優勝決定戦にもつれ込む大接戦のすえ、霧馬山の初優勝で幕を下ろした3月場所。

この場所で初日から破竹の10連勝を上げ、大旋風を巻き起こしたのが“最軽量力士”翠富士(前頭5枚目)だ。

3月場所で初日から破竹の10連勝を上げた翠富士
3月場所で初日から破竹の10連勝を上げた翠富士
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その快進撃の訳を、二所ノ関親方(第72代横綱 稀勢の里)の分析と本人のインタビューで紹介していく。

「小兵=多彩な技」だけではない力強さ

2020年の初場所以来、3年ぶりに声出し制限なしで行われた大相撲春場所。

かつての熱気や声援が帰ってきた大阪を、最も熱く盛り上げた力士は誰か?審判部として土俵下で観客の声援を体感していた二所ノ関親方に聞くと、真っ先にこんな答えが返って来た。

「やっぱり翠富士じゃないですか、前半を盛り上げた立役者と言いますか、非常に体の小さい力士たちの希望に見えましたね」

幕内最軽量の翠富士
幕内最軽量の翠富士

幕内最軽量・117キロの翠富士。身長は171センチ。

初日から怒涛の10連勝を記録するなど、台風の目と呼ぶにふさわしい大活躍を見せると、初めて優勝争いに加わるなど、一際大きな声援を浴びた。

――報道などで「全勝、翠富士!」って出て来た時はどんな心境でしたか。

(部屋に)帰ってからYouTubeとかを見て「単独首位 翠富士!」と出ていて、少しだけ嬉しかったです(笑)。

こんなに連勝した事がなかったので、自分でもこれは(優勝)あるのかな?と思ったんですけど全然でしたね。でも初めて首位に立つことが出来たのでスゴくいい経験になりました。

反省の思いを含めてこう語る翠富士の得意技は『肩透かし』。

相手が出て来る所を、差し手で相手の脇の下を抱え込むようにして体を開く。それと同時に、もう一方の手を相手の肩にかけ、手前に引き倒す技だ。

それだけに小兵ならではの多彩な技で戦う力士、と思われがちだが、二所ノ関親方はこう見る。

「パワーはめちゃくちゃありますよ。出足の鋭さ・強さがあるからこそ、ああいう横への動き・後ろへの動きが通用する」

体重差72キロの碧山にも負けない、力強い一面も
体重差72キロの碧山にも負けない、力強い一面も

その言葉通り、今場所の翠富士は8日目に72キロも体重差のある碧山を寄り切るなど、自分より大きな相手にも負けない、力強い一面を披露している。

「それがあるから(相手は)『ヤバイ』って思って、前に出たところを肩透かしが打てる。慌てさせたり危ないと思わせる瞬間を作り上げる。すべては出足だと思いますね」(二所ノ関親方)

その相撲は、時に鋭い出足で相手の体勢を崩し、一気に攻め込む“力の相撲”かと思えば、体勢を戻すために無理に出てきた相手をいなす“技の相撲”。

出足の良さを軸とした“力と技の相撲”が真骨頂だ。

翠富士自身も「一番は押して勝てるのが理想なんですけど、それができない時に技があると考えています」と語る。

「見ていてワクワクしますよね。何が出てくるのかと。小兵力士のようで小兵力士ではないようなパワーもめちゃくちゃありますし。若い小兵力士たちの見本になるような力士で魅力的ですね。非常にいいお手本ですよ、生きる教科書」(二所ノ関親方)

二所ノ関親方
二所ノ関親方

初日から負けなしの10連勝を果たした相撲を見ても「あの充実した相撲内容からすると、相当な稽古をしていると思います。並大抵の稽古ではあんな体にならないと思いますし、上半身と下半身の動きが一つになってますよ。稽古の充実ぶりがうかがえます」と二所ノ関親方。

