「ウィスキーは我々の“血液”」 美しき聖地アイラ島へ
この記事の画像(9枚)イギリス北部・スコットランド。
イングランド、ウェールズ、北アイルランドと共に「イギリス=連合王国」を構成する4つの地域の一つだ。そして「スコッチ・ウイスキー」の故郷であり、ニッカウヰスキーの創業者「まっさん」こと竹鶴政孝氏もこの地でウイスキー作りを学んだ。
その西端に位置するアイラ島を訪れた。
グラスゴーから早朝プロペラ機で30分。島に到着すると荒々しい潮風が吹き付けてきた。海岸では海鳥の鳴き声と波の音しか聞こえない。険しく、そして美しい自然の景観に思わず息をのむ。
人口わずか3000人あまり。その小さな島に「ラフロイグ」「ボウモア」といった世界に名立たるウイスキーの蒸留所が8つも集まる。
潮の香りがしみ込んだ泥炭(ピート)で大麦を乾燥させるため、個性ある独特の香り漂うウイスキーが仕上がる。ここはファン垂涎の「ウイスキーの聖地」だ。
その一つ「ブルイックラディ」蒸留所を訪れた。創業は1881年。ステンレス製ではなく巨大な木桶で発酵させるなど伝統的な製法を守り、味わい深くバラエティー豊かなウイスキーを作り出す。
「日本の若者が何か月も泊まり込んで、ウイスキーの作り方を学んでいったこともあるんだよ」
取材班を出迎えてくれた蒸留責任者のアラン・ローガン氏は、「ウイスキーはアイラ島の血液だ」と話す。「この島で最大の雇用を創出し、観光など他の産業にも大きく関連している。島の人間は皆ウイスキーを誇りに思っている」。
「最大の輸出品」ウィスキー EU離脱への懸念
ウイスキーはスコットランドの飲食品輸出の70%、イギリス全体でも21%を占める重要な輸出産業だ。最大の輸出先はやはりEUで、2018年の対EU輸出額は14億ポンド=2100億円相当。
1月31日に迫ったイギリスのEU離脱については、業界からは懸念の声があがる。離脱後のEUとの貿易協定がどうなるか依然として不透明なためだ。
イギリス政府とEUは、離脱後も2020年末まで「移行期間」を設け、貿易ルールなどを協議する。もし交渉が不調に終われば、イギリスからの輸出品に関税が課され、貿易にダメージが及ぶリスクがある。
スコットランド自治政府のアイバン・マッキー投資開発担当相は「EU離脱はスコットランドの全ての貿易にダメージを与えるだろう。ウイスキーも例外ではない。ウイスキー産業は歴史もあり、安定した業界だが、様々な問題に直面する可能性がある」と危機感を露わにする。
一方、業界団体「スコッチ・ウイスキー協会」は、EU離脱法案が成立し、両政府が具体的な貿易交渉に入ることは歓迎する意向だ。
しかし、戦略担当部長のグレアム・リトルジョン氏は、「この3年間、EU離脱に振り回されてきた。今はとにかく安定が必要だ。離脱後も今までと全く同じようにEUと貿易が行えるよう政府に求める」と話す。
EUとの自由貿易協定を今年末までに成立させ、モノの自由な移動と輸出入の関税がかからないようイギリス政府に要請していく考えだ。
EU離脱にNO! 独立求める「民族党」が大躍進
EU離脱に揺れるスコットランド。実は圧倒的なEU支持派の地盤だ。
2016年の国民投票では62%がEU残留を支持。離脱に投票した人は38%にとどまった。イギリスを構成する4つの地域では最も残留派の市民が多い。
2019年12月のイギリス総選挙では離脱派筆頭のジョンソン首相率いる保守党が勝利し、過半数を獲得した。
しかしスコットランドに限れば「EU残留」そして「スコットランド独立」を公約に掲げる「スコットランド民族党(以下、民族党)」が大躍進、スコットランド内の全59議席のうち48議席を占め圧勝した。
スコットランドでは2014年に独立を問う住民投票が行われ、その際は独立が否決された。しかし、その後に起きたEU離脱をめぐる混乱をきっかけに、再び住民投票を求める声が高まりつつある。
「スコットランドはイギリスの小さな一部にすぎないとして、私たちの望みは常に無視されてきた。私たちの60%がEU残留を望んでいる。スコットランド人はヨーロッパ人なのだ」
民族党のアン・マクローリン議員はこう断言する。そして「前回の投票では独立に反対した人も、イギリスがEUから離脱すれば独立賛成に回る。次の住民投票では独立派が勝利する」と確信する。
スコットランド独立の住民投票の実施にはイギリス政府の許可が必要だが、1月、ジョンソン首相はこれを受け入れない考えを明らかにしている。
また経済的観点から「独立はあり得ない」という市民も多い。
しかし、民族党のスタージョン党首は法廷で住民投票の是非を問う考えも捨てていないとみられ、あらゆる機会を見つけ、ジョンソン首相に揺さぶりをかけるだろう。
収まらない”地方の反乱″ 「連合王国」 の将来は..
そして法的拘束力はないものの、スコットランドのみならずウェールズ、北アイルランドの地方議会が、1月21日までに一斉にEU離脱法案に反対する決議を行うなど、この期に及んでも「地方の反乱」は収まっていない。
この1月末、いよいよイギリスはEUを離脱する。しかし、3年を超える離脱をめぐる混乱は「連合王国」を構成する4つの地域の温度差を鮮明にした。
「ポストEU時代」のイギリスの全体像は依然、見えてこない。