一生のうち、日本人の2人に1人は「がん」になると言われている。そこで悩ましいことの一つが、がんと診断された人の「仕事」をどう考えるか。大きい病気なだけに、周囲は「仕事のことは忘れて安静にしてほしい」と思うかもしれない。

ただそうした配慮が、がんになった人を傷つけるかもしれないことがわかった。

調査結果を公表したのは、人々の「アンコンシャスバイアス」(無意識の思い込み)の啓発活動を行っている、一般社団法人「アンコンシャスバイアス研究所」と、法政大学の松浦民恵教授。2022年1月20日~2月19日、がんと仕事の意識について、3166人(がん経験者:1055人、がん経験者以外:2111人)にアンケートを行った。
※がん経験者は2020年以前にがんと診断され、かつ診断時に働いていた人と定義

がん経験者と周囲で意識にすれ違い

調査でまず分かったのは、がんになっても働く人が多かったこと。
がん経験者に(1)がんと診断されて最初にイメージした働き方、(2)希望した働き方、(3)実現した働き方を聞いたところ、(1)の時点では「これまで通り働く」ことを選んだのは約3割にとどまり、退職を想定する人も一定数みられた。

ただ、(2)や(3)になると「これまで通り働く」は約6割に増え、仕事上の役割や責任、勤務時間や場所を変えて働く人もみられた。最終的には、8割以上が何らかの形で働いていた

(提供:アンコンシャスバイアス研究所)
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別の質問では、がんの治療と仕事について、がん経験者と周囲の人間、それぞれの考え方も調べている。
具体的にはA(治療に専念した方が良い)、B(治療と仕事を両立した方が良い)の考え方を用意し、5段階の選択肢(Aに近い、どちらかというとA、どちらでもない、どちらかというとB、Bに近い)から、近い意見を選んでもらった。

(提供:アンコンシャスバイアス研究所)
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そうしたところ、がん経験者は「どちらかというとB」と「Bに近い」の合計で、全体の約6割にのぼるなど仕事との両立を重視する傾向にあった。一方で周囲は「どちらでもない」が最も多く、中立的な傾向にあった。がん経験者と周囲とで意識にずれがあるようだ。

「同情されること」に懸念や不安も

それでは、本人はどんな気持ちなのか。がん経験者にがんと診断された時、それを報告することでの懸念や不安を複数回答で聞くと、「かわいそう、気の毒だと同情される」(50.2%)、「自分ががんだという噂が広がる」(39%)、「過度な配慮や特別扱いをされる」(38.4%)といった悩みが上位に。周囲からすれば気遣いや配慮にあたることも、本人は苦しく感じることがあるようだ。

(提供:アンコンシャスバイアス研究所)
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別の質問では、初めてがんと診断された時の不安、その後も軽減しなかった不安を複数回答で聞いていて、初めて診断されたときは「あと何年も生きられないかもしれない」(68%)「罹患前のような生活に戻れなくなるかもしれない」(61%)といった、数多くの不安を感じていた。

そうした不安の多くは、時間の経過でいくぶんかは軽減されていたが、一方で「再発・転移がこわい、大変そう」「もう一生治らないかもしれない」といった不安は、あまり軽減されていなかった。

退職の原因にも…周囲はどう向き合えばいい?

調査ではこのほか、がんを上司が理解・支援してくれたかどうかも聞いていて、上司が理解・支援してくれた場合には約6割が「これまでどおり働いた」、してくれなかった場合には約3割が「働くことをやめた」ことも報告された。

がん経験者と周囲に意識のずれが起きるのはなぜか。上司や周囲はどう向き合えばいいのか。アンコンシャスバイアス研究所の代表理事・守屋智敬さんに聞いた。
 

――今回の意識調査を行った、目的や狙いは?

がん経験者と周囲の人の意識や行動、がんになっても働き続ける上での課題や示唆を明らかにすることで“がんと共に働く”を応援できればとの思いから実施しました。
 

――調査では、がん経験者が想定した働き方と、希望・実現した働き方が違う。これはなぜ?

回答結果では、最初にイメージした働き方と希望した働き方を比較すると「これまでどおり働く」が大きく増加していました。この理由として考えられることは、初めてがんと診断をうけた直後は、過去の経験やこれまでに見聞きしてきたことから、がんになったら「これまで通りに働くことはできない」「仕事を続けるのは無理だ」と咄嗟に思うことがあったのかもしれません。

ただ、がんについての情報を調べたり、働き方を検討する中で、最初にイメージした働き方に対するアンコンシャスバイアスが上書きされ、回答結果のような変化に繋がったと推測されます。

がんの情報を得る中で本人の認識は変わる(画像はイメージ)
がんの情報を得る中で本人の認識は変わる(画像はイメージ)

――調査では、がん経験者には軽減する不安とされない不安があった。これはどうして?

