キャンプブームとともに、焚き火にはまる人が増えてきている。キャンプやサバイバルの知識を伝える週末冒険会を主催する伊澤直人さんによると、自然のなかにある木を燃やして心と体を癒す焚き火は、人間が原始から親しんできた「生きるための基本スキル」なのだという。
なぜ今、その焚き火にはまる人たちが出ているのか。その魅力と焚き火の楽しみ方を、焚き火の“すべて”を解説した『焚き火の教科書』(扶桑社)の著者・伊澤さんに教えてもらった。
エリートがはまる、生きることの根本に通じる焚き火の魅力
不便が多い自然の中での命をつなぐスキルとして、焚き火に興味を持つ人が年々増えており、伊澤さんの教室はすぐに予約で埋まってしまうという。
この記事の画像(19枚)「参加者は多様ですが、40~50代の方が中心で半分は女性です。驚くのは、医師や弁護士、官僚、パイロット、いわゆる一流企業に勤めている方もいることです」と伊澤さん。
彼らに共通しているのが、“自分で生きる強さ”のようなものを求めていることだと伊澤さんは感じている。森の中で燃料となる薪(まき)を調達し、それを燃やして食事をつくり、野宿することで“生きる強さ”を体感できるのだろう。
伊澤さんは「焚き火をするのに理屈はいりません。ボーイスカウトに夢中だった少年時代は、単純に火をおこせるだけで楽しかったし、強くなれた気がしました」と振り返る。
そして、大人になって野外で過ごす時間が多くなってからは、「焚き火があれば暗闇の恐怖や寒さの不安から逃れられる安心感が得られることに気付かされました」と語る。
「焚き火やアウトドアでの生活術といった基本的な考え方を話すと、参加者の方から『ビジネス書に書いていることと同じだ』といわれることがあります。“生きる”ことと焚き火は、根底でなにか相通じるものがあるかもしれません」と伊澤さんは話した。
焚き火の楽しみを深める“生活のための焚き火”
アウトドアショップやホームセンターには“焚き火コーナー”ができ、焚き火台をはじめとするさまざまなアイテムがところ狭しと並んでいる。
ただ、昨今の焚き火ブームが「ただ燃やして楽しむ」という方向に偏りすぎていることに、伊澤さんはもったいなさを感じている。
せっかく森の恵みである木を燃やしているのだから、その熱や光を有効活用したい。“生活のための焚き火“とは、暖を取り、調理の熱源や夜を過ごす光源して焚き火を活用するという考え方だ。
「ランタンがあり、ガスコンロがあり、暖房器具を持ってキャンプをする方が多いかもしれませんが、これを焚き火で代替することで、装備を軽くし、より自然に近づくことができます」
こう語る伊澤さんはキャンプブームが続く中で、焚き火を調理などに利用する中・上級者が増えてきているとも感じているそうだ。
「限られた量の薪で煮炊きをして暖をとらなければならないとき、当然、薪をどう配分して燃やすペースをどうするのかを考えます。それでも足りそうもなければ、少しでも効率のいい燃やし方を工夫します。
その結果、燃やす薪の量が必要最小限で済むし、時間も労力も地球環境への負荷も大きく低減します。これが、エコな焚き火の姿です」
熱源、光源としての多機能で効率のよい焚き火を追求すると、直火になるということだが、現在、直火ができるキャンプ場は多くない。その原因はマナーだ。
「焚き火は許可を取って行い、焚き火の跡は残さずきれいに片付けることをみんなが実践すれば、直火での焚き火がもっと楽しめる環境になると思います」と伊澤さんは訴える。
では、実際に“生活のための焚き火”のテクニックを紹介していこう。
薪代わりの枯れ木や枝を現地調達する
薪はすべてキャンプ場などで買うのが当たり前と思っている人は少なくない。
それが許されるキャンプ場であれば、薪代わりの枝を現地調達することで、出費だけでなく運搬や使い勝手の面でもメリットは大きい。
森の中から薪代わりになる枝を拾い集めるとき、ポイントになるのは「乾燥しているもの」を選ぶということだ。中がスカスカのものは薪としてはあまり好ましくない。
注目したいのが、“立ち枯れ”している木。地中の水分を吸い上げないため内部は乾燥している。立ち枯れの木には生きている葉っぱが付いていないので、見分けがつくはずだ。
購入する薪は、斧やナイフによるバトニングで割って、3種類の太さに割っておくと、細い薪から太い薪へと燃焼を拡大していくことができる。自分で調達する薪の場合も同様だ。拾った木の枝を3種類の太さで分別しておき、着火していく。