「これからの活躍も稽古次第でしょうが、伊勢ケ濱部屋はもの凄い稽古量をしていますから、2023年の大相撲界、期待の一人ではないでしょうか」

伊勢ヶ濱部屋は横綱 照ノ富士を筆頭に宝富士、錦富士、熱海富士らを擁し稽古量の多さは角界随一。

翠富士
翠富士

豊富な稽古量に裏うちされた「自信」が、類いまれな身体能力に備わったことで今日の翠富士が誕生した。

「星的にはだいぶ勝てて嬉しいですが、後半5連敗なので気持ちとしては負け越したような悲しい気持ちです。悔しいので来場所に向けてがっちり筋トレとか頑張りたいと思います」(翠富士)

「(上位とは)そこまでの差はないと思うので、何か一つかみ合えば勝てると思うので、その一つを見つけるために、来場所また頑張りたいと思います」(翠富士)

次を見据えた決意を、力強く語った。

「ガラッと変えないといけない」貴景勝の相撲

一方、この3月場所で横綱昇進をかけて戦った大関 貴景勝は、序盤から苦しみ6日目までで3勝3敗。7日目には左膝のケガのため休場と、苦渋の決断に追い込まれた。

この貴景勝の状況を見て、二所ノ関親方は何を感じとったのだろうか?

「横綱の昇進がかかっていましたし、注目される中で初日から負けてしまったのは調整の難しさを感じました。3場所連続で活躍するというのは約半年間調子を保つ必要がありますが、やはり体のどこかに負担がかかって来ます。

そこで体に負担をかけない相撲とかケアをしながら戦いますが、(今場所は)これまで蓄積したものが爆発してしまったのかなという印象です。『負けて学ぶ相撲かな』という言葉もありますが、一から体を作り直して、また新しい貴景勝で戻って来ることを期待したいです」(二所ノ関親方)

今回の休場の理由となった膝のケガは左脚内側半月板損傷。

先場所の優勝も、首を負傷しながらの激闘の連続だった。

日本人横綱誕生への期待は根強いものがあるが、これまでの貴景勝を支えて来た、突き押し中心の相撲で新しい未来を切り拓くことは可能なのだろうか。

今場所の途中休場から学ぶ教訓を聞いた。

二所ノ関親方
二所ノ関親方

「今の自分ではダメだという事を、体をもって思い知らされたという事ですね。調子がいい時には変わろうとすることは出来ないじゃないですか。

だからこういうケガをした時に変わろうという、いいキッカケになったかも知れないですね。

ガラッと変えないといけないと思います。『あの休場があったから』と言えるような相撲人生にして欲しいですね」(二所ノ関親方)

二所ノ関親方は自らの横綱昇進の際に苦労した、経験も重ね合わせて期待を込める。

「自分自身との戦いだと思いますが、(これまでの)自分を超えないと上は目指せないと思います。今までの『自分では横綱になれない』『変わるんだ』『横綱になるんだ』という気持ちが大事なんですよ。

まだまだ若いですし『俺はこう変わるんだ』『今まで通りじゃダメなんだ』という気持ちを持って、巡業がまた始まりますが、そういう場で相撲内容も人間も変えて1年間勝負して欲しいですね」

新大関誕生へ期待ふくらむ5月場所

今場所は初優勝した関脇 霧馬山の12勝3敗をはじめ、三役力士が相次いでふた桁勝利を挙げた。

豊昇龍10勝、若元春11勝、大栄翔12勝という好成績に、横綱審議会の山内昌之委員長は「来場所、来々場所で大関に手がかかる力士たちが生まれてきたのは明るい材料」と評した。

また十両で13勝を上げた朝乃山の幕内復帰も、来場所は濃厚と見られている。

二所ノ関親方
二所ノ関親方

「本当に強い力士、負けない力士というのが早く出て来て、安定して行くというのが今の相撲がもっともっと楽しくなることにつながると思います。そして何と言っても横綱が出場すると場所が締まりますので、照ノ富士の復活も来場所期待します」(二所ノ関親方)

コロナ禍から解放されたこの春、日本列島を一気に北上して行く桜前線。

満開の桜がもたらす活気ように、存在感あふれる相撲で土俵を沸かす力士の登場を、ファンは待ち望んでいる。

(取材:横野レイコ、髙木健太郎、山嵜哲矢 文:吉村忠史)