愛媛県の松山地方裁判所で、産んだばかりの赤ちゃんを死亡させた殺人の罪で、2023年9月27日、母親が実刑判決を受けた。妊娠を誰にも相談できず竹林で出産して放置したという母親。事件の背景には、「妊婦が医療者の介助を受けずにひとりで出産する」危険な「孤立出産」があった。

「誰にも相談できず…」母親に懲役4年

2022年4月13日、愛媛県東部・新居浜市の竹林で、生まれたばかりの男の赤ちゃんが遺体で見つかった。逮捕されたのは、33歳の赤ちゃんの母親だ。

松山地裁での判決公判
松山地裁での判決公判
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竹林で1人で赤ちゃんを産んで、そのまま放置して死なせた母親に対し、松山地裁は殺人の罪で懲役4年の実刑判決を言い渡した。刑事訴訟法が専門の愛媛大学法文学部・関口和徳准教授によると、「殺人罪の法定刑は死刑または無期もしくは5年以上の懲役」だが、実際には5年よりも短い懲役が言い渡されることも少なくない。なぜなら、刑法には様々な刑の「減軽事由」が定められているためだという。

公判中、質問にうまく答えられず黙り込む姿も…
公判中、質問にうまく答えられず黙り込む姿も…

今回の判決要旨には、「被告人が本件犯行に至ってしまった背景には、リスクを踏まえた行動ができず、他に助けを求めることが難しいという被告人の軽度知的発達症や希薄な家族関係等の影響が否定できず」とあった。実際、軽度の知的障害があった母親は、公判の中でも検察官や弁護士の質問にうまく答えられず、度々、黙りこむ姿が見られた。

また、「交際相手ではない複数の男性と関係を持ち子どもを妊娠したため誰にも相談できなかった」「5年前にも同じような経緯で妊娠し、自宅のくみ取り式トイレで産み落とした」という事実も次々と明らかになった。

孤立出産に陥る女性の現状に目を…

今回の公判には、弁護側の証人として2人の医師が出廷した。

親が育てられない赤ちゃんを匿名でも預かる「こうのとりのゆりかご」いわゆる赤ちゃんポストで知られる、熊本・慈恵病院の理事長で産婦人科医の蓮田健医師と、同じく熊本の精神科医・興野康也医師だ。

2人は、母親の精神鑑定や出産時の状況を聞き取り、知的障害の度合いや産後の過酷な心身の状態が事件に与えた影響などを証言した。

人吉こころのホスピタル 精神科医・興野康也医師:
(被告の母親は)【軽度の知的発達症】と診断のつく重いレベル。言葉のやり取りは特に苦手で、裁判の場で呼ばれたときに全然答えられない。どんなに自分がつらかったというのも言語化できない。社会生活上の支障としては軽度の中でも、中等度に近いようなぐらい困っていたと思う。

証人として出廷した理由語る
証人として出廷した理由語る

熊本・慈恵病院の産婦人科医・蓮田健理事長:
「孤立出産」というのは産婦人科医も小児科医も経験しないので、臆測になってしまって、結果として(母親に)不利に働くわけです。「彼女たちの状況をわかった上で判決をくだしてもらいたい」と、「刑を軽くしてほしいという話ではなくて、わかってもらいたい」というとことで(今回)お手伝いした。もうひとつは、今後の再発防止です。

蓮田医師は事件の再発を防止するため、「孤立出産」に陥る女性たちの現状に目を向けるべきと訴える。

「助けを求めづらい」当事者たちの苦悩

子どもを育てることが難しく、出産前から支援が必要な妊婦を「特定妊婦」として登録してバックアップする行政制度がある。「貧困」「知的・精神的障害よる育児困難」「DV」「10代での妊娠」など、子育てが困難な理由は様々だ。

特定妊婦の数の推移
特定妊婦の数の推移

特定妊婦は2010年は全国で875人だったのが、2020年には8,327人と、この10年間で約10倍に増加。しかし8,000人という数字は、あくまで行政が把握できて「支援につながった女性」の数だ。

