「大統領化」する日本の首相

2020年は日本にとってはオリンピックイヤーだ。世界各国から観光客が押し寄せ、国際的な体験をする人も増えるだろう。祝祭感の溢れる夏を過ごしたあとに直面するであろう内外の情勢を展望したい。

安倍政権は憲政史上最長の政権となった。夏が終われば、そろそろ終わりを見据えて総裁選と選挙の日程が取りざたされることになるだろう。第二次以降の安倍政権下では、6回にわたる国政選挙で安定的に勝利を重ねてきた。当選回数4回以下の衆議院議員は、自民党に逆風が吹く厳しい選挙を知らない。次なる総裁のもとで、同じような安定的な戦いができるかどうかは未知数だ。

次第に「大統領化」しつつある日本の首相

日本の首相が次第に「大統領化」しつつあるという指摘はこれまでにもあった。今後、ますますその機運が高まるのではないか。なぜなら、日本および新総理が直面する国際環境は、派閥政治の安定の上にさらに総理の強力なリーダーシップがなければ持たないような試練を孕んでいるからだ。振り返れば、自民党が危機に直面したのはいずれも改革保守勢力(既得権打破を標榜するが安全保障リアリストであり経済成長重視の勢力)と対峙した時であった。2017年衆院選では準備のできていなかった希望の党が惨敗したが、世論調査上自民党が大きく減らすのではないかと考えられた数日間もあった。自民党は長期安定政権においてすら、敵失によって利益を得てきた部分がある。2019年の各党の参院の選挙戦が象徴するように、日本においても徐々に経済的・社会的な分断が意識されるようになってきている。将来、トランプ型、サンダース型の左右両極のポピュリズムが到来しないとも限らない。

強すぎる総理の存在ゆえに目立たない日本の保守政治の脆弱性が、次の総理総裁のもとで一気に噴き出る可能性はある。日本にとって、2020年は自民党総裁候補を吟味する重要な年となるだろう。

東アジアの安全保障環境が悪化し日韓関係が冷え込む中で、日本では今後も安保現実路線の民意が確実に多数を占めるであろうことが見込まれるが、実務的な検討が十分に行われているとはいいがたい。憲法改正と日米安保強化という象徴的なお題以外の実務的な変革は通りやすくなっている一方で、不確実性を前にどういったリスク回避・分散行動をとるべきかは国民的議論になっていないからだ。

そこで、以下では日本が2020年に直面する国際環境を考えておくことにしたい。

2020年は「待ち」の時代

2020年は米大統領選の年であり、接戦が予想されるなかで米国の内政だけでなく外交も停滞することが予測される。世界中が固唾をのんで、左右両極どちらが勝つのかを見極めるため「待ち」の姿勢に入るということだ。その一方で、米国では選挙目当ての短期的な利益を目指す動きは活発化するので、引き続き同盟国に対する負担増要求も激しく展開されることが予想できる。その風圧に耐えながら、各国はリスク回避と関係の多角化を目指すことになるだろう。

米国依存からの脱却を目指す動きが活発に

「待ち」の時代というのは、米国が絡む国際的な合意や交渉が停滞しがちな時代ということであって、各国が生存のための自助努力を怠るという意味ではない。2019年を振り返っても、さまざまな動きが各国に生じていた。米・イランの対立が激化するなかで、イランは国力を削がれつつも、直接の責任を問われにくいグレーゾーンの軍事攻撃を多数行っていると見られる。米国が中東における全体的なプレゼンスを減らしたことで存在感を増しているトルコは、シリア国境を超えて独自の軍事作戦を展開した。国境線沿いのクルド人軍事組織を掃討しつつ、360万人にまで達したトルコ国内のシリア難民の一部帰還を目指そうとする動きだ。

米国との同盟関係が多国間同盟であるNATOに支えられているという安心感もあるのだろうが、米国に依存しきった日本とは異なり、中東の盟主としての存在感を引き受け、米国の引いた穴を埋めることに関して、彼らにためらいはない。ネタニヤフ首相がトランプ大統領との蜜月を享受してきたイスラエルでも、米国にはしごを外される懸念がしばらく前から盛んに議論されている。

欧州は、先般の英国総選挙の結果を受けて、存在感の維持を図るための安全保障・経済上の努力に拍車をかけている。マクロン仏大統領が防衛努力の向上にたびたび言及するのも、米国による圧力に加えて、欧州の発言力を維持するための方策としての色彩が濃い。一方で、欧州は中国との関係強化にも積極的だ。米中貿易が停滞する一方で、中国と欧州主要国の貿易は順調に増加している。

