昨シーズンで38年の審判生活に終わりを告げた、NPB日本野球機構の橘高淳(きったか・あつし)審判。

60歳の定年を迎えたシーズンに橘高さんの審判生活の集大成ともいうべき奇跡が待っていた。

昭和、平成、令和と時代をまたいで数々の試合に立ち会ってきた大ベテランに、あの歴史的な完全試合の日に令和の怪物をもっとも近くで見届けた印象をうかがった。

60歳定年の最終年に待っていた奇跡

4月10日、ZOZOマリンスタジアムで行われたデーゲームでのロッテ対オリックス。

注目はともに3年目の佐々木朗希(当時20)と宮城大弥(当時20)の、同学年の顔合わせだった。

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両投手ともに序盤からテンポよく投手戦の様相となったが、スタジアムは徐々に背番号「17」のマウンドだけに熱視線が注がれていった。

この試合で球審を務めたのが現役最年長、38年目の大ベテラン橘高さんだった。

橘高さんは「球審としては初めて見た」という令和の怪物の印象についてこう話す。

「真っすぐが速く、モノが違うと思いました。ストライク先行のいいリズムで投げていたので、絶対にストライクをボールとジャッジしないように1球1球集中しました」

最速164キロの直球と落差のあるフォークで三振を積み上げる佐々木の投球に、球場が歓声で沸く中、橘高さんは「お客さんが1球投げるごとに盛り上がっていって、日本シリーズの優勝決定試合のように感じました」と振り返る。

佐々木は5回を終えて、13連続奪三振。橘高さんはこの時点で連続奪三振記録には気づいていなかったと述懐する。

「ランナーが出ていないのでパーフェクト投球であることは分かっていましたが、三振の数のことまでは全く気付いていませんでした。5回のイニングインターバルの時に他の審判員から『連続三振の記録ですよ』と言われ、そういえばボールが前に飛んでいないなと…」

5回を終えて62球。100球目度の球数制限のある佐々木がこの後どのような投球を見せるのか?

橘高さんは「このままひょっとしたら…」という思いを抱きながら後半戦へ向かった。

完全試合を予感した瞬間

試合のハイライトは7回表の先頭打者・後藤駿太の打席で訪れた。

抜群の制球を見せていた佐々木のコントロールがわずかに乱れ、橘高さんのジャッジで3ボールとなった。それでも、佐々木はカウント3-1から後藤をライトフライに打ち取り、完全試合に望みをつないだ。

橘高さんは、この試合の一番の山場をこう振り返る。

「ここまでほとんどのボールがベースの上で、きわどいボールはなかったのですが、この打席だけきわどい内角球と外角球が来ました。

4球目はストライク来いと思いました(笑)。ここを乗り切ったのと同時に、このアウトで完全試合をやるのでは?と思いました」

球場のボルテージは上がり続け、9回の完全試合への期待感は凄まじかったという。橘高さんは「オリックスファンもその瞬間は興奮しているようだった」と語る。

そして佐々木は最後の打者・杉本裕太郎をフォークで空振り三振に切って取り、令和初、史上最年少となる20歳5か月での大記録を達成した。

13者連続奪三振のプロ野球新記録も樹立し、95年の野田浩司(オリックス)に並ぶ1試合タイ記録となる19奪三振。

まさに記録づくめの快挙であった。

試合を終えた橘高さんはいつも通り、何事もなく無事に試合を終えたことに安堵した。2時間30分の試合時間に「最高の試合、時間でした」と胸を張る。そして初めて経験した完全試合に同僚の審判からも次々に声を掛けられ、多くの電話やメールも届いたという。

捕手出身の球審 松川虎生の守備に驚き

1981年に阪神に捕手として入団し、ブルペン捕手を経て1985年に審判になって以来、これまでセ・リーグの審判を務めることが多かった橘高さん。

佐々木の登板試合の球審を務めたのも初めてで、何より捕手出身ということもありルーキー松川虎生のキャッチング技術に驚いたと明かす。

「フォークボールがかなり落ちていましたし、ワイルドピッチも許されない中、上手にボールを止めていました」

佐々木のストレートに対ししっかりとミットを止め、フォークも後ろにそらすことなく捕球する。

橘高さんは「大卒もしくは社会人ルーキーかと思っていましたが、高卒ルーキーと知りさらに衝撃を受けました」と舌を巻いた。

「9回完全投球」再び

そんな38年目のベテラン審判が初めて経験した完全試合には、続きがあった。

1か月も経たないうちに中日対阪神戦で球審を務めた時のこと。中日・大野雄大が9回まで、一人の走者も許さないパーフェクト投球を演じ、中日はその裏サヨナラのチャンスを迎えた。

「サヨナラで完全試合というのはプロ野球史上無いので、打ったら話題になるのかなと思っていた。また注目されるのも困ったもんだなとも思いましたね(笑)」

橘高さんの期待とは裏腹に、打線はそのチャンスを潰し、続投した大野は10回2死から安打を許し、最終的には完封勝利。

1シーズンに2度の完全試合の球審という大記録は達成できなかったが、「9回完全投球」を再び目撃した。

「1年シーズンが早ければ、(コロナ禍による延長戦打ち切りルールで)大野投手も完全試合達成だったのに去年は延長12回制になりましたからね。大野投手にとっては可哀そうでした」

そんな歴史的に名を刻んだ名審判も、昨シーズン限りで38年の審判生活に終わりを告げた。審判人生の最終年に起きた奇跡の出来事。それは次のステージにいくための最高のプレゼントだったのかもしれない。

「自分はそこにいただけなんですけど、引退してからもこうやって取材されていますし、終わってから凄かったことだと実感しますね」

だからこそこのように取材を受け、テレビ出演や出版のオファーが舞い込む。

引退していなければ、特定球団、選手のことを話すこと自体が許されないが、このタイミングだからこそ取材を引き受けることができる。

そういう意味でも最後のシーズンで最大のハイライトがやってきたことは、何かの因縁としか思えない。

「橘高淳」の野球人生、さらに38年の審判人生が、20歳・佐々木朗希の最年少完全試合によりスポットを照らされた。

プロ野球ここだけの話
橘高淳が出演「完全試合」ここだけの話
フジテレビCS ONE
1月31日(火)よる7時30分から放送