行政や医療機関に助けを求められず「特定妊婦」として把握されなかった場合は、今回の母親のように、妊婦健診も受けずにトイレや風呂場などで一人で出産するケースもある。医療者の介助なしに出産する孤立出産は、母親と子ども、両方の命を危険にさらす非常に危険な行為だ。

こうした妊婦の孤立の背景には、「人に助けを求めづらい」という当事者たちの苦悩があるという。

人吉こころのホスピタル 精神科医・興野康也医師:
共通しているのは自己肯定感が低い。小さい頃から人に相談して助けられた経験に乏しい。誰にも相談できず一人で抱え込んでもんもんとして、結果的に、より最悪の行動をとってしまう。支援を提供できなかった精神科医療はどうなのか、学校はどうなのか、家族はどうなのか、職場はどうなのか、やっぱりみんな反省すべき点があると思うし、そこに注目した方が同じような事件が再発しないと思う。

愛媛県福祉総合支援センター・梶川直裕さん:
(愛媛県内でも)中学生・高校生が妊娠出産する場合もありますし、車上生活されてる方とか、SNSとかで知り合って関係ができて、別れてしまって、連絡も取れないけど気がついたら妊娠していたとか、まあ、いろいろありますね。

予期せぬ妊娠に悩む女性たちの相談は児童相談所などで受け付けているが、当事者にとって、行政への相談はハードルが高い部分もある。

“とにかくつながって話を聞ければ…”
“とにかくつながって話を聞ければ…”

愛媛県福祉総合支援センター・梶川直裕さん:
“児相=児童相談所”って言葉だけでね、やっぱりしんどいと思うんですよ。でも、やっぱりとにかくどこでもいいからつながって、最終的に話が聞けさえすれば、どんなことでもできます

出産直後から里親の元へ…命守る制度

愛媛・松山市に住む小学4年生の今岡俊君(10)。この日も学校で友達と元気いっぱい遊んできたようで、制服のポケットからは砂の粒が次から次に湧き出てきた。

「新生児里親委託制度」で家族となった今岡俊君と母・今岡里美さん
「新生児里親委託制度」で家族となった今岡俊君と母・今岡里美さん

俊君:
学校の砂!

母・里美さん:
ポケットに入っとん?まあいいわ、どこで食べる?こっち?うわ!じゃりじゃりいよるやん

俊君に優しく語りかける母の今岡里美さん(57)。しかし2人の間に血のつながりはない。俊くんの産みの母親は当時、予期せぬ妊娠に悩み、「特定妊婦」としてサポートを受けながら俊くんを出産したそうだ。

その後、やはり養育は難しいと判断し、里親登録をしていた里美さん夫婦が「俊くん」を家族として迎え入れた。「新生児里親委託制度」の県内での1例目のケースだ。

「新生児里親委託制度」とは、実の親子と同じ法的関係となる「特別養子縁組」を前提に、出産直後から赤ちゃんを里親の元で育てるもので、愛媛県内では2013年度からこれまでに32人の特別養子縁組が成立している。

愛媛県福祉総合支援センター・梶川直裕さん:
とにかく子どものために一番いい方法は何かなということを親御さんだけじゃなくて社会全体で考えるというのが基本です

愛媛県では医療機関とも連携したきめ細かな体制をつくり、「新生児里親委託制度」に積極的に取り組んでいる。全ては「子どもの命を守るため」だ。

虐待により死亡した0歳児の数は全体の半数近くに…
虐待により死亡した0歳児の数は全体の半数近くに…

厚生労働省の調査によると、2003年以降に全国で発生した子どもの虐待死は989人。このうち0歳児の死亡は479人。これは全体の48.4%と約半数を占める。しかも、生後24時間未満に亡くなったケースは17.8%だ。

生まれる前に「誰かに」「どこかに」母親たちのSOSが届いていたら、幼い命が犠牲にならずに済んだかもしれない。

“SOS”見過ごさない仕組みを

10月に行われた運動会、2023年も里美さんは夫と2人で、俊君の成長を見守った。産まれたばかりの俊君を腕に抱いたあの日から10年。里美さんはずっと大切にしまっているある物を私たちに見せてくれた。

