まもなく新たな年を迎える。最初に見る夢が良ければ、より充実した一年になりそうだ。そんな吉兆の“初夢”といえば、「一富士二鷹三茄子(いちふじ・にたか・さんなすび)」ということわざを思い出す人もいることだろう。

良い初夢を見て、縁起の良いスタートを切りたい (イメージ)
良い初夢を見て、縁起の良いスタートを切りたい (イメージ)
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日本一高い山の富士山と、鳥の鷹、そして野菜のナスという3つが並ぶのだが、「縁起が良い」と言われても首をかしげてしまう組み合わせではないだろうか。どのような理由から選ばれたのだろう。

そして良いスタートを切るためには、まずは新年最初に“縁起の良い夢”を見たいところだ。そんなことができる方法はあるのだろうか? “夢”について2人の専門家に話を聞いた。

徳川家康に関係している!?

まずは郷土史研究家の渡辺康弘さんに、「一富士二鷹三茄子」について教えてもらった。


ーーそもそも“初夢”とはいつ見た夢のことをいうの?

新年の始まりは12月31日の日が落ちた頃だと、江戸時代の各地に残っている伝承や記述にあります。つまり、初夢”とは「12月31日の大晦日~1月1日の元日」に寝た際に見た夢と考えられます。


ーーいつ頃から「一富士二鷹三茄子」は言われ始めたの?

これから先の成行きが自分にとってより好ましくあるように、予め縁起を担いでから物事に取り掛かることがありますが、初夢の縁起物の代表格である「一富士、二鷹、三茄子」や宝船の刷り物を枕の下に敷いてから、入眠する風習が江戸庶民の間に広まっていました

19世紀前半に肥前国平戸藩主の松浦清(号静山)が書いた大著の『甲子夜話』(かっしやわ)には、「巻之五-五 奥津鯛、一富士二たか三茄子の事」の項目が立てられており、徳川家康の好物が列挙されるなかにこの言葉が見えています。つまり、「一富士二鷹三茄子」は最初から初夢の縁起物として登場しているのではなく、家康の好きなものとして登場しており、その夢を見ることで、庶民が有名人家康の力にあやかろうとした結果であるようです。


ーーなぜこの3つなの?由来を教えて。

「一富士二鷹三茄子」は最初に登場したとされる『甲子夜話』の中で、「まづ一に高きは富士の山なり。その次は足高山なり。其次は初茄子なり」と表記され、これは「高いものづくし」で列挙していると思われます。

この最初の「一富士」は富士山で、申すまでもなく日本一高い山で、江戸からも遠望できました。

次の「二鷹」ですが、『甲子夜話』では鷹は足高山(愛鷹山)であるとしています。愛鷹山は江戸からは見えず、これが鳥の鷹に変化したであろうことも頷けるところです。特に駿河の東部では、富士山の南にそびえる愛鷹山が富士山の山容を被い隠し、富士山はその山頂をわずかに覗かしているに過ぎず、愛鷹山こそが二番目に高い山なのだと思われていました。

「一富士」は富士山、「二鷹」は鳥ではなかった(イメージ)
「一富士」は富士山、「二鷹」は鳥ではなかった(イメージ)

そして「三茄子」の茄子は、ブランド嗜好の家康が好んだもので、静岡市の三保で栽培されていた初ものの茄子は、家康や徳川将軍家に献上されていました。

栽培されていた場所の三保は、静岡市にある富士山に向かうように突き出した小さな半島です。慶長12(1607)年に初めて日本を訪れた朝鮮国の使節団が、三保松原の風景をまるで“理想郷”のようだと感動し、漢詩に詠い残しました。雪舟筆の「富士三保清見寺図」をはじめとする富士山を描いた多くの作品においても、富士山と三保松原は一体であると考えられ、神聖な場所であるとされていました。三保産の茄子にはこうした付加価値がありました。

また江戸時代には、茄子は暑い時期に収穫され、冬に口にすることはできませんでした。ですが、三保は温暖な気候から促成栽培が盛んで、通常よりも約1カ月早く出荷できたと云われています。従って、江戸市中に出回り始めた初ものの茄子は、市場価値がとても高く、庶民には高嶺の花でありました。それ故、神聖な場所で栽培され、市場価値が高い、家康の好物であった茄子に対する憧れが、初夢の題材になったのでありましょう。

市場価値が“高い”なす(イメージ)
市場価値が“高い”なす(イメージ)

ーー「一富士二鷹三茄子」または良い夢を見るための方法は何か伝えられている?