自らの影響下にある経済圏の拡大を図る中国の習近平国家主席

中国は、米中貿易戦争が休戦モードの膠着状態のなかで粛々と米国依存脱却戦略を進めている。中国経済は2019年も6%成長を維持しており、米中貿易戦争の目的が中国経済を減速させることにあったのだとしたら、その目的は完全には達することができていない。むしろ、米国の圧力に危機意識を強めた中国は、自らの影響下にある経済圏の拡大をはかり、力を入れている。

軍事的には、南シナ海は係争国であるベトナムとフィリピン自身が態度を変えており、もはや中国優位に決着がついたと言っても良い状況だ。中国はパキスタンを取り込んでおり、海路への出口を確保している。日本がインド太平洋戦略で重視してきたインドも、中国による影響力拡大に神経をとがらせているが、だからといって米国に頼ったり西側陣営の傘下に入るようなメンタリティを持つ国ではない。東南アジア諸国は、マレーシアの超高齢の指導者マハティール首相を除いて、目の前の実利重視だ。日本が中国を念頭に関係強化を目指す国は、豪州を除いていずれも一筋縄ではいかない独自路線と実利主義を追求しているのだ。

米国の政治外交が停滞している間に、同盟国も敵対国も含めて、米国依存からの脱却を目指す動きが活発になっている。

北東アジアの時代錯誤

そうしたなかで、北東アジアの情勢はその他の地域情勢と交差しない独自性を醸し出している。一言で言えば、米国の同盟国である日韓両国が時代錯誤的な認識に終始しているからである。

現在、北朝鮮危機は収束しないままに放置されている。北朝鮮との交渉は膠着状態にあり、米国はいつものパターンで交渉が座礁するとかえって関心を低下させる負のスパイラルに入っている。トランプ大統領は短期的な視野でのグランド・バーゲンを好む傾向にあるが、北朝鮮に核を放棄させるというのは歴史上とても可能とは思われない難事であり、解決が近いとも思えない。韓国は2019年にはGSOMIA破棄をめぐって日米と激しく応酬したが、交渉の過程では在韓米軍駐留経費5倍増の要求や、在韓米軍4000人撤収の脅しを突きつけられた。北朝鮮に接近し、西側陣営としての大局観を見誤っている韓国に対し、米国はいら立ちを隠さないが、トランプ政権の場合、在韓米軍撤収やコミットメントの低下を費用負担の交渉材料として使う傾向がある。在韓米軍撤収があまりに安易に交渉カードとして用いられることによって、同盟そのものが傷つけられる効果も無視できない。

北朝鮮危機は放置されたままに

2020年のひとつの大きなリスクとして考えられるのは、在韓米軍の一部撤収が脅しではなく、韓国への懲罰的行為と北朝鮮との妥協の二つの目的を絡めて、既成事実化されてしまうことだ。在韓米軍がすべて撤収するとは思われない。米国の議会はそれを阻む法案を通しているし、トランプ大統領にとって在韓米軍撤退カードは常に持っておきたいほどの威力の強いカードだからだ。しかし、問題は言っているうちに既成事実化されるトレンドや情勢認識の方である。もはや米国による抑止に信用が置かれなくなったときに、韓国は脆弱になり、中国の磁場に引き付けられざるを得ないからだ。

アイデンティティー政治にはまっている韓国

それもこれも、各国が国内政治に囚われて大局観を見失いがちだからだ。韓国は典型的なアイデンティティ政治にはまっている。アイデンティティ政治とは、人びとの経済的利害が絡む構造改革ではなくて、アイデンティティを刺激することで支持を調達するやり方だ。トランプ大統領の「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン」はその典型例だし、安倍総理がかつて掲げた「戦後レジームからの脱却」や象徴的な憲法改正を目指すやり方もその一環だろう。2020年に日韓関係が劇的に改善するとも思われない。歴史問題での対立は、本来安全保障や経済とは切り離して考えるべきだが、日韓は主君の寵愛を競って国を亡ぼす重臣のような行動に出ていると言わざるを得ない。

中国が幅を利かせる未来とは

中国の磁場が働くとどうなるのか。実は、この変化は大方が思うほどに分かりやすい形では起きない。中国は、明確な戦略観よりも先にひたすら膨張していく傾向がある。それは半ば利益団体化した人民解放軍についても言えることであるし、地方政府などをはじめ、猫も杓子も投資し続けた重厚長大型産業で生産しすぎた結果として、各地で供給過剰のダンピングが起きているのもそうであるし、政府がかりの金融で資本を注入し続けられている国有企業が東南アジアはじめ各地に進出していく過程についても言えることだ。

問題は、中国が供給過剰になり、販路を猛スピードで開拓していくなかで、中国式のビジネス慣行が市場を席巻してしまうことだ。しかし、投資に飢えている国からすれば、中国の進出を拒む理由はない。中国型ビジネスに席巻された後でその弊害に気付くことになるだろうが。