枝を拾い集めるとき、焚き火をする場所のすぐ近くから集めてくる人も多いが、明るい時間の薪集めはなるべく焚き火から遠く離れた場所で行いたい。
夜間に薪が足りなくなって追加の薪集めをしなければならなくなったときに、近場に薪になる枝が残っていれば安心できるからだ。
焚き付けには樹皮が使える
焚き火に着火するには、まずは焚き付けに着火し、細い薪や代わりの枝に火をまわしていく。
この焚き付けには樹皮やスギなどの針葉樹、枯れ葉、松ぼっくりなどが代用できる。
もし、メタルマッチで火を起こす場合は、メタルマッチから出た火花でも着火しやすい火口(ほくち)が必要になる。
火口は麻ひもをほぐしたものを使うのが一般的だが、スギの樹皮を手でもみほぐすことで代用できる。
太い薪をしっかり燃焼させるのが焚き火を安定させる第一歩
なんとか太い薪にも火がつき、ようやくひと安心ということでほかの作業をやっていたら、いつの間にか火が消えていたという経験をした人は多いだろう。
太い薪へ火が移ったように見えても、実は燃えているのは表面の樹皮部分だけということもある。
燃焼温度が十分に上がり火力が安定するまでは、想像以上に時間がかかるのだ。
では、燃焼が安定するまで火力を上げるにはどうすればいいのか。それは、燃えている部分に大量の空気(酸素)を送り込んでやること。そこで火吹き棒の出番になる。
ゆっくり長いロングブレスで狙った場所に連続的に空気を吹き込むことで、火力が復活する。
かまどや薪の組み方の工夫で燃焼をより長く保つ
焚き火を長く保つには、火持ちのいい広葉樹の薪を使うのがおすすめだ。
炭の材料としても使われるクヌギやカシはとくに火持ちがいいので、寝る前に太い薪を数本くべておけば、ゆっくりと熾き(おき)になって長い時間燃え続ける。
「熾き」は「熾き火」ともいうが、木の芯の部分が静かに赤く燃えている状態のことを指す。
炎や煙は上がらないが、中心部では高い温度が維持されているので簡単に消えることもない。
焚き火を長持ちさせるには、熱を内側に集中させることも重要で、焚き火を囲むように石を組んだかまどをつくるといい。
朝まで熾きを維持したいときは、寝る前にかまどの石を寄せてコンパクトに組み直すと、熱の集中も高くなって火の持続力が上がる。
薪の組み方で、熱や光の出方が変わるのも焚き火の面白いところだが、燃焼時間も大きく変わる。伊澤さんが野営でよく使うのが、猟に出かけたハンターが野宿するときに使う、ハンター型だ。
2本の太い丸太を平行に並べてあいだを空気の通り道にして、そこで火をおこすのだが、丸太自体もゆっくり燃えるので薪の補給なしでも長時間燃え続ける。
「2本の丸太を離すと火力が弱まり、近づけると熱が集中して火力が強まります。一方を閉じてV字形にすれば、熱が一点に集中して、丸太が五徳代わりにもなるので、そこにクッカーやポットを載せれば、お湯を沸かしたり、簡単な調理もできる用途の広い薪組みです」と伊澤さんは教えてくれた。
焚き火の魅力を改めて伊澤さんに問うた。
「キャンプなどでは、まだ燃やすだけの焚き火が多いですが、せっかく自然が与えてくれた木という恵みを燃やすのですから、暖を取ったり調理をしたりと、より有効に利用すれば焚き火はもっと楽しくなります。そんな成功体験が、セルフリライアンス(自己承認)につながり、多くの人を惹きつけているような気もします」
伊澤直人(いさわ・なおと)
幼少よりボーイスカウト活動に参加、18歳でスカウト活動における最高賞、「ボーイスカウト日本連盟 富士スカウト章」を受勲し、皇太子殿下(当時)に拝謁する。その後、米国式のアウトドア・サバイバルスクールでトレーニングを積み、卒業後は運営側として個人と法人向けの研修を担当。同時期にラフティングガイドとしても活動していた。現在は、長野県八ヶ岳および首都圏を中心に全国各地の海山川で、おもに社会人を対象として年間60泊以上のキャンプツアーを開催。初心者向けキャンプスクールやソロ野営、防災サバイバルスクールも開講している。併せて法人・団体向けにアウトドアイベント、ツアーのコンサルティングやセミナー、コーディネートなども実施中
<写真/山田耕司(扶桑社)、山川修一(扶桑社) イラスト/山田将志 取材・文/後藤聡(エディターズ・キャンプ)>