「よい夢を見たとは公言してはならない、悪い夢はどんどん話せ」という話は各地に伝わっています。また、南天の枝葉を枕・布団の下に置いておくと、よい夢を見ることができると聞いたことがあります。南天は「難を転ずる」意味に解され、たとえよい夢をみることができなくても、入眠の前に予め心の準備をしておいたので、安心して眠りに就くことができたのです。

他にも、寝る前に題目や念仏をとなえるとよい夢を見ることができるともいわれますが、そうした自己暗示とでもいえる入眠前の準備をすることは、良い夢を見るための方法のひとつでありましょう。

南天(イメージ)
南天(イメージ)

「一富士二鷹三茄子」は、“徳川家康の好んだもの”で、かつ”高いもの”の例えとして挙げられたものだそう。初夢で見ると縁起が良いとなった理由も、家康の力にあやかろうという庶民の考えが江戸時代に広がったものであると考えられるとのことだ。

見たい夢を見る方法はある?

では、縁起が良いという「一富士二鷹三茄子」を是非とも初夢で見てみたいと思ったとして、願った内容の夢を実際に見ることは可能なのだろうか? 東邦大学・渡辺恒夫名誉教授に話を聞いてみた。


ーー狙った夢を見る方法はある?

最も確率の高い方法は、起床時間の30分前頃に時刻をセットして、狙った夢に関係のある音楽や朗読が耳に入るようにすることです。

夢はレム睡眠の時に見ることが最も多いです。レム睡眠期は入眠後1時間~1時間半、2時間半~3時間、4時間~4時間半、5時間半~6時間、7時間~7時間半というように、1時間半周期の最後の3分の1で起こり、明け方になればなるほど持続時間が長くなります。

ですので、7時間半の睡眠習慣の人なら、7時間のところで音楽か朗読が始まるようオーディオをセットしておけば、夢にその内容が取り込まれる可能性があります。

私は大学院生だった頃、目覚まし時計代わりにラジオの朝の朗読の時間をセットしておいたのですが、朗読される小説の中に入り込み、主人公を演じた夢を何度も見たものです。

確実ではないが狙った夢を見ることはできるそう(イメージ)
確実ではないが狙った夢を見ることはできるそう(イメージ)

ーー「枕や布団の下に願いを込めた物を入れる」「寝る前に自己暗示をかける」といった入眠方法もあるようだが、実際に効果はあるの?

夢の内容は前日の出来事がきっかけになっていることが多いので、入眠前の自己暗示が夢に影響するという事例は確かにあります。ただし、科学的に証明するためには大規模な実験や調査が必要となりますが、そんな研究に予算を出してくれるところもないし、人間相手の実験や調査には大学や研究所の研究倫理委員会に研究計画を提出しなければならないので、科学者は誰もやりたがらないでしょう。

悪い夢を見ないために夢を食らう獏の絵や文字を枕の下に敷いて寝るという習俗は、江戸時代のころから一般化したそうです。南天の枝葉もそういう習俗の一つと思いますが、面白いのは、「南天」→「難を転じる」といったダジャレめいた語呂合わせは、フロイトの言う「夢言語」の特徴でもあることです。

夢の中では「難を転じる」といった抽象的な思考を言葉にすることは困難で、その代わり絵文字や語呂合わせのような表現法が用いられるのです。夢に南天の枝葉が出てきたらそれは、「難を転じよ」という夢言語によるメッセージなのかもしれません。


ーー「一富士二鷹三茄子」を見ると良いと言われるが、そもそも夢に良い・悪いはあるの?

富士山の夢をみて壮快な気分で目覚めた方が、親しい人が死ぬ夢を見て泣いて目覚めるよりも、快適で前向きな気分で一日を過ごせて、物事もうまく運ぶでしょう。現実生活にポジティブな気分的影響を与えるのが良い夢で、逆が悪い夢といえます。

吉兆の夢とは、そういう夢を見て良いことがあるだろうと思って勇気づけられ、前向きに生きることで、結果として良い結果が生まれ、あとから振り返って「アレは吉兆の夢だった」と解釈する、ということなのです。

良い夢かどうかは、起きてからの受け取り方次第(イメージ)
良い夢かどうかは、起きてからの受け取り方次第(イメージ)

渡辺名誉教授いわく、夢の内容ではなく“どのような気分で目覚めたか”あるいは“夢全体を思い返してどんな印象を受けるか”で、夢の善し悪しは決まると考えられるという。夢の中のヒントを現実に生かせれば良い夢になるとのことだ。

ただ「診断夢」というのがあるので要注意とも話している。スイスの精神分析医・ユングの患者に、舌ガンになった夢を何度も見てガン恐怖症になった人がいた。その人は1年後実際にに舌ガンになって亡くなったという。これは意識できない身体の微細な違和感を無意識がキャッチして夢として表現したと考えられるとのことだ。

(イメージ)
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「一富士二鷹三茄子」が吉兆の夢と言われるのは、多くの人がこれを見ると良いことが起こるという強い認識・受け取り方によるもののようだ。つまり、ポジティブに受け止めれば、すべての夢が吉兆と言えるのではないだろうか。

どんな初夢を見ても、前向きに受け止めて縁起の良いスタートを切ってほしい。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。