金正恩氏に同行、与正氏の地位向上際立つ

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が20日ぶりに公の場に姿を現した。金委員長は5月1日、平安南道の順川リン肥料工場の竣工式に出席し、テープカットに臨んだ。北朝鮮の労働新聞はこの模様を21枚の写真と共に大々的に報じた。

竣工式でテープカットに臨んだ金正恩委員長

竣工式には妹の金与正・党第1副部長も出席。テープカットの際は、金委員長にハサミを渡すなどいつものように甲斐甲斐しく補佐を務めた。驚いたのは竣工式の会場に用意された主席壇(ひな壇)で与正氏が金委員長のすぐ右隣に座ったことだ。

金委員長のすぐ右隣に与正氏が着席

この日の行事には、朴奉珠(パク・ポンジュ)党副委員長のほか、金在竜(キム・ジェリョン)首相、金徳訓(キム・ドクフン)、朴泰成(パク・テソン)の両党副委員長らが同行しており、いずれも与正氏より公式序列が上の幹部ばかりだ。

自らの健在ぶりを誇示するのにこの場所を選んだことからもわかるように、この工場の建設は金委員長にとって重要な意味を持つ。経済制裁を自力で克服する「正面突破戦」の大きな成果として、内外にアピールするためだ。

それだけ重要な行事で、本来なら党ナンバー2の崔竜海(チェ・リョンヘ)国務委員会第1副委員長兼最高人民会議常任委員長が座るべきポジションに、与正氏が当たり前のように着席していた。

主席壇が作られる重要行事で金委員長の隣に与正氏が座ったことは過去にない。文字通り、与正氏が序列を超えた“高貴な”存在であり、金委員長に次ぐ権力を保持していることを印象づけた形だ。

「言うべきことは言う」北の“王女”……金与正氏の素顔は?

存在感を強める与正氏だが、実際はどんな人物なのだろうか。

強権をふるう金委員長とは対照的に、与正氏は笑顔を絶やさず、北朝鮮の対外的なイメージを柔らかなものにしてきた。北朝鮮内部では「兄妹」という関係は公式には報じられていないが、現地指導や重要行事に同行し、親密に補佐する姿がしばしば目撃されるようになり、おのずと「ファミリーの一員」と認識されるようになっている。

当初、職位がはっきりしなかった与正氏だが、2014年ごろから党宣伝扇動部や書記室で幹部を務めているという情報が漏れてきた。

その後、2016年5月の党大会で中央委員に選任され、17年10月の党中央委総会で政治局員候補となった。2018年の平昌五輪では金委員長の名代としてソウルを訪問し、その後の南北首脳会談や、2度の米朝首脳会談にも同行した。

2018年2月12日韓国訪問団を慰労した金正恩氏

平昌五輪当時、与正氏と接した韓国政府の高官らはその印象をこう語る。
「口数は多くないが言うべきことをはっきり言う」
「重要な任務を帯びて(韓国に)来て苦労したはずだが、そんなそぶりを見せず、終始笑顔だった」

韓国から戻った与正氏、お腹がふっくらしているように見える

韓国と北朝鮮は北緯38度線により分断され、今も休戦状態にある。

与正氏は金委員長から、言わば“敵地”に乗り込み“敵”を懐柔する役割を与えられたに等しい。それだけ金委員長の信頼が厚く、重要任務を「任せられる」存在だと言える。

重圧の中でも、与正氏は堂々とした立ち居振る舞いで周囲を圧倒し、“王女”の風格を示した。無口ではあるが笑顔を絶やさず、場の雰囲気を和ませ、好感を持って受け止められた。一方、同行していた長老の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長(当時)が、遙かに年下の与正氏に席を譲るなど、ロイヤルファミリーの威光を強烈に印象づける場面もあった。

韓国政府の関係者によれば、与正氏は当時、「二人目の子供を妊娠している」と話したとされる。食事の際も身体を気遣い、食べ物を選り分けていたという。映像にも腹部がふっくらしている様子が捉えられていた。18年4月の南北首脳会談の際は、元の姿に戻っており、この間に出産したと見られている。

2015年3月第一子妊娠が取り沙汰された

エリート校・金日成総合大学に“王女様クラス”

金与正氏は幼い時に兄とスイス・ベルンに留学し、公立の小学校で学んだ。その後、北朝鮮に戻り、2007年頃に金日成総合大学に入学したとみられている。専攻は物理学と言われる。

北朝鮮の高位幹部だった脱北者は2012年当時、組織指導部の幹部から大学時代の与正氏についてこんな話を聞いたと明かす。組織指導部は「党の中の党」と言われ、党幹部の人事や検閲など絶大な権力を持つ。その中でもロイヤルファミリーの内情を把握しているのは、ごく少数の幹部に限られる。

「金正日総書記(与正氏の父)の指示で金日成総合大学に通うことになり、彼女のために大学に『王女様クラス』が作られた。王女様のクラスメートにふさわしい学生、5~6人の女性を含む15人ほどが選ばれ、一緒のクラスで勉強した」

ここでいう「王女様」が与正氏を指す。

彼女はベールに閉ざされた特別な環境で育てられ、北朝鮮での一般教育は受けていない。王宮で暮らしてきたので、住民と接触したこともない。だから、大学も完全に特別扱いで、教授がわざわざ自宅に出向き出張授業をしたこともあったとされる。

この脱北者によれば、その頃、大学に通う傍ら、与正氏の結婚相手探しが進められていた。「金与正の結婚相手を探せ」という金総書記の命を受け、組織指導部で夫となり得る人物がリストアップされ、家庭の土台、学歴、身体条件など全てが洗い出される。

花婿候補には3人の男性が選ばれたという。

①金日成政治総合大学卒の人民武力省総政治局職員
②金策工業総合大学電子工学部卒業の大学教授
③金日成総合大学物理学部の先輩で党組織指導部職員

与正氏の結婚相手探しはもちろん極秘だ。3人のうち③の男性が最適とみなされ、与正氏と結婚する可能性が高いと言われていた。
結局、与正氏と結婚したのはだれか……。

夫は誰?……大学同期と恋愛結婚か

2015年1月になって、与正氏の薬指に指輪をしている様子が捉えられ、結婚説が浮上した。同年3月の視察では、大きくなったお腹を隠すような服装で現れ、第1子を妊娠したとの見方が出ていた。

2015年1月2日 与正氏が指輪をしている姿が捉えられた

当時、韓国の情報機関・国家情報院は「相手は大学の同期生と推測される」と国会で報告した。だが氏名については「はっきりしない」とした。

その後、諸説が飛び交うなか、北朝鮮戦略情報サービスセンターのイ・ユンゴル代表が「結婚相手はウ・インハク」と打ち上げた。「1986年、地方の党下級官吏の家に生まれた。中学卒業時に党組織に入った秀才。総合大に通っていた時に金与正氏と知りあった」。ウ氏に恋した与正氏が自ら求愛し、ゴールインしたという「恋愛結婚」説を主張する。

ただ、北朝鮮は徹底した階級社会であり、「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」などの出身成分に分類され、住む場所や職業なども制限される。常識では、ロイヤルファミリーと一般家庭の人間が婚姻することは考えにくい。

健在ぶりを誇示した金委員長だが、その体型から健康状態への不安は消えない。こうした中、「ポスト金正恩」の筆頭に挙げられるようになった金与正氏。だが、その人物像は依然多くのなぞに包まれている。

【執筆:フジテレビ 国際取材部長兼解説委員 鴨下ひろみ】