「大疫」が王朝滅亡に繋がった歴史

新型コロナウイルスの拡大を阻止できないと、中国の習近平体制を危うくすることになるかもしれない。

感染症対策で手腕が試される中国の習近平国家主席

中国ではその歴史上何回も大規模な疫病の流行に見舞われており、それを「大疫」と呼んでいる。
古くは周王朝(紀元前1046年~紀元前256年)から「大疫」が起こったという記録があり、それが王朝の滅亡につながったと考えられている。

また、14世紀にモンゴル民族が元に代わって建国した明王朝も、その末期にペストや天然痘が大流行して1000万人の死者を出し、各地で反乱が起きた。その混乱に乗じて満洲民族の清が侵入して征服したことはよく知られる。

さらに、その新王朝も19世期末に雲南省からペストが世界的に流行し、ペスト対策を口実に各国の介入を招き結果的に日清戦争の敗北を招いて王朝が崩壊した。

毛沢東が力を注いだ「四害駆除運動」

共産党革命後も、中国では様々な感染症が流行し、1950年代には日本住血吸虫症の患者が3200万人にのぼったと推定され、毛沢東首席が対策に力を入れたとされる。

「四害駆除運動」政策の失敗で影響力に陰りが見えたといわれる毛沢東主席

その毛沢東主席の感染症対策の一つに、1958年からはじめた「四害駆除運動」がある。伝染病を媒介するハエ、カ、ネズミと農作物を食い荒らすスズメの大量駆除が行われた。ところがハイやカ、ネズミはともかく何億羽ものスズメが殺されると天敵のいなくなったためにイナゴやウンカが大発生して穀物を食い荒らし、飢餓を招いて千万人単位の死者を出したとも言われる。

この四害駆除政策の失敗で毛沢東は党内での影響力が陰ったとされ、中国の疫病の流行が支配者の地位を危うくするという宿命は今も変わらないようだ。

「大疫」で意識喪失、王朝崩壊のきっかけへ

武漢の病院で感染者の治療にあたる医療従事者

それらに共通するのが中国独特の支配構造だろう。王朝にせよ一党独裁制にせよ、広大な国土と多様な民族を支配するには強大な権力のトップ・ダウンによる行政の仕組が必要なのかもしれないが、それは民衆に王朝を支える意識があってはじめて成立するものだ。「大疫」はその民衆の意識を喪失させ、王制崩壊のきっかけになることを歴史は証明している。

現在の習近平政権もそのことは重々承知のようで、今回の新型コロナウイルスの流行には団体海外旅行の禁止など果断な措置をとっているようだが、ウイルスの方も一筋縄では退治できないように見える。

新型コロナウィルス

このままウイルスが世界に拡散し世界的な感染(パンデミック)のようなことになると、中国の国際的な信用が失墜するだけでなく国内的にも習近平体制の弱体化が始まるきっかけになるかもしれない。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

「木村太郎のNonFakeNews」すべての記事を読む