しかも、実際にわれわれの経済生活にとって中国は欠くべからざる存在となっている。大規模デモと警官隊が衝突し続けて問題となっている香港にしても、香港経済自身を、大陸マネーが支えているのが現状だ。2020年も、デモと警官隊の衝突は終わらないだろう。天安門事件のような大規模な悲劇が起こるとか、何かのきっかけで混乱が収束するとか、改革が全面的に通る、と言った分かりやすい終わり方をしないのが、21世紀的な状況だ。

 

米国は中国に圧力をかける意味合いも込めてデモ隊を支援する香港人権法案を通したが、観光に関連するサービス業は軒並み前年割れの状況でも金融、貿易の方はそれほど影響が出ていないのが興味深い。ハンセンインデックスは年初の水準を上回っており、東京市場よりもパフォーマンスは良い状態だ。昨年はアリババが香港市場に上場し、1.2兆円近くを調達したことが象徴的だった。アリババは、2014年にNY市場に上場しており、いわゆる重複上場となる。いわずもがな、アリババは中国を代表するハイテク銘柄であり、香港市場への上場が意識されていた。ところが、ハイテク業界特有の創業幹部の影響力が強い種類株の存在を嫌気した香港市場を避けて、NY市場を選択したという経緯があった。今回のアリババ上場をめぐっては、アリババの「里帰り」であるとか、愛国的な文脈の中で語られることが多くなっている。

良きにつけ悪しきにつけ、米中対立が21世紀の世界秩序の方向性に影響を与えている中、トランプ大統領は中国企業の米国市場からの追放を示唆する発言を行っている。ところが、現状のNY市場においては、中国工商銀行(ICBC)をはじめとする国有銀行、化学、通信など、中国の国有企業が時価総額の上位に並んでいる。米中の摩擦の激化は、中国企業にとっても、米国市場にとってもリスクとなっている。当然、リスク分散の観点から香港への重複上場や、香港での株式の売り出し増という現象が増えていくはずだ。

これまでの世界史の常識では、自由と民主の観点から懸念があり、デモが継続するような状況があると、その国や都市の未来は暗いと解釈されてきたが、中国が対応する21世紀においては、国家資本主義を背景とした別の力学が働くようになっているのだ。香港の非民主的な状況を嫌気する投資家もいるだろうが、その影響を上回る規模とスピードで「中国のお財布」としての香港の存在感は増していくだろう。金融センターは、その後背地に存在する経済の規模や勢いとつながっている。香港の、政治的には暗いが経済的には明るい展望は、金の力と人の力によって各国の行動を変えていくであろう中国主導の秩序の未来図を示している。

米大統領選の展望

4年に一回、大規模な政権交代の可能性をめぐって国中の政治勢力が長期戦を展開する米国は、やはりダイナミックな存在だ。良くも悪くもリーダー次第で戦略が変わりうる可能性を秘めているといえる。アイオワとニューハンプシャーでは、現在ブーティジェッジ氏とサンダース氏が優勢である。3月にはスーパー・チューズデーが控えているが、民主党の予備選の特徴もあり、各有力候補が取り分ける結果になるだろう。

ピート・ブーティジェッジ氏(左)とバーニー・サンダース氏(左)

選挙戦のもっとも注目すべき展開は、バイデン候補がどのように崩れるかにかかっている。ボロボロになりながら、民主党全体を道連れに党の指名を獲得するのか。他の候補への支持を表明して影響力温存を狙うのか。バイデン氏は候補として散々に批判を浴びながらも、人気が総崩れしないのが特徴的だ。

それはほかに強い候補がいないからでもあろうし、黒人の組織票と労働者の組織票を取れる候補がほかに見当たらないからだ。穏健派が期待を託せる候補がひとりに絞られれば、サンダース氏やウォーレン氏に勝つこともできるだろうが、いまのところ、かつてオバマ氏やビル・クリントン氏が彗星のように浮上した時のような強い候補はいない。

昨年下院で弾劾決議が可決されたが、選挙戦と同時並行で大統領の弾劾手続きを進めることは、政治的に民主党に有利に働くかどうかはっきりしない。おそらく、クリントン政権に対する弾劾手続きを参考にすると、むしろ不利となる可能性が高い。

これほどにまでスキャンダルにまみれているトランプ大統領だが、現時点では2020年大統領選で勝利する可能性が高い。仮に急進派のサンダース氏やウォーレン氏が大統領になったとしても、トランプ政権の4年間と同じ混乱と内向き志向の外交政策が今度は左側から試みられるだけだろう。いずれにしても、「待ち」の時代にやるべきことをやっておく、そのことが一番重要だ。

【執筆:国際政治学者 三浦瑠麗】

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