回答結果をみると、減少幅の差はありますが時間経過により全ての項目で不安は減少しています。初めてがんと診断されたときは「あと何年も生きられないかもしれない」「罹患前のような生活に戻れなくなるかもしれない」といった不安が上位でした。こうした不安はこれまでに見聞きしたことで培われた、アンコンシャスバイアスが影響しているものと思われます。
そのため、その後の出来事(がんについて調べたり、主治医の話を聞いたり、新たな知見を得たり、治療を受けるなどの経験)で上書きされたことで、不安が減少したと考えられます。

(提供:アンコンシャスバイアス研究所)
(提供:アンコンシャスバイアス研究所)

今回の調査では、がんを不安に思った理由も聞いていて、「がんに関するテレビや新聞・雑誌」「ニュースや発信」「映画・ドラマ・ドキュメンタリー」などが上位でした。こうした一方で「再発・転移がこわい、大変そう」という不安は、残り続けることも分かりました。こちらは「先のまだ見えない未来のこと」につき、こわいまま、不安が残り続けていると思われます。

周囲の固定観念が本人との気持ちのずれに

――がん経験者は仕事をしたくても、周囲はより慎重な傾向にある。この乖離はなぜ起きる?

今回の調査では、がん経験者以外に「がんについて報告や相談を受けた当時に思ったこと」「現在報告や相談を受けた場合に思い浮かべること」も聞いています。ここの結果をみると、当時と現在でがんに対する不安に大きな変化は見られず、継続していました。
がん経験者自身は、がんについて調べたり治療をする中で、アンコンシャスバイアスが上書きされる。一方で、がん経験者以外は固定観念がそのまま残っている。ここが乖離に繋がっている可能性が考えられます。
 

――周囲の配慮ががん経験者にとって、マイナスに働くことも考えられる?上司はどう考えるべき?

配慮が本人にとってプラスに働くか、マイナスに働くかは一人ひとり、それぞれだと思います。マイナスに働くこともあることを踏まえ、配慮にひそむアンコンシャスバイアスにも注意をいただくとよいかと思います。がん治療の状況などによっても、配慮が必要なのか、必要ないのかなどの内容もかわる可能性があるため、「定期的な本人意向の確認」をしていただければと思います。当事者不在での意思決定をせず、本人の意向を周りが確認することを大切にしていただきたいと思います。

本人の意思を確認することが大切。ただし同意が大前提となる(画像はイメージ)
本人の意思を確認することが大切。ただし同意が大前提となる(画像はイメージ)

――逆に自分ががんと診断された場合、上司や周囲への接し方のポイントは?

上司や周囲(家族など)が「配慮のつもりでとる行動」が、そうではないといったギャップもうまれているように思います。アンコンシャスバイアスは誰にでもあるため、自分は「これは配慮ではない!この配慮は不要だ」と感じることがあっても、配慮への感謝を伝えたうえで「自分自身の思いや意向を率直に伝える」ことや「その配慮は私には不要であることを伝える」「誤解がある点は訂正を試みる」といったことも、がん治療と仕事の両立では大切かもしれません。

ただし、大前提として、がんと診断を受けたことを誰にどこまで伝えるかは、本人が決めることだと思います。治療中であることを報告するには、多くの懸念点(噂、詮索、誤った情報の広がりなど)があり安心してカミングアウトできない職場もあるかもしれません。周りにどこまで伝えるかは、慎重に検討したうえで、最後は本人が決めることと思います。

働くことがいいことではない。ただ、選択肢があると不安の軽減につながる

――働ける選択肢があることで、がん経験者本人や周囲にはどんな影響があると思う?

一人ひとり、異なると思います。ただ、少なくともがんと診断をうけた方のなかで「働きたい」と思う人には、働く選択肢があることは、働きがい、生きがい、やりがい、経済的な不安からの解放など、様々な点においてよき影響があると思います。
今回の調査では、がん経験者からの報告や相談が、周囲の人の「がんの治療と仕事の両立」に対するイメージをポジティブに変化させる可能性があることも分かりました。このことから推測するに働ける選択肢があることは、働く全ての人にとって、将来に対する「治療と仕事の両立」への不安を軽減するというよき影響があると思います。
 

――がんになった後の働き方として、心がけてほしいことは?

国立がん研究センターによると、がんと診断を受けて退職・廃業した人は就労者の19.8%で、そのうち診断確定前に退職・廃業した人は6.2%、初回治療までに退職・廃業した人は56.8%にのぼります。治療による影響がまだ何もわかっていないうちに、仕事を諦めてしまう人がいるということです。いわゆる「びっくり離職」です。これを回避するためにも、仕事に関する意思決定までに、自分自身のアンコンシャスバイアスに気付き、「上書き」する期間をとっていただきたいと思います。

(提供:アンコンシャスバイアス研究所)
(提供:アンコンシャスバイアス研究所)

――がんと仕事の意識について、伝えたいことがあれば聞かせて。

今回の調査では「がんになっても治療しながら働き続けることが、何よりも良いことなのだ」と主張したいわけではありません。働き続けるかどうか、どのように働くかに正解などあるわけはなく、それぞれの人がそれぞれの状況に応じて納得のいく決断をし、実現できることが望ましいと考えています。
がん罹患者の3人に1人は、働く世代(15~64歳)といわれています。調査結果が「がんと診断をうけた人」と「その周囲(経営層、管理職、職場メンバー、家族、医療従事者など)の人」のがんに対するアンコンシャスバイアスに気づくきっかけと“がんと共に働く”を応援する社会に一歩でも、二歩でもつながるきっかけとなることを心より願います。

 

がんは身近な人にも、あなた自身にも訪れる可能性がある。医療の進歩もあり、治療と仕事の両立が選択肢としてある中、すれ違いが起きないよう、無意識な思い込みをしていないか、考えてみてもいいだろう。