5月25日に米ミネソタ州で黒人男性のジョージ・フロイド氏が容疑者として拘束中に死亡した事件を受け、抗議デモは全米、さらに世界各国へと広がっている。

ミネアポリスで警察官が黒人男性の首を膝で押さえつけている瞬間の映像
ミネアポリスで警察官が黒人男性の首を膝で押さえつけている瞬間の映像
この記事の画像(7枚)

広がっているのはデモだけではない。黒人差別に反対するデモは、フロイド氏の死の翌日から始まったが、その二日後には一部が暴徒化し、店舗の破壊や略奪、警官や警察署への攻撃に始まり、一般家屋への放火などにも発展、違法行為と無秩序が広がり、社会不安を広げている。

抗議活動の一部が暴徒化 襲撃され火をつけられた店舗(ロサンゼルス)
抗議活動の一部が暴徒化 襲撃され火をつけられた店舗(ロサンゼルス)

6月7日には道路上で大きな星条旗(米国旗)を車で次々と轢き、人々が歓声をあげる映像がSNS上で拡散した。

星条旗を踏みつけるという反米パフォーマンス

星条旗を踏みつけたり火をつけて燃やしたりといったパフォーマンスは、自他共に認める反米国家であるイランで日常的に見られる光景である。イランでは道路や階段、建物の入り口などに星条旗が描かれ、そこを通る人々が自然と星条旗を踏みつけるようになっている。

毎週金曜日には、人々はイスラム教の義務である集団礼拝に参加後、街に繰り出して「アメリカに死を!」と叫ぶ反米デモに興じる。そこでも星条旗は燃やされたり踏みつけられたりする。

ソレイマ二司令官殺害を受けて「アメリカに死を!」と叫びトランプ政権を非難する群衆
ソレイマ二司令官殺害を受けて「アメリカに死を!」と叫びトランプ政権を非難する群衆

今年1月にイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官が米作戦により殺害された際には、反米デモで燃やすための星条旗の需要が高まり、イランの旗製造工場が大忙しだと報じられた。

ソレイマ二司令官殺害の際のデモで燃やされた星条旗(2019年1月・イラン)
ソレイマ二司令官殺害の際のデモで燃やされた星条旗(2019年1月・イラン)

黒人差別反対デモはいつの間にか反米デモへ

要するにミネソタから始まった黒人差別反対デモは、いつの間にか反米デモの様相を呈してきているということだ。掲げられているスローガンは「Black lives matter(黒人の命は大切)」であっても、実際に行われている行為はイランで行われている反米パフォーマンスと同じであるというのは、深遠な事実である。

全米に拡大する抗議デモで掲げられているスローガンは「Black lives matter」
全米に拡大する抗議デモで掲げられているスローガンは「Black lives matter」

反米国家イランは、差別反対デモに端を発する米社会の混乱を大いに利用し、ここぞとばかりにアメリカこそが悪であり、反米こそが正義だという宣伝工作に勤しんでいる。

6月1日にはイラン外務省が米当局に対し「市民に対する暴力は止めよ」と呼びかけ、6月3日にはイランの最高指導者ハメネイ師が「この黒人に対して行われた犯罪は、米政府が全世界に対して行ってきたことと同じだ。彼らはアフガニスタン、イラク、シリア、ベトナム、その他多くの国で同じことをしてきた。これこそが今日暴露されている米政府の本質であり特徴なのだ」とツイートし、米兵がイラク人を陵辱する写真や枯葉剤の後遺症を持つベトナム人の写真などを掲載した。

しかしイランのこうした発言は、イランの工作活動であることを理解する必要がある。イランに「市民に対する暴力は止めよ」などと言う道理があるかというと、それはかなり疑わしい。

反体制デモをする自由が認められていないイランで

イランでは昨年11月、建国以来最大規模とされる反体制デモが全国で勃発し、ロイター通信はイラン政府筋の情報として、ハメネイ師の命令によりデモ参加者1500人以上が治安当局によって殺害されたと報じた。イラン当局がデモ参加者殺害の実態を隠蔽する一方、国際人権NGOアムネスティー・インターナショナルは、死者の大多数は武器を所持しておらず不当な弾圧によって死亡した証拠があるとし、国連に実態解明調査を始めるべきだと要請した。

今年1月には、ウクライナの民間機をイラン革命防衛隊が「人的ミス」で撃墜し、乗客乗員176人全員が死亡する大惨事が発生した。半数はイラン人で女性や子供も多く含まれていたが、イラン当局は「殉教したのだ」と主張して開き直り、犠牲者の葬儀の挙行すら認めなかった。

ウクライナ機撃墜を機にイラン国内では反体制デモが再燃、SNSでは治安当局が棒で丸腰のデモ参加者を殴ったり、実弾やナイフ、車両を用いてデモ隊を制圧したりする映像が多数拡散した。

当局はデモ参加者数十人を拘束し、ウクライナ機撃墜の瞬間の映像をSNSに投稿した人物も拘束した。イランで認められているのは体制を支持するデモのみであり、反体制デモ自体が禁じられているからである。今年5月には、デモ参加者の一人に禁錮6年、鞭打ち74回の判決が下された。

6月7日にはイラン国内でアフガニスタン難民7人を乗せた車がイラン警察の銃撃によって炎上し、うち1人が「私は燃えている!」と言いながら水を求める映像がSNSで拡散し、「Afghan lives matter(アフガニスタン人の命は大切)」というハッシュタグをつけた抗議の声が広がった。

数週間前にも、イランでは川を渡って不法にイランに入国しようとしたアフガニスタン人数十人の遺体の映像が拡散し、治安当局が殺害したという疑いが持たれている。イランには約300万人のアフガニスタン人が住むとされるが、同国におけるアフガニスタン人虐待の問題は根深く、米作戦で殺害された革命防衛隊ソレイマニ司令官率いるコッズ部隊が、膨大な数のアフガニスタン人をシリア内戦の前線に強制的に送り込んでいたこともよく知られている。

市民にそもそも反体制デモをする自由が認められていないのがイランだ。もしデモをすれば当局によって暴力的に弾圧され死亡することもあり、デモに参加しただけで禁錮刑と鞭打ち刑を受ける。当局の「ミス」によって民間機が撃墜され市民が多数死亡しても、抗議は一切認められず、殉教の一言で済まされる。同じイスラム教徒であるアフガニスタン人を惨殺したり、紛争地に強制送還したりしている。これがイランという国の実態である。

揚げ足を取られたアメリカ

そのイランが現在、アメリカこそが人権弾圧国家であると喧しい。アメリカは揚げ足を取られたかたちだ。

アメリカをより良い国にするためのデモだったはずだが・・・
アメリカをより良い国にするためのデモだったはずだが・・・

黒人差別反対デモはアメリカをよりよい国にするための行動だったはずだが、いつの間にかそれはアメリカを破壊し、アメリカを陵辱する行動へと変遷した。現在そのデモが、イランや中国といったアメリカの敵を利するかたちで作用していることには、注意が必要だ。

【執筆:イスラム思想研究者 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。