俳優の中山優馬さんがこの夏、東京と大阪の舞台で太平洋戦争の末期に鹿屋に配属された特攻隊員を演じることになり、役作りのため鹿屋市の戦跡を訪れました。

俳優・中山優馬さん(31)
「やはり遺影ですね。皆さんの顔を見ると本当に幼い人もいるし、今の自分の年齢よりもっと下の人が多いので、でも、その人たちが今の日本を守ってくれたことなので、残酷でもあるが目を背けてはいけないことが一番印象的だった」

俳優の中山優馬さんはこの日、特攻隊員の遺書や遺品が展示されている鹿屋航空基地史料館を見学しました。

中山優馬さん
「なんとなくの知識やかつてこんなことがあったということは、もちろん誰もが知っていることだと思うが、実際に訪れてみると、その人の空気とか人柄とか魂とかそういったものに出会った感じがする」

歌手で俳優の中山さんは、さまざまな番組や舞台で活躍する31歳で、女性を中心に高い人気があります。

戦後80年の2025年、特攻隊員の生き様を描いた舞台「あゝ同期の桜」で主演を務めることになり、作品の中で描かれる特攻作戦の最前線基地、鹿屋市を脚本家の上田浩寛さんと訪れました。

「あゝ同期の桜」で脚本を担当・上田浩寛さん
「演出の錦織さんが『やはり実際のことを知っているか知らないかで演じる側の心の部分が非常に変わるだろう』と言った。優馬さん自身も『見てみたい』と言ったので今回来ました」

特攻作戦とは飛行機に人が乗ったまま敵の戦艦に体当たりする作戦です。

日本の敗戦が色濃くなった終戦間際に行われ、多くの若者が命を落としました。

戦時中、鹿屋市には3つの飛行場があり、全国で最多となる1271人の若者が特攻作戦で亡くなりました。

畑の真ん中にぽつんと残るドーム型の建造物。

コンクリートの上には植物が生い茂り、上空からは丘のように見えます。

これは、「掩体壕」と呼ばれ、特攻作戦などに使う飛行機をアメリカ軍に見つからないよう隠し、守る役割を担っていました。

中山優馬さん
「そうですね、ここに入っていたんですね」
上田浩寛さん
「ここに200何機くらいあったという」

中山さんは、当時を思いながらじっと掩体壕を見つめていました。

次に中山さんが訪れたのは、特攻隊員と交信していた電信室です。

中山優馬さん
「うわーすごい、これはすごい」

階段を降りて、地下に進むと広い空間がありました。

80年前のこの場所で、特攻隊員が敵艦に突撃する直前、最後に発するモールス信号を受信していました。

今回、4カ所を巡った中山さん。

戦争の現実を目の当たりにした後、特攻隊員を演じる俳優としての使命を話してくれました。

中山優馬さん
「やはり後世に伝えていくことだと思う。でも出来事や歴史はそこにあるものなので、それを正しく、変に自分の表現にせず、そのままを伝えていきたいし、自分の役割はそこだと思う」

中山さん主演の舞台「あゝ同期の桜」は2025年の夏、大阪と東京で上演されます。

鹿児島テレビ
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