日本とアメリカ、オーストラリア、インド4カ国の「Quad(クアッド)」首脳による初の対面での会談が9月下旬にワシントンで開催される見通しだ。日本からは退任間際の菅首相が参加する。9・11テロから20年のタイミングで開催される今回の会談は、インド太平洋地域の今後を左右する重要な意味を持つ。

中でもアフガニスタン情勢激変後の国際秩序の維持をめぐって、クアッドが強い結束と存在感を示せるかがポイントになるという。クアッドの存在意義が問われる今回の会議、その焦点について、国際政治学が専門の東京外国語大学 篠田英朗教授に聞いた。

2021年9月11日 初の印豪2プラス2 中国念頭に安全保障面の連携強化で一致した インド・ニューデリーにて
2021年9月11日 初の印豪2プラス2 中国念頭に安全保障面の連携強化で一致した インド・ニューデリーにて
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「自由で開かれたインド太平洋」の試金石

――アフガン政変後初めてのクアッドについて

篠田教授:
日・米・豪・印の「クアッド」会議が、初の対面の形で9月下旬に行われる。アフガニスタン情勢の激変後、初のクアッド会議だ。9・11テロ事件から20年をへた国際環境の中でクアッドを中心とする「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」のイニシアチブが存在意義を見出せるかどうかが試される。

クアッドは非NATOのインド太平洋のアメリカの同盟国である日本とオーストラリアに、未来の超大国と言えるインドを結びつけた枠組みだ。集団的な安全保障機構がなく、アメリカが各国と個別の安全保障条約を結んでいるだけなのがアジア太平洋地域である。クアッドはその冷戦時代の状況を改善し、さらにはインドを海洋国家連合の側に引き込む意図を持つものとして注目された。

イギリスやフランスなどまで「インド太平洋」の枠組みへの関心を表明するようになったのは、そのクアッドの求心力の賜物であった。もしクアッドと欧州諸国が中心となったNATOが結合すればユーラシア大陸を取り囲む壮大なネットワークが形成される。

2021年8月30日 アフガニスタンから退避する米軍兵士 米軍機内にて
2021年8月30日 アフガニスタンから退避する米軍兵士 米軍機内にて

――NATOの現状についてどうみるか

篠田教授:
NATOは今、アフガニスタン情勢で動揺している。アメリカのアフガニスタン撤退が同盟国に不評だからだ。NATO加盟諸国はアフガニスタンに大規模な介入を行い約1000名の戦死者を出した。タリバン政権の復活に大きな衝撃を受けている。

もしクアッドが強力な結束を示すことができれば、G7なども通じてNATOにも好影響を与えるだろう。しかし逆にもしクアッドもまた停滞を見せるようなことがあれば、「自由で開かれたインド太平洋」の求心力も萎えていきかねない。

2021年9月11日 追悼式典
2021年9月11日 追悼式典
2021年9月11日 追悼式典
2021年9月11日 追悼式典

NATO“最初にして最大の”挫折

――アフガン侵攻当時のNATOについて

篠田教授:
9・11テロ事件の後に起こったアメリカのアフガニスタン侵攻に伴う同盟諸国のアフガニスタンへの展開は、NATOが史上初めて北大西洋条約第5条の集団防衛を発動した事例であった。「一又は二以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす」規定は、国連憲章第51条の集団的自衛権の規定に基づく条項だ。

9・11テロ事件の後、欧州諸国は「われわれはアメリカ人である」との同朋意識で、アメリカと共にアフガニスタンに向かった。タリバン政権崩壊後に、国連安全保障理事会決議をへて、国連憲章第7章の強制措置の権限を付与されて治安維持活動にあたったのは主にNATO構成諸国からなるISAF(国際治安支援部隊)であった。

NATOは「人類史上最も成功した軍事同盟」などと言われることもある、加盟国30カ国を誇る巨大軍事機構である。アメリカとカナダと西ヨーロッパ諸国が設立したNATOは、冷戦時代はソ連を中心とする東欧諸国からなるワルシャワ条約機構と対峙し、第三次世界大戦を防ぐ抑止機能を発揮し続けた。

1949年の設立時から今日に至るまで、NATO構成諸国に対する軍事攻撃は(9・11のようなテロ事件を除いて)発生しておらず、加盟国同士の武力紛争も起こっていない。この実績があり、旧ワルシャワ条約機構を構成していた東欧諸国は全てNATOが吸収してしまっている。

旧ワルシャワ条約機構に加盟していた地域で現在NATOに加盟していないのは、旧ソ連邦崩壊時にソ連邦内共和国から独立国になったロシアなどだけである。2001年の段階ですでにチェコ,ハンガリー,ポーランドはNATOに加入していた。その他の旧ワルシャワ条約機構構成国とバルト三国は2004年にNATOに加入した。安全保障の傘の空白を恐れる東欧諸国側の強い希望があればこそであった。NATOはそれくらいに強い求心力を持つ同盟機構であった。

すでに1990年代にバルカン半島での紛争をめぐって軍事展開を始めていたNATOは21世紀になって拡大を果たした後、アフガニスタン以外の中東やアフリカの地域でも活発に展開するようになった。

アフガスタンにて
アフガスタンにて

その栄光のNATOの歴史に、最初にして最大の挫折の記録を残すことになったのがアフガニスタンである。なおアフガニスタンでの軍事活動には、オーストラリア、ニュージーランド、韓国なども参加していたので、アメリカの同盟国でアフガニスタンに展開しなかったのは日本くらいだったと言える。

つまりアフガニスタンは、アメリカというよりもアメリカとNATO構成諸国を中心とする同盟諸国が威信を賭けて活動した場所であった。そのため同盟諸国がまとめてアフガニスタンで「敗北」を味わった。

