7月5日(日)投開票となる東京都知事選。人々はどのような「論点」を重視するのでしょうか?
FNNプライムオンラインは去る6月11日(木)、経済学のビジネス活用を推進する「エコノミクスデザイン」と共同でオンラインイベント『内心をこっそり教えてください-社会的選択理論の実用-東京都知事選』を開催。
イベント告知ページやTwitterを通じて、事前にアンケートへの回答を依頼し、その結果をもとに、慶應義塾大学経済学部の坂井豊貴教授が分析を行いました。
調査の方法論を実践的に学ぶ事ができる本イベント。書籍『多数決を疑う(岩波新書)』の著者でもある坂井教授は、どちらか二択といった多数決型ではなく「程度」を聞くことで、人々の「内心」、心のグラデーションが見えてくると言います。
どのようにデータを扱えば、「内心」に迫れるのでしょう? 坂井教授によるオンライン講義のリポートをお届けします。

(本稿はダイジェスト版となります、講義全編は記事最下部のYouTubeからご視聴可能です)
(アンケートはイベント告知ページやTwitter投稿にGoogleFormのリンクを掲載して実施。323名が回答。日本全国10代~60代男女)
都知事選2020の争点は?
さて事前アンケートを通じて、みなさんの内心を教えていただきました。本日はその全貌を公開したいと思います。
今回の都知事選、争点は何なのでしょう? 通常、地方自治体の首長の選挙では、明確な争点が見えないことも多いです。
政治家を選ぶということは、政策を選ぶこととは異なります。知事選は、その自治体のトップの人間を選ぶ選挙。それが、地方自治体の首長選挙の大きな特徴です。
さまざまな人の心の中を知りたい
この調査では、基本的に次のような方針で行っています。
「平均的な人間」などいない。
平均的な人間などはいません。それぞれ異なることに関心があり、関心の程度も異なります。人々は何をどの程度気にかけているのか、あるいは気にかけていないのか。今回の調査では、人々の心の中を知りたいと考えています。
また、今回アンケートに答えて頂いた方は、都民の方もいらっしゃいますし、都民ではない方もいらっしゃいます。だいたい半々くらいでした。そこに違いがあるのかも見たいと思います。

【問1】都知事選での政策テーマをどの程度重視しますか?
では1つ目の質問です。次の都知事選において、下記の11の項目に対して、あてはまるものをそれぞれ回答してもらいました。
問1:
都知事選では、下記11項目に関する政策テーマ・候補者に対する事柄を、それぞれどの程度重視しますか。東京都にお住まいでない方も、自分が都民だと仮定してお答えください。
政策テーマ・候補者に対する事柄(11項目):
【IT導入の推進】【子育て支援】【新型コロナウイルス対応】【キャッシュレス化の推進】
【オリンピックへの対応】【江戸城再建】【東京都という都市の未来像】
【人柄の良さ】【金銭的なクリーンさ】【学歴】【政党】
回答選択肢(6段階):
「とても重視する」「重視する」「やや重視する」
「あまり重視しない」「重視しない」「とても重視しない」

(おことわり)
・サンプルはランダムではありません。
主にTwitterを通じて募集したアンケートであり、サンプルに偏りがあります。
・それでも示唆はあると思っています。
本格的な調査を設計したり、論点を発見したりするには大変有益です。
・簡単な統計分析の入門にもなったら、うれしいです。
また今回は都知事選を扱っているため、経済政策のテーマを入れていません。東京都はいくら大きいとはいえ、できる経済政策は限られているからです。

【問1】棒グラフで見てみよう――どうやら【IT導入の推進】と【子育て支援】を重視
それでは結果を見てみましょう。11個の棒グラフがあるのですが、これだけ見ても、はっきりしたことはわからないと思います。しかし、多少わかることもあります。

【IT導入の推進】と【子育て支援】については、「とても重視」がすごく多く、「重視」も多く、「やや重視」もそこそこ多いのがわかります。そこで、【IT導入の推進】と【子育て支援】というのは、どうやら重視されている政策テーマのようだということがわかります。
それでは、重視されていないものは何でしょうか。グラフを見ると、【江戸城再建】は、いかにも重視されてなさそうです。「とても重視」も「重視」も「やや重視」も少ないです。また、【学歴】も重視されてなさそうです。「とても重視」「重視」が少ないです。
しかし割合の内訳を示す棒グラフを見ただけでは、どれが一番重視されている政策テーマなのか、あるいは重視されていないのか、わかりにくいです。棒グラフだけだと、見た目の印象論になってしまいます。
【問1】数字で見てみよう――生データだけ見ていてもよくわからない
もう少し精緻な分析をしてみましょう。生データ(数字)をお見せします。

