緊急事態宣言が全国に拡大されて2週間超。社会的距離を取り濃厚接触を避けるため、私たちの日常生活は大きく様変わりした。こうした経験によって私たちの価値観や社会はどんな影響を受け、どう変わっていくのか。今回の放送では医療・政治・経済といった観点ではなく、哲学と思想史の観点からアプローチする。現在そして「アフター・コロナ」を見据え、倫理学・哲学の専門家を迎えて議論を深めた。

国から究極の自助努力を渡らされた

この記事の画像(8枚)

反町理キャスター:
中国のような強権的な政治手法への評価はこれから出てくるのでしょうか?

先崎彰容 日本大学危機管理学部 教授:
モイセス・ナイムの『権力の終焉』で指摘されるような無秩序の状態になりすぎると、反動で強力な権力者が出てくるかも。そのブレがまずい。日本はある意味中国と逆で、緊急事態宣言は出したが、実際は「お願い」。安倍政権が長期ゆえに独裁と呼ぶ人もいるが、安倍さん自身はおそらく、思っているよりも自分には権限がないと考えているのでは

日本においては、権威・権力に対し善良な市民がいて批判し反対すること、反権力的であることが民主主義だと考えられ続けてきた。しかし健全な批判精神はよいが、それを金科玉条としているとイデオロギーとなり、硬直化して柔軟に社会を見る目を失う。新型コロナウイルスに対する政府対応について「緊急事態宣言が遅い」と批判した人が同じ口で「私たちの自由が脅かされないように注意しなければならない」と言うようなことが起こる。

つまり、僕らは今までの民主主義ではとらえられない民主主義をやらされている。安倍政権は我々に民主主義のカギを渡し「あなた方一人ひとりがちゃんとやってくれないとこの国は壊れますよ」と言っている。究極の自助努力を国から渡された。「お金のことは国がやるが、この国がもつかどうかはあなた方次第だ」と。新しい民主主義の時代、今までの戦後日本と全く違う局面になっている。

反町理キャスター:
そう考えると、与野党の論争を見ると笑っちゃうでしょう。

先崎彰容 日本大学危機管理学部 教授:
自民党一強といわれているが、もし権力が分散して引きずりおろされ別の勢力が権力の座についたら、最終的に束ねて責任を持つ人が不在ですよね。

「自粛警察」は恥ずべき状況

反町理キャスター:
強権を持たない権力者がリーダーとなる国の宿命なのか。政治から試されるのではなく、我々が強い権力者・リーダーシップを求めるということはないのでしょうか?

先崎彰容 日本大学危機管理学部 教授:
極端に振れるのがよくない。日本で今のように柔らかに権力が広がっているときに出てくるのは、僕はポピュリストだと思う。実際の権力の怖さ・使い方をわかっていないミニカリスマのような人が、人を引き付ける話術などを悪用して出てくるかもしれない。

先崎彰容 日本大学危機管理学部 教授
先崎彰容 日本大学危機管理学部 教授

反町理キャスター:
日本人の政治感覚が、ちょうどいいところで止める力を持っていない?

先崎彰容 日本大学危機管理学部 教授:
世界全体の趨勢がある。ひとつは、これだけ簡単に情報にアクセスできる時代なのに、人は不安に駆られるとチェーンメールで嘘の情報をどんどん流す。もうひとつはSNSの危険。Twitterなどで自分に賛同してくれる人が10万人、20万人いれば多く感じるが、実際は「島宇宙」の中でわかりあった者同士だけで話しているだけ。多様な情報に出会っているように見えて、自分の知りたい情報しか知ろうとしない閉鎖的な状況。そうした世界的趨勢の中での日本のポピュリズムについて考えなければならない。

反町理キャスター:
見えているようで見えていない、自分たちで認識しなければならない、と。

古田徹也 東京大学大学院 准教授:
主権を市民自体が脅かす状況がある。いま「自粛警察」という言い方がされているが、休業していない店に対するいやがらせとか、感染者の家への投石などがある。そもそも感染者は制裁の対象ではない。こうした私的な制裁は、主権自体を自ら壊していく。強い言葉を使うと、これは恥ずべき状況。国家として情けない状況でしょう。今までは有事に主権をどうするかという議論を避けてきた。しかし個々の良心に訴えて私権制限・行動制限をすることは本来避けなければならない。

古田徹也 東京大学大学院人文社会系研究科 准教授
古田徹也 東京大学大学院人文社会系研究科 准教授

先崎彰容 日本大学危機管理学部 教授:
国家権力を強くしたほうがいいというのではない。だが、法的ルールに則らず、一人一人が警察官になり「自粛警察」のような形でバラバラに判断し制裁を加えることはよほど怖い。例えば、国家間の戦争ならばまだしも、誰しもが暴力を手軽に取り込みテロリスト・海賊・民兵になれば統制できなくなりより怖い、というのと同じこと。僕たちは一人ひとりが「ミニ権力者」になっている。この「ミニ」というところが危険。

「コロナ後」にむけて私たちが意識すべき考え方、価値観とは

長野美郷キャスター:
お話にあったような社会にならないために、私たちが心がけるべきことは何でしょう?

先崎彰容 日本大学危機管理学部 教授:
気の利いたことは言えないが……トランプ米大統領が「ポスト・トゥルース」(ポスト真実)という言葉を使った。「これが真実だ」と言っても、人間の感情にスイッチが入ってしまうと、聞こうとしない人たちには届かない。極東アジアの歴史問題にもある。人間におけるかなり根源的な問題。

古田徹也 東京大学大学院 准教授:
大事なものが奪われたとき、人間はその原因を探り求めていくという心理を持ってしまうという知見は社会心理学に多くある。そこで感染者非難がどれだけ問題かということを、しっかり何度も繰り返し言うべき。

しかし人間は、どうしてもそのような心理的傾向を持っている。これを踏まえ、私的制裁が横行しないように制度を設計し、繰り返し啓蒙もしていく。政府は議論を避けず、有事のときにどう私権を制限すべきかを考えなければ

反町理キャスター:
先崎さんから、我々日本人は判断基準がないから世界観を語る人間が出てくることが危険、との発言があった。もう少し噛み砕くと?

先崎彰容 日本大学危機管理学部 教授:
かつて西郷隆盛が「日本はこれから西洋化しなければならない。しかしどの順番でどれが必要なのか基準を持って判断しなければ、この国は一代でつぶれる」と言っている。何かの価値基準を持ち線引きをしなければいけない。現在これだけのことが起きれば総理にもおびただしい数の陳情があるはずだが、優先順位をつけることが政治の役割。

そこで、マスクが小さいといった批判ばかりする前に考えなければならないことがある。10万円の給付についていうと、マイナンバー制度が16%しか普及していなかった。国家が情報を統制することになると我々も軽視してきたが、なぜドイツでスムーズにお金が配られたのかといえば、国民すべてに番号が振られていたから。これが全て正しいとは言わないが、我々はもっとフレキシブルに考えなければ。

先崎彰容 日本大学危機管理学部 教授:
僕たちの価値観においていま大事なことは、死生観。これだけ少子高齢化が進んでいるのだから、これからも死者は増えていく。そこで死者をどう弔うか、数少ない子供達をどう育むかという死生観が大事になってくる。一見抽象的なことがこれから大事になってくる。

(BSフジLIVE「プライムニュース」4月30日放送)