを活用しているのは、国内では私が知る限りは、市立芦屋病院の緩和ケア病棟だけです。

その他の目的(幻肢痛治療やリハビリ)では、東京大学医学部附属病院など、他の病院や施設でもVRは応用されています。

イメージ

「来年にはかなり普及が進むのでは…」

――患者さんに体験してもらって、気付いた課題は?

いくつかありますが、まずはVR装置の重さです。健康な方ならそこまで負担に感じることは少ないですが、患者さんだと重く感じる方が多かったです。

次は、コンテンツによっては操作が複雑になる点です。
ゲームに慣れていない高齢者にとっては、少しでも複雑な操作があると難しくなります。

他には、VR中に見ている画面を“VRとして”共有できない点が課題です。
PC画面などに写して、どんな画像を見ているかを共有することはできますが、3次元空間と2次元空間の差は大きいです。

――誰もがこの試みを活用できるようになるにはあと何年ぐらいかかりそう?

個人的には、来年にはかなり普及が進むのではないかと思います。
なぜなら、VR機器の開発は急速に進んでおりますし、現時点では、日本では来年中に5G回線が使えるようになると発表されています。

5Gによって大きなサイズの情報のやり取りがスムーズに可能になると、現在VR空間で生じうるタイムラグ(フリーズ状態)がなくなると考えられるので、例えば、リアルタイムに病室と自宅を360度カメラでつないでやり取りすることが、市販の機材レベルでも可能になるのではないかと思います。


VR装置を活用することで、終末期のがん患者に、病室にいながら“外出を疑似体験”してもらう試み。
体験した患者さんからは「病気のことを忘れられるから幸せ」といった前向きな声が聞かれるのだという。もうできないと思っていたことが、疑似体験とはいえできることで、終末期医療のQOLの向上には効果がありそうだ。
今は、市立芦屋病院の緩和ケア病棟でのみ行われているというが、この病院に限らず、多くの病院に広がっていってほしい。

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