たとえば【IT導入の推進】であれば、「とても重視する」が165人、「重視する」が79人、「やや重視する」が48人、「あまり重視せず」は25人...、となっています。
ただ、生データだけ見ていてもよくわかりません。
【問1】累積分布を見てみよう――比較できる項目もある
できればこの生データの分布同士を比較したい。ところが、分布は比較しがたいものでもあります。そこで、累積分布を作ってみます。
累積分布を作るには、一番上の「とても重視する」の数字から、下の数字を次々に足していきます。
まず、【IT導入の推進】と【オリンピックへの対応】に着目してみてください。
【IT導入の推進】で累積分布を作るとすると、「とても重視する」165人と「重視する」79人を合わせると、244人います。この数字に「やや重視する」48人を合わせると、292人になります。これを続けていきます。

このように累積分布を作って、【IT導入の推進】と【オリンピックへの対応】を比較してみましょう。
「とても重視以上」の累積値を比べても、「重視以上」の累積値を比べても、【IT導入の推進】のほうが多いです。すべてにおいて【IT導入の推進】が勝っています。
こういうときには累積分布で比較ができ、【IT導入の推進】が【オリンピックへの対応】に勝つと結論づけられます。これを「一次確率支配」と言います。
分布の比較ができ、全体として【IT導入の推進】と【オリンピックへの対応】では、どちらが重視されているのかが判別できます。

【問1】「一次累積分布」は万能ではない
さて、同じように、11個全ての政策テーマや候補者に対する事柄に対して、累積分布を作成してみました。

これにより、どの政策テーマが重視されているか、重視されていないかという話ができそうなのですが、残念なことに「一次累積分布」は万能ではないのです。

例えば、上記の「累積分布」の表で、【IT導入の推進】と【子育て支援】を比べてみてください。
「とても重視以上」の人数は【IT導入の推進】が165人、【子育て支援】が149人で、【IT導入の推進】のほうが多い。
しかし「重視以上」の人数は、【子育て支援】のほうが多いです。「重視以上」の人数は、【子育て支援】が245人、【IT導入の推進】が244人。
1人差ではあるのですが、【子育て支援】のほうが勝っているのです。
こういう場合は「一次累積分布」の考え方によると、優劣は付けません。
【問1】「一次累積分布」のマトリックス――全ての項目から順位付け
それではどうするか? 勝っている場合は「1」を付けて、マトリックスを作ってみました。

例えば、【IT導入の推進】は、【子育て支援】に対しては勝っていないのですが、【新型コロナウイルス対応】【キャッシュレス化の推進】【オリンピックへの対応】【江戸城再建】【東京都という都市の未来像】【人柄の良さ】【金銭的なクリーンさ】【学歴】【政党】に対しては、勝っています。
一方で、【新型コロナウイルス対応】を見てみると、【IT導入の推進】【子育て支援】【キャッシュレス化の推進】には負けているのですが、【オリンピックへの対応】【江戸城再建】【東京都という都市の未来像】【人柄の良さ】【金銭的なクリーンさ】【学歴】【政党】には勝っています。
ただし、このマトリックスも、そんなに見やすいというものではありません。
有向グラフで優劣を分かりやすく
そこで、これを図にしてみました。
要するに、【IT導入の推進】は【新型コロナウイルス対応】に勝っており、【新型コロナウイルス対応】は【東京都という都市の未来像】に勝っています。
【東京都という都市の未来像】は【金銭的なクリーンさ】に勝っています。
【金銭的なクリーンさ】は【人柄】に勝ち、【人柄】は【政党】に勝ち、【政党】は【学歴】に勝ち、【学歴】は【江戸城再建】に勝っています。
というように、確率分布同士の優劣を図で表すことができるようになります。このようにすると、優劣がわかりやすくなりますね。この図は「有向グラフ(directed graph)」と呼ばれるものです。
ここから何がわかるかというと、【IT導入の推進】の政策テーマが非常に重視されているということがわかります。それから、【子育て支援】もとても重視されているということがわかります。
次いで重視されているのが【新型コロナウイルス対応】【キャッシュレス化の推進】。その下に【東京都という都市の未来像】【金銭的なクリーンさ】【オリンピックへの対応】があります。
また【東京都という都市の未来像】と【オリンピックへの対応】には優劣関係はありません。
【問1】結論――【IT導入の推進】【子育て支援】を重視、【学歴】【江戸城再建】は関心なし
以上から、次のように結論づけることができます。
諸々の政策争点を比較してみると、【IT導入の推進】が非常に重視されていることがわかります。おそらくですが、これまで【IT導入の推進】がこれほど重視されたことはないはずです。
例えば、私がこれまで政治家にお会いして「【IT導入の推進】の政策テーマは票になりますか?」と聞いても、多くの方は「票にはならない」とおっしゃっていました。そのような状況では、政治家も「【IT導入の推進】を重視しよう」というモチベーションは持ちにくい状態でした。
ところが今回の結果を見てみると、【IT導入の推進】が非常に重視されていることがわかります。人々の意識が変わってきたのではないかと考えられます。
それから、【新型コロナウイルス対応】も重視されていることがわかりました。おそらく、コロナ禍で【IT導入の推進】も大事だという思考の流れもあると思いますが、【新型コロナウイルス対応】自体も重視されています。
一方、人々がそれほど関心を持っていないのは何でしょうか。最下位グループの【学歴】【江戸城再建】には、関心を持っていないことがわかります。
【問1】相関係数を調べてみよう
次に相関係数を調べてみましょう。

