日本で唯一、大分県の国東だけで生産されている畳表の材料「七島イ」。現在、生産を行っているは6軒だけ。
350年を超える歴史がある七島イの価値がいま見直されている。
一方で、慢性的な人手不足という課題も…
ほとんどが手作業 七島イの生産
大分県国東市安岐町にある松原正さんの田んぼ。
8月から9月中旬が七島イの刈り取りの季節。
国東には350年を超える七島イの歴史がある。七島イは江戸時代から昭和の中頃まで、畳表の材料として日本の庶民の暮らしを支えてきた。
しかし昭和40年以降、畳表はイ草にとって代わられ国東の七島イは衰退していった。
イ草と比較して七島イは大変手間がかかるものだからだ。
5月の植え付けは手作業で行われる。刈り取りも手で行う。
七島イは植え付けから収穫、そして畳表に織りあげていくまで機械化が難しく、ほとんどが手作業。
長い間、苦しい時代を送ってきた七島イの生産農家だったが2010年に発足した「振興会」の活動が実を結び始めている。
ここにしかない七島イをPRし、その価値が広く知られるようになった。価格も以前に比べるとぐっと引き上げることができた。
そしてなんといっても認められたのはそのクオリティ。
若草のような優しい香りと素朴な風合い。耐久性はイグサの3倍。
自然志向や本物志向の人たちの関心は高く、多くの高級旅館が七島イを使った畳を取り入れている。
理想の青を追い求めるチャレンジャー
松原さんは七島イの栽培を始めて31年目。
学者肌の松原さんが作る「七島イ」は市場で高い評価を得ている。
松原さんは、
「七島イ表はいろんな呼ばれ方があるんですけどね“青オモテ”そういった呼ばれ方もするんですよ。空の青、ブルー、その色を出すため必ず1回は日光の紫外線にあてて、それから出荷するようにしています。それはこだわってますね」とそのこだわりについて話す。
松原さんは七島イを「高級畳表」に引き上げた功労者。
常に理想の青を追い求めている。
課題は慢性的な「人手不足」
この日、松原さんのもとに手伝いに来ていた男性がいた。東京北区で110年続く畳屋の4代目・八巻さん。
東京にある八巻畳店の八巻太一さんは、
「注文しても半年待ちとか1年待ちなんです。それぐらい今、農家さんが減ってるっていうのもありますけど手に入りにくいものになってます」と七島イの貴重さについて話す。
国東の七島イの役に立てばと八巻さんは3年前から植え付けや刈り取りの手伝いに来ている。
七島イ農家は慢性的に人手不足の状況が続いているのだ。
「僕が知っている限りすごく貴重なものですと言うと、お客様がものすごく喜んでくれるんですね。そういうのを農家さんに伝えていきたいと思います」(八巻太一さん)
大分の宝「七島イ」をどう守る
今、七島イは「どう売るか」よりは「どうやって作っていくか」が課題となっている。
くにさき七島藺(シチトウイ)振興会の細田利彦事務局長は、その課題について「一番の課題は、やっぱり新規就農者を増やすということですよね。そこに多くの方たちがこの産業に参加して、国東はやっぱり楽しく魅力のある地域にしていきたいなっていうのが私の最終的な目標ではありますね」と話す。
350年続く国東の七島イ。
新たに関わる人をどうやって増やしていくか。大分の宝を守るための大きな宿題だ。
(テレビ大分)