――NATO諸国の抱える感情面、とりわけ不満についてはどうか

篠田教授:
NATO構成諸国が不満を感じているのは、端的に言えばアメリカのバイデン大統領が日頃は「多国間主義の復活」を謳いながら、実際のアフガニスタンからの撤退などにあたっては同盟諸国にあまり配慮をしていないように見えたためだと言える。

アフガニスタンからの撤退を敢行したバイデン大統領
アフガニスタンからの撤退を敢行したバイデン大統領

クアッドはどうか。インドを含めて4カ国の全てが、過去20年間にわたりアフガニスタンに大々的な支援の関与を行ってきた。ただしオーストラリアは、アフガニスタンへの関与を重視していなかったのでアメリカの撤退を冷静に受け止めているようだ。日本国内でも、アメリカの東アジア重視につながるのであればむしろ歓迎だという見方すらあるように思われる。

だが異なる立場にあるのがインドだ。

インドが注視する“パキスタンの傀儡”

タリバン政権はパキスタンの傀儡と呼ばれることもあるくらいにパキスタンと強い結びつきを持つ。9月7日にタリバンの新政権の閣僚が発表される直前の9月4日に、パキスタンの諜報治安組織であるISI(Inter-Services Intelligence)のハミード長官がカブールを訪問した。組閣前に派閥抗争をしていたタリバン内の諸勢力の政治調整を支援するためだったと考えられている。

加えて翌日には、パンジシール渓谷で反タリバン抵抗運動をしている勢力に対して、パキスタンISIが支援する形でドローンによる爆撃が行われたと指摘されている。なおこれを受けて6日頃から、反パキスタン・反タリバンの抗議デモがアフガニスタン各地で発生するようになった。

劇的に示されているパキスタンのタリバン政権に対する強い影響力に対して、インドは警戒心を持っている。

9月16・17日、上海協力機構の首脳会議が開催される予定だ。インドとパキスタンがともに加盟する、中国が事実上の盟主である世界最大の地域機構だ。そこでアフガニスタン問題が話し合われるだろう。

これに先立って9月8日にはアフガニスタンと国境を接する6カ国の外相会議が開催された。これにはインドは参加できなかった。6カ国外相共同声明では、アル・カイダ、イスラム国に加えて、トルクメニスタン、パキスタン、イラン領内に潜伏するETIM、TTP、BLA、Jondollahなどのテロ組織がアフガニスタンで活動を広げる可能性への警戒が表明された。しかし、カシミール分離独立を目指すイスラム過激派組織の動きなどに対するインドの懸念は明文化されなかった。

これらの諸国とインドが共通理解を持つために重要なプラットフォームとなるのが上海協力機構だ。どのような進展を見せるかはわからないが、インド、中国、パキスタン、ロシア、中央アジア4カ国から構成され、さらにはアフガニスタンとイランがオブザーバー参加資格を持つ上海協力機構が、非常に重要な政策協議の枠組みになってきてくることは間違いない。

国連安全保障理事会でもアフガニスタンにおける議論を主導しているインドは、9月10日開催されたBRICS会合でアフガニスタンをめぐる議論を主導したと報じられている。そのインドにロシアが急速に接近している。

タリバン政権がウズベク人やタジク人を排除し、従来のパシュトゥン人で独占された政権を樹立したのを見て、ロシアは中央アジア諸国からテロリスト勢力が浸透してくるのを防ぐ必要性を感じているのだろう。

同様にシーア派のハザラ人がタリバン政権から排除されているのを、イランは不愉快に思っているようだ。これらの要素が全て反映されてくる協議の場が上海協力機構だ。

――自由主義陣営はインドの懸念に対処できるのか

篠田教授:
クアッドを中心とする「自由で開かれたインド太平洋」の陣営は、アフガニスタン問題の処理という点では今や完全に見劣りする。FOIPはインドの懸念に対応する南アジア情勢への対応能力を持っていない。

だがだからといって、もし「アフガニスタンのことはもう忘れて、中国に対抗する手段を話し合おう」などといった態度をクアッドに参加する他の国々が見せようものなら、インドの関心は大きく上海協力機構の側に流れていくだろう。FOIPの側からアフガニスタン後の国際秩序の維持にどのような貢献ができるのか、最大限に真剣に話し合う必要がある。

近未来のもう一つの超大国インドがクアッドから離れていったら、残されるのは冷戦時代に作られた太平洋のアメリカとその同盟国二つだけだ。クアッドは求心力を失う。米中競争の時代を勝ち抜くためにインドとの連携を重視するなら、ロシアとイランへの警戒心を緩め、なおさらアフガニスタン問題について真剣に話し合うためにクアッドを活用すべきだ。

9・11から20年目のアフガニスタンの激変の直後に開催される初の対面クアッド会合が持つ重要性は計り知れない。どのような結果がもたらされるのか注目しなければならない。

【篠田英朗 東京外国語大学大学院教授プロフィール:専門は国際政治学(平和構築)1968年10月11日生まれ。神奈川県出身。早大政経学部卒。ロンドン大(LSE)で国際関係学博士課程修了。広島大学准教授、コロンビア大学客員研究員などを経て2013年より現職。著書『平和構築と法の支配―国際平和活動の理論的・機能的分析』(大佛次郎論壇賞)『「国家主権」という思想―国際立憲主義への軌跡』(サントリー学芸賞)『集団的自衛権の思想史』(読売・吉野作造賞)『紛争解決ってなんだろう』など】

【執筆:FNNバンコク支局長 百武弘一朗】

百武弘一朗
百武弘一朗

FNN プロデュース部 1986年11月生まれ。國學院大學久我山高校、立命館大学卒。社会部(警視庁、司法、宮内庁、麻取部など)、報道番組(ディレクター)、FNNバンコク支局を経て現職。