拉致被害者家族の横田滋さんが、6月5日に死去された。

もし、娘のめぐみさんが拉致などされなければ、ごく普通の父親として娘の成長を見守り、ごく普通の父親としてこの世を去っていったことであろう。しかし滋さんは、普通の父親のような人生を送ることはできなかった。

拉致被害者家族の先頭に立ち活動を続けてきた横田滋さん
拉致被害者家族の先頭に立ち活動を続けてきた横田滋さん
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父の無念を胸に、めぐみさんの弟・横田哲也さんが6月28日の「日曜報道 THE PRIME」に生出演した。哲也さんによると、めぐみさんの北朝鮮による拉致が判明した1997年以降、自身がテレビ番組に生出演するのは2度目だという。

この機会に伺いたかったのは、滋さん死去4日後、6月9日の記者会見での発言「何もやっていない人が政権批判するのは卑怯だと思う」の真意である。

一部の政治家やメディアを批判するこの発言は、ネットで大きな反響を呼んだ。なぜ「卑怯」という強い言葉を使って、こうした発言をしたのか。

会見で政治家やメディアに苦言を呈した横田哲也さん(右)
会見で政治家やメディアに苦言を呈した横田哲也さん(右)

フジテレビ到着は本番の1時間半も前

哲也さんは誠実な人物だと思う。実際、この日の放送で、スタジオがあるフジテレビ本社に到着したのは、本番の1時間半前の朝6時だった。日曜日の朝6時である。その理由は「本番に遅れてはいけない」から。番組制作者として頭の下がる思いである。

そこで、同席出演の橋下徹さん、櫻井よしこさんにも早めの来社をお願いし、2人とも快く応じてくださった。おかげで放送前の打ち合わせを出演者全員で丁寧に行うことが出来た。

そして番組が始まり、あの発言の真意を聞くと、哲也さんはこう語り始めた。

「いろいろな意見があって良いと思うので、政権批判をするのがダメだ、するな、と言っているわけではないことは、まず申し上げておきたい」

「日曜報道 THE PRIME」に生出演した横田哲也さん
「日曜報道 THE PRIME」に生出演した横田哲也さん

「批判」ではなく「批判の質」に疑問を投げかけたのである。さらに哲也さんは続ける。

「安倍首相が歴代の政治家の中でも、やっている(=拉致に取り組んでいる)という事実があるにもかかわらず、なんでもかんでも安倍さんが、安倍さんが、というのは対象が違うのではないですか、ということを申し上げたかった」

「インターネットで、なんでも安倍さん、という“アベガー”という言葉もあるようですけど、そこが批判の対象ではないんじゃないですか」

曽我ひとみさんや蓮池薫さんら被害者5人が帰国した小泉政権以降、政権は毎年のように変わった。これでは本格的な交渉など望めるはずもなく、被害者の家族にしてみれば「時間の浪費」だ。その北朝鮮が再び本格的な交渉のテーブルについたのは、2012年の第2次安倍政権になってから、というのはシンプルな事実である。

2002年に小泉首相(当時)が訪朝。安倍首相は官房副長官として同行した
2002年に小泉首相(当時)が訪朝。安倍首相は官房副長官として同行した

「卑怯」という言葉に滲むもの

そして、哲也さんは番組でこう強調した。

「これからは子世代の我々が頑張らないといけない。しかし、我々家族が主体なのではなく、主体は政府だ、と。“日本国がどうするんだ”という気概がないと、僕らがどれだけ叫んでも動かない。」

めぐみさんの拉致は、銀行員だった滋さんの転勤先でおきた事件だ。もし転勤がなければ、被害者はめぐみさんではなく別の少女だったかもしれない。

哲也さんたちは、「誰の身にも起こりえた北朝鮮による拉致は、横田家の問題ではなく、日本の問題である」ことを再三にわたり訴えている。

我々は、拉致解決は安倍政権だけの責任ではなく、日本国としての責任であり、国を形づくる国民一人一人の責任であることを受け止めなくてはならない。「卑怯」という言葉を使った背景には、こうした思いが滲んでいる。

そして哲也さんは、政府や国民に奮起を促した。

「雪山で遭難している人を助けに行くときに、助けに行く人が死んだと思って行かない、生きていると思うから命がけでも助けに行く。我々も姉や拉致被害者が生きていると思って活動をしている、日本国もこうした意思をもって取り組んでほしい」

拉致被害者を取り戻す決意を改めて示し、国民に訴えかけた
拉致被害者を取り戻す決意を改めて示し、国民に訴えかけた

安倍政権の責任は重い。同時に我々放送メディアにも重い責任がある。そこに身を置く者として、改めて身の引き締まる思いである。加えて記せば、放送を終えた後、哲也さんと橋下徹さんが、がっちりと熱い握手を交わした光景が、なんとも印象的であった。

【執筆:「日曜報道 THE PRIME」チーフプロデューサー 井上義則】

井上 義則
井上 義則

FNN.jpプライムオンライン編集部