産みの母親が俊君に託したバッグを現在使用しているという
産みの母親が俊君に託したバッグを現在使用しているという

母・里美さん:
これは俊を産んでくれたお母さんが、「俊に」ということで託してくれたもの。今このバッグは学校で使わせてもらってて。この車がやっぱ男の子やから好きなるんだろうなっていう(実のお母さんの)思いがあったんかなって。あとお手紙とお守りと

一緒に託された手紙には、便箋3枚にわたって俊君への思いがつづられていた。

母・里美さん:
事情は何も書いてなかったんですけど、「どうしても事情があって育てられないんだけど、あなたのことを一番に思っている」ということを何回も書いてらして…産んだけど育ててあげられないということに対してのお母さんの切ない気持ちが伝わってきた

里美さんは、俊君が幼い時から少しずつ「産みの母親」について伝えている。

“手を差し伸ばしてくれる人がいる”ことをもっと知らせていくべきと語る
“手を差し伸ばしてくれる人がいる”ことをもっと知らせていくべきと語る

母・里美さん:
やっぱり孤立って一番難しいですね。「助けて」が言えないっていうのは、ほんとそうなんだと思う。「手を差し伸べてくれる方はいますよ」っていうことなんですよね。それをもっと情報として、知らせていくべきかなと思います

今、支援が必要な「特定妊婦」は急増し、幼い命が失われる悲しい事件も繰り返されている。

「産んで終わりではなく、産んでから始まる、赤ちゃんの人生も、お母さんの人生も…」孤立する母と子のSOSをかき消さない、見過ごさないための仕組みが必要だ。

【取材後記】
2022年から虐待や里親制度など、子どもたちを取り巻く課題について愛媛県内の現状を取材している。その最初のきっかけが、今回取り上げた「愛媛県新居浜市の新生児殺害遺棄事件」のニュースだ。
事件の一報を昼の定時ニュースでキャスターとして伝えた。OA(生放送)を終えた後、心の中に何とも言えない虚無感がざらりと残った。

「どうしてこんなことが愛媛で起きるんだろう」「母親はどうしてたんだろう」子どもを持つ母親として率直に「理解しがたい」という気持ちだった。

2023年9月に裁判が始まった。逮捕・起訴されたのは赤ちゃんを産んだ母親。我が子を死なせた極悪非道な母親を想像して裁判の傍聴に向かうと、私のイメージとは真逆の人物が座っていた。
おとなしく、静かで、法廷で自分の気持ちをうまく言葉にできず、むせび泣く。
裁判で初めて、母親には軽度の知的障害があることがわかった。また母親の障害や家庭環境はもちろん、この事件の前に、同じような状況で子どもを産み落としていたことも明らかになった。
「これが、あの残忍なニュースの背景にあった真実なのか」と、あ然とした。自分が見ているもの、伝えているものは物事の一片でしかないということを思い知らされた。

テレビ愛媛 橋本利恵アナウンサー
テレビ愛媛 橋本利恵アナウンサー

我が子を死なせた母親の罪は重い。だが、その母親を責めて法の下で裁くことはできても、また別の場所で同じような悲劇は繰り返されるのではないか。
妊娠は女性一人だけでできるものではない。予期せぬ妊娠に悩む女性たちは「妊娠は自分だけの責任だと考え、責められるのが怖くて相談できない」という人も多いそうだ。

今回の様な事件の再発を防ぐには、孤立を防ぐ仕組みはもちろん、正しい性教育など男性も含めて社会全体が向き合うべき課題が多くある。
そして、そうした課題をひとつひとつ詳(つまび)らかにしていくことが、私たち報道の役割であると感じた。

(テレビ愛媛 橋本利恵アナウンサー)

橋本利恵
橋本利恵

「EBC Live News」フィールドキャスター・企画デスクなど担当。
2003年 アナウンサーとしてテレビ愛媛に入社。報道キャスターを担当し、出産・育休後に編成広報・総務部人事を経て2017年にアナウンサーに復帰し現職。