照ノ富士の1年ぶり8度目の優勝で幕を閉じた、今年の大相撲夏場所。

4場所休場からの見事な復活優勝が話題を集める中、もう一人幕内への復帰を果たし、土俵を盛り上げた男がいる。2年ぶりに幕内の土俵に帰ってきた、元大関の朝乃山である。

復活見せるも「弱くなっている」

2年前に新型コロナウイルス対策ガイドライン違反を起こし、異例の長期謹慎となる6場所の出場停止処分を受けた朝乃山。さらに、その間に三段目まで番付を落としたため、戻ってくるまでに要した5場所を含めると、今場所は2年ぶりの幕内の舞台となった。

ここで朝乃山は、自身最多タイとなる12勝を挙げる活躍で“復活”を印象付けた。

夏場所で12勝を挙げた朝乃山
夏場所で12勝を挙げた朝乃山
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朝乃山に久しぶりの幕内で戦った感想を聞いてみると、ホッとした表情でこう振り返った。

「やっと5月場所で再入幕、番付を戻したので、ここまで戻ってきたという実感は土俵入りや取り組みで感じました。初日から千秋楽まで応援してくださった方々にもお礼を言いたいですし、お客さんの中にも待っていて下さった方もいたと思うので、感謝しています」

しかし相撲内容の話になると、「2年前と比べると弱くなっています。2年前と体つきが違いますし、相撲も弱くなっていると思います。疲労は取れにくく感じます」と思いがけない言葉が返ってきた。

2年ぶりに戦う大相撲の最高峰、幕内の舞台。謹慎で1年間実戦から遠ざかり、この1年も十両以下の力士と戦ってきた朝乃山にとって、幕内力士たちは強者揃い。さらに、27歳から29歳になり、身体的な衰えも顔を覗かせる年齢になっていた。

それでは、なぜ12勝を挙げ、優勝争いに加わることができたのか?そこには、彼が謹慎中に抱えてきた“葛藤”と密接な関係がある。そんな謹慎中の胸の内を、静かに、そして言葉を選びながら話してくれた。

「本当を言うと相撲を辞めたかった」

「師匠をはじめ部屋の方々、応援してくださった、支えてきてくださった方々の期待を裏切ってしまったわけですから、自分が情けないことをしてしまったことが辛かったですし、1番は父が亡くなったのを聞いて、本当を言うと相撲を辞めたかった」

大関昇進時、両親と共に座る朝乃山
大関昇進時、両親と共に座る朝乃山

2021年5月のガイドライン違反で謹慎中だった同年8月、父親の石橋靖さんが「急性心原性肺水腫」のため、64歳の若さで急逝。ただでさえ気持ちが落ち込む中での突然の訃報に朝乃山の心は折れかけていた。

「母から連絡をもらって、謹慎中だったので協会と師匠に許可をいただいて地元に帰らせてもらって、亡くなった父の顔を見たときに一気になんかこう、相撲辞めたいなって感情が出て…、自分が迷惑をかけたから亡くなったと自分を責めていました。そんな時期もありました」

番付は三段目まで落ちた
番付は三段目まで落ちた

親の死を自分のせいだと思うほど追い詰められた朝乃山は、相撲を続けられるのか、そんな“葛藤”と向き合っていた。しかし、そんな彼の心を救ったのもまた、両親の言葉だった。

「母と2人きりになったときに、『辞めないで』という言葉をもらいました。父からも『復帰を楽しみにしているから』と生前に言われていたので、その言葉で相撲を辞めないで続けてこられました。父が今、1番の『原動力』と言ってもおかしくはないです」

相撲を続けてほしいという母の願いと亡き父親への思い、いつしか朝乃山の中で“葛藤”は“原動力”に変わっていた。

大一番で見せられなかった“型”

両親に背中を押されながら見事に幕内の舞台で躍動した朝乃山。そんな朝乃山を場所前から注目していたという、元横綱・白鵬の宮城野親方に話を聞いた。

宮城野親方(元横綱・白鵬)
宮城野親方(元横綱・白鵬)

「私は優勝するのは朝乃山だと思っていましたので。やっぱり“型”を持っていますね。自分が対戦して型を持っている力士が一番怖かった。朝乃山の場合は“右四つ”。相手を右で差して左で廻し取る。これが彼の型なんですね。こうなったら自分は強いというね」

歴代最多45回の優勝を誇る親方も評価する、朝乃山の“型”。しかし、優勝を争う大一番となった13日目の照ノ富士戦では、その“型”が見られなかったという。

「気持ちが強すぎて自分の相撲を取らなかったね。相手のことを考えすぎた。頭で当たってつけたのは良いんだけど、そこで横綱は待っていた。(朝乃山は)左を差してしまった。誘われて誘いに乗ってしまった。自分の相撲で勝負しないといけなかった」

鋭い立ち合いで相手を土俵際まで押し込んだものの、左を差してしまったため右四つの“型”にならず、土俵際で照ノ富士の小手投げに屈した。

朝乃山は照ノ富士戦について次のように語った。

「思い切って何でもやろうという気持ちで土俵に上がりましたので、差させない、技を取らせないというイメージで下から当たりました。立ち上がり良かったように思えたが、その後帰って相撲を見てみると、横綱はどっしり構えていて、右手を抜いて左を差した、そこで勝負アリだなと感じました」

横綱・照ノ富士の術中にハマった朝乃山。

朝乃山の右四つはまだ完成していないのか、親方に聞いてみると、思いもかけない言葉が返ってきた。

「完成していますよ。そこに自分が気づいてないんじゃない?もっと強いところに出稽古に行って、色々と経験しないと。横綱と相撲を取る時に下を向いてしまっている。そういうところに勝負弱いところが出てしまった。いい加減、自分の“型”に気づけよ、と言いたい」

どっしり構えて自分の相撲を取った横綱と、自分の相撲を捨ててなりふり構わず勝ちに行った朝乃山。自身の“型”に対する自信が、今場所の優勝を分けた要因となった。

優勝は逃したものの、照ノ富士に次ぐ12勝を挙げ“復活”への足がかりを掴んだ朝乃山。しかし、今場所の躍進はキッカケに過ぎない。彼の居るべき場所は、まだ先にあるはず。かつて登りつめた大関の地位、さらに“その先”を期待するファンも多い。

両親の思いを原動力に“型”を極めた時、本当の意味での“復活”が果たされるのだ。

最後に、ファンへ向けて一言メッセージをもらった。

「今場所も応援のほど、ありがとうございました。来場所は、準ご当地場所の名古屋場所なので2桁勝利、優勝争いに加われるように頑張ります。」

インタビュー中、終始神妙な面持ちだった朝乃山が、最後に少し微笑んだ。

(文:山嵜哲矢)