1930年代後半 日本の戦車として最も多く生産されながら、これまで国内には一台も残されていなかった“幻の戦車”がある。「九五式軽戦車」だ。2023年4月、この戦車が富士山麓を疾走した。英国からの19年ぶりの里帰りを実現した男の、長期間にわたる奮闘を取材した。

富士山麓に響くエンジン音

九五式軽戦車のお披露目会(2023年4月・御殿場市)
九五式軽戦車のお披露目会(2023年4月・御殿場市)
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2023年4月16日、エンジン音を響かせる1台の戦車。
ファンの歓声と憧れの眼差しの先にあるのは九五式軽戦車だ。

九五式軽戦車のお披露目会
九五式軽戦車のお披露目会

雨宮帆風記者
約80年前に製造されたエンジン そのままで走る、世界に2台しかない戦車が、今 富士山麓の街・御殿場市を走っています

九五式軽戦車は日本陸軍が1935年に採用した小型の戦車で、日本の戦車としては最も多い2300台以上が生産された。しかし、これまで日本には1台も残されていなかった“幻の戦車”だ。
この日、2004年にイギリスにわたって以来、初めて日本の地を走った。

お披露目会であいさつする小林さん
お披露目会であいさつする小林さん

NPO法人「防衛技術博物館を創る会」・小林雅彦代表
この九五式軽戦車が戻ってきたのは 奇跡的な出来事。民間団体が本物の戦車を輸入したのは、私たちが初めて

英国から里帰りをめざしたワケ

この“幻の戦車”を走らせたのは、戦車を展示する博物館の設置を目指すNPO法人「防衛技術博物館を創る会」だ。

戦車に乗る小林さん
戦車に乗る小林さん

御殿場市で自動車整備会社を営む小林雅彦さんが代表を務めている。小林さんは自動車修理業を営む家に生まれ、機械に囲まれて育った。また御殿場には東富士演習場や陸上自衛隊駐屯地があり、子供の頃から戦車に憧れていたそうだ。

今回 里帰りをした戦車は、終戦を西太平洋の島で迎えた。日本に運ばれ京都の美術館などに展示されていたが、2004年にイギリス人愛好家が購入し海を渡った。

お披露目会を前に整備する小林さん
お披露目会を前に整備する小林さん

「イギリスで保管されていた、この戦車を日本に取り戻したい。」
小林さんたちは2009年からイギリス人愛好家と買取交渉をはじめ、14年かかって念願の里帰りが実現した。

九五式軽戦車のエンジン
九五式軽戦車のエンジン

ファンに披露される2日前、小林さんは最終調整をしていた。小林さんによると、アメリカのオレゴン州にも全く同じ戦車があり、旧日本軍の戦車で当時のエンジンで走るものは、世界にこの2台しかないという。

九五式軽戦車の内部
九五式軽戦車の内部

「防衛技術博物館を創る会」・小林代表
「百聞は一見にしかず」で、現物を見て感じられることはいっぱいあると思う。“生きている機械”として皆さんに見てもらうのが、今回の私たちの活動の趣旨。当時の日本の技術は高いレベルのもの、世界標準を追い越している部分もある。ただ基本的な工業力の低さから「残念ながらまだまだだな」という部分もある。今の目からみて、すごくわかる。みなさんが見て、できれば次の世代に受け渡して行ければいいと思う

“戦車”輸送に大きな壁

購入費用を集めるクラウドファンディングHP
購入費用を集めるクラウドファンディングHP

戦車の買い取り価格は約1億円。2019年にクラウドファンディングに挑戦し、2052人から目標の5000万円を超える約6000万円が集まった。残りはNPO有志で工面した。
イギリスの戦車博物館などの協力で、走行できるように整備した。

しかし購入の後、日本への輸送で大きな壁が立ちはだかった。

「防衛技術博物館を創る会」・小林代表
博物館で飾るために民間が戦車を持ってくるとなると、どこにもダメとは書いていないけど、どこまでがいいかも誰もわからない

走行できるようイギリスで整備
走行できるようイギリスで整備

戦闘能力がないとはいえ“戦車”。
法律で「装甲板を有する自動車」の輸入は、防衛省や防衛省の委託を受けた者しか認められない。今回輸入する物は「装甲板を有する自動車」ではなく、「博物館展示品」として認めてもらう必要があった。

戦車砲をモデルガンに交換
戦車砲をモデルガンに交換

そのため展示先の博物館の設立計画の目途が立っていることや、重要な機械産業遺産であることの証明、戦車砲に発射機能がないことの証明など、様々な書面を用意する必要があり、認められるまで3年かかった。戦車砲はモデルガンに取り換えた。

コロナやウクライナ情勢も影響

ようやく輸入の許可が出たものの、輸送をめぐり新たな問題が発生した。

戦車の輸送作業
戦車の輸送作業

「防衛技術博物館を創る会」・小林代表
コロナ禍やウクライナ情勢でコンテナがなくなってしまって、輸送費は想定の3倍ぐらいになってしまった

コロナ禍やウクライナ情勢、さらには急激な円安によって輸送費は想定の3倍にまでふくらんだ。

横浜港に到着(2022年12月)
横浜港に到着(2022年12月)

そこで再びクラウドファンディングで応援を募ることに。
1036人から1500万円の目標額を上回る約2700万円の支援が集まり、2022年12月、ようやく日本に到着した。

600人が歓声と拍手で「おかえり!」

クラウドファンディングの支援者600人が歓迎
クラウドファンディングの支援者600人が歓迎

2023年4月16日のお披露目会。クラウドファンディングで支援してくれた人のうち約600人が集まった。
エンジン音を響かせ目の前で走り出した戦車に、会場から歓声と拍手が沸き起こった。

大歓声の中、戦車が始動
大歓声の中、戦車が始動

(会場アナウンス)
「5、4、3、2、1! エンジンスタート! 動きま~す」

体験乗車した参加者は、戦車が進む感触、エンジンの震えを全身で感じている様子だった。

参加者
こういったものを後世に語り継いで行くというのは、大事なことではないかと思う。「おかえり、九五式軽戦車、そして僕らのためにありがとう」(と伝えたい)

九五式軽戦車の体験乗車
九五式軽戦車の体験乗車

参加者
思ったより(座席が)高いですね。映画やゲームだと小さい戦車ですけど、まさかこんなに大きいとは思わず驚いた。こんな機会なかなかないと思うので、また2台目3台目があったら、また申し込もうと思っています

参加者
操縦席の横から外を見ると、当時の人が見ていた景色がオーバーラップする感じ。何かの形で守っていかなきゃいけないと、つくづく思いました。感無量です

静岡ホビーショーでも展示へ その先をめざして

戦車を操縦する小林さん
戦車を操縦する小林さん

「多くの人に当時の日本の技術力を目で、体で感じてほしい。」
戦車を展示する博物館の設立に向けても、小林さんは既にその先を見据えている。

NPO法人「防衛技術博物館を創る会」・小林雅彦代表
(御殿場でのお披露目は)まずうれしいですね、皆さんが喜んでくれるのが一番ですね。これが終わりではないので、次の戦車、九五式に続く戦車を海外から持って帰ってきて、動くようにして またお披露目会で皆さんと会いたいと思います

九五式軽戦車
九五式軽戦車

小林さんたちは5月13日・14日に静岡市で開かれる「静岡ホビーショー」でも、この九五式軽戦車を展示する。小林さんも会場にいるので、説明が聞けそうだ。
日本の技術を守り、後世へ伝えるために。
小林さんたちの挑戦はまだ走り出したばかりだ。

(テレビ静岡)