【IT導入の推進】と【子育て支援】の相関は高いと言えます。また【IT導入の推進】と【キャッシュレス化の推進】の相関が高いと言えます。しかし、これは当然のこととして結びつくでしょう。
さらに相関係数から、何かおもしろいことが見えてこないでしょうか?
【人柄の良さ】と【金銭的なクリーンさ】の相関に注目してみましょう。相関は高いです。「候補者の【人柄の良さ】重視する人は、【金銭的なクリーンさ】も重視する」という傾向があると言えます。
それから、私がおもしろいなと思ったのは、【学歴】と【政党】の間に、まあまあ強い相関があるということです。「【学歴】を重視するという人は、【政党】も重視する」ということです。
そのような人たちは、どういうタイプの有権者なのかというと、候補者の「ラベル」、つまりどのような学校を卒業し、どのような政党に入っているかという「ラベル」の情報を参考にして、投票先を決める人たちと思われます。
【問1】都民と、都民ではない人たちに違いはある?
さらに進んでみましょう。
私は、今回のテーマで、「都民と、都民ではない人たちに違いはあるか」ということにとても関心がありました。なんとなく、都民と都民ではない人に違いがあるんだろうなあと思っていたのです。
しかし検定してみると、違いは見られませんでした。
すべての項目で、「都民の群」と「都民でない群」に分けて、それらに違いがあるかを、ノンパラメトリック検定という手法で見てみました。(Mann-Whiteny U Test 有意水準5%)
結論を言うと、両者に違いを見つけることはできませんでした。絶対違いがないとは言い切れないのですが、少なくともわれわれの調査で見る限り、明確な差というのはなさそうです。
【問2】知事選で雰囲気やイメージで投票先を決める度合は?
問2は、私が個人的に非常に興味のあったものです。
問2:
あなたが知事選で「政策はろくに見ないで、何となくの雰囲気やイメージで投票先を決める」度合はどの程度ですか?
棒グラフで見てみましょう。

この結果を見て、どのように思われますか? 私は、回答者の皆さんがとても真面目だなと思いました。「とてもそうである」「そうである」の割合が少ないのです。

円グラフのほうが見やすいですね。
「とてもそうである」は1%、「そうである」は6%、「ややそうである」は21%。合計で28%の人が、政策は見ていない、なんらかの雰囲気やイメージで投票先を決めているということがわかります。
ただ、おそらく、必ずしも何も考えずに投票しに行っているというわけではありません。
知事というのは、政策の束なわけではないのです。だから、その人の人柄や能力を勘案して投票しているのではないのかと思います。
【問2】相関係数を見てみよう――今回のデータではわからない
それでは、政策をろくに見ないで何となくの雰囲気やイメージで投票先を決める人と、しっかりと政策を見て投票先を決める人との違いはあるのでしょうか?
問2について、相関を見てみましょう。

なんとなくの雰囲気やイメージで投票先を決めるということは、特にどれかの政策テーマの項目と強い相関があるわけではありません。
私には意外な結果でした。
雰囲気やイメージで決める人というのは、【人柄の良さ】は重視するのではないかという気がしたわけです。「人柄重視」と「雰囲気重視」というのは同じような感じがしないでしょうか。
それから、「政策を重視しない」という人は、いずれかの政策テーマに流されてしまってもいいのではないかと思うのですが、あまり政策を見ないで投票先を選んでいるという人と、政策を見て投票先を選んでいるという人との有意な違いはほとんどありません。
そこで素直に解釈すると、政策を重視しているか、重視していないかというのは、あまり有益な情報ではないのかもしれません。もしかすると「政策もろくに見ない」と「自覚」できている人は、実際には物事をよく考えているという可能性もあります。少なくとも政策の支持レベルでは違いは見られませんでした。
まとめ
まとめとして、全体を見てみましょう。
【IT導入の推進】【子育て支援】【新型コロナウイルス対応】の政策テーマに関しては高い関心が見られました。【学歴】については、他と比べても関心はずいぶん低かったです。
雰囲気やムードで投票する自覚がある人が、特に【人柄の良さ】を重視しているわけではなく、そうではない人と比べて、特に有意な違いは見つけられませんでした。
都民と都民でない人に全項目で違いはありません。私は結構驚きでした。よく言うと、全国的に都知事選は関心が持たれているのだと思います。
以上が今回の結果になります。ありがとうございました。