CIA元分析官が語る金委員長の「重篤説」騒動から学ぶこと

北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長が公に活動する様子を北朝鮮メディアが5月2日に報じるまで金委員長の「死亡説」など数々の憶測が飛び交った。北朝鮮で最も重要な行事の一つとされる祖父・金日成主席の生誕記念イベントを欠席し、20日間姿をくらました間に何があったのか。心臓の手術が失敗し、「危険な状態」に陥っていたという説、新型コロナウイルスから逃れる為、元山で自主隔離をしていたという説、真相は依然「謎」のままだ。

健在ぶりをアピールした竣工式でのテープカット
健在ぶりをアピールした竣工式でのテープカット
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5月2日に朝鮮中央テレビで金委員長が地方視察する姿が放送され、健在ぶりをアピールした後は「死亡説」こそ消えたが、「ポスト正恩」への関心は高い。

CIA元分析官のジュン・パク氏にワシントンで話を聞いた。

北朝鮮内部の異変を感知るすべは少ない、大事なのは備えること

ーー今回の金委員長の動静を巡る騒動から何を学ぶべきか。

パク氏:
金委員長の不在は多くの憶測を呼びました。そして、それらは金委員長が公の場に現れたことですべて消えたわけではありません。今回、様々な憶測が飛び交ったことは、我々が北朝鮮の中で何が起きているのか、また指導部が何を考えているのか窺い知るすべが非常に限られていることを浮き彫りにしました。重要なのは、北朝鮮が化学兵器や生物兵器を持ち、さらに核を保有しミサイル開発を進めている事実と、内部を窺うことがこれほど難しいという事実をありのまま認識し、金正恩体制の次のステップは何なのか、後継者候補はいるのかなどを分析し、事前に対処できるよう準備をすることだと思います。

後継者候補リストのトップにくるのは・・・

ーー「ポスト正恩体制」について

パク氏:
 集団的指導体制であるのか、それとも一人が継承し従来の「独裁体制」が続くのか、どのような形であったとしても金委員長の妹である金与正氏を抜きには考えられません。私は与正氏が後継者候補リストのトップに来ると考えます。与正氏は金委員長が北朝鮮の指導者の地位を継承して以来、常にそばに寄り添い、指導部に自らの確固たる地位を築いてきました。

重要行事の際、金委員長の側で補佐する姿が度々捉えられる金与正氏
重要行事の際、金委員長の側で補佐する姿が度々捉えられる金与正氏

また、北朝鮮がこれまでも「白頭山の神聖なる血をひく者」として血縁関係を重要視しています。父親にあたる金正日総書記は、2001年に平壌に駐在するロシア大使にこう自慢したと聞いています。「自分の子供の中で与正が最も頭が良い」と。彼女にスポットライトを当てて注目すべきだと私は考えます。

情報分析能力低下への懸念

パク氏は金委員長が健在で、北朝鮮が比較的に安定しているうちにあらゆる不測の事態を分析することの重要性を強調する。しかし、アメリカ国内では国家の情報分析能力の低下を心配する声もあがっている。

アメリカ情報機関のトップである国家情報長官のポストは、コーツ氏が2019年8月に辞任して以降、代行が務め、現在も長官が不在だ。そのポストにいま、トランプ大統領と関係の近いテキサス州選出のラトクリフ下院議員が就任する方向で連邦議会の手続きに入っているが、5月5日に行われた公聴会では、野党・民主党の議員から厳しい指摘が飛んだ。

「大統領は事実と忠実な分析に耳を傾けず、コーツ国家情報長官を辞任に追い込んだ。代わりにやってきたのは知性も経験もない、大統領への忠誠が厚いだけの長官代行だった。私はあなたもまた、そうではないのか疑いを拭えずにいる」

北朝鮮を巡っては衛星写真やヒューミント(人的情報)など断片的な情報をもとに深い分析力が求められるが、ラトクリフ氏にその資質があるのか問われている。

金委員長が公の場に姿を現さなかった20日間に世界で飛び交った情報の確度の低さは、不測の事態を見据えた「ポスト金正恩」に向けて、情報収集面での課題を浮き彫りにさせた。

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【執筆:FNNワシントン支局 ダッチャー・藤田水美】

ダッチャー・藤田水美
ダッチャー・藤田水美

フジテレビ報道局。現在、ジョンズ・ホプキンズ大学大学院(SAIS)で客員研究員として、外交・安全保障、台湾危機などについて研究中。FNNワシントン支局前支局長。