韓国のポン・ジュノ監督による映画「パラサイト 半地下の家族」がアメリカアカデミー賞の作品賞を受賞するなど4冠に輝く快挙を成し遂げた。英語以外の言語による映画が作品賞を取るのは史上初の事だ。

受賞を受けてアメリカでの上映館が1000館を超えるなど世界的な注目が高まっていて、日本の映画館にも多くの観客が集まっている。もちろん、一番盛り上がっているのは韓国だ。新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大で社会活動が沈滞する中、突然もたらされたこの吉報に、国を挙げて沸き返っている。

韓国メディアは「パラサイト」に関するニュースを連日乱発。世界のセレブがSNSで「パラサイト」を褒めただけで、すぐにニュースになる。映画の舞台となったソウル市内のスーパーやピザ店には「聖地巡礼」の観光客が押しかけ、映画に登場したインスタントラーメン「チャパグリ」のコンビニでの売り上げは60%以上アップしたという。

映画に登場したインスタントラーメン「チャパグリ」
映画に登場したインスタントラーメン「チャパグリ」
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また「パラサイト」を制作した会社の株価が3日間で40%もアップ。あまりにも急激な上昇を見せたため、韓国の取引所が「投資警告銘柄」に指定した。まさに「過熱状態」だ。

アカデミー賞受賞で注目された「韓国格差社会」

しかし、喜ばしい事ばかりではないようだ。
アカデミー賞受賞により、映画の重要な舞台である「半地下」が世界的な注目を集めている事について、戸惑う声が韓国メディアから出ている。

「半地下」は文字通り半分地面に埋まった部屋の事で、ソウルで街を歩けば比較的簡単に見つける事が出来る。当初は北朝鮮の攻撃に備えた防空壕として建設されたとされるが、経済成長に伴い都市部に人口が集中する中で生じた住居不足を解消するため、低所得者が住むようになった。

暗くジメジメした半地下部屋は、豪華な高層マンションが立ち並ぶソウルの高級住宅街と強いコントラストを見せていて、韓国社会の格差の大きさを象徴するものだ。我々もこの「半地下」を取材し、韓国の格差社会をリポートしたが、イギリスのBBCなど世界中のメディアも「半地下」と韓国の格差を取り上げた。

韓国でよく見かける半地下部屋 窓が地面のすぐ上にある
韓国でよく見かける半地下部屋 窓が地面のすぐ上にある

韓国の聯合ニュースは「半地下が韓国の貧富格差を象徴? "拡大解釈警戒"」との記事を配信した。半地下住居は減少傾向であり「韓国の貧富の格差の証拠であるかのように拡大解釈するのは適切ではない」と釘を刺した。まさに痛しかゆしだ。
格差問題は韓国で深刻なのは事実だ。親の収入によって子供の人生が決まるとの諦念も強く、格差が固定化するとの懸念も強い。

そのような状況で格差問題に光を当てた「パラサイト」。文在寅大統領はいち早く受賞を称えるメッセージを送ったが、本音はどうなのだろうか。

「パラサイト」の生みの親は財閥CJグループ

「パラサイト」の制作費に多額の投資を行ったのは、韓国の財閥CJだ。CJはサムスングループを率いる李一族から派生した食料品を中心とした財閥で、ケーブルテレビチャンネルを運営するなどエンターテインメント業界にも進出している。

CGVというシネマコンプレックスを運営する他、1995年にアメリカの映画製作会社ドリームワークスに出資したのを皮切りに、韓国映画の製作にも多額の出資を行ってきた。その中心が「韓国映画界の大母」と呼ばれるイ・ミギョン副会長である。今回のアカデミー賞の授賞式にも出席していて、作品賞受賞の際にはポン・ジュノ監督を讃えるスピーチまで披露している。このイ副会長が「パラサイト」に出資した経緯は、まさに紆余曲折を経たものだった。

ポン・ジュノ監督
ポン・ジュノ監督

保守政権の「韓国芸能界ブラックリスト事件」

韓国の情報機関・国家情報院の改革委員会が2017年に公開した資料によれば、保守派が権力を握った李明博・朴槿恵政権時代(2008年~2017年)に、国家情報院は保守政権と対立する革新系文化人の「ブラックリスト」を作成していた。韓国を揺るがした「芸能界ブラックリスト事件」だ。

韓国政府は、ブラックリスト対象者に対する補助金を打ち切るなど不利益を課して、保守派と対立する芸能人の活動を妨害していたのだ。韓国メディアによると、ポン・ジュノ監督もこのブラックリストに掲載されていたという。CJ財閥のイ副会長はそのポン・ジュノ監督の4つの作品に出資していて、他にもブラックリストに掲載された芸能人・文化人を支援していた。

こうした経緯からイ副会長は朴槿恵政権時代の2013年に大統領府高官に退陣を求められ、映画製作から手を引いてアメリカに移住した。なお、この大統領府高官はこの件で強要未遂の罪に問われ、懲役1年に執行猶予2年の刑が確定している。

「パラサイト」誕生のきっかけは文在寅政権の誕生?

このブラックリスト事件を追及していたのは、もちろん文在寅大統領ら革新派であり、イ・ミギョン副会長が再び映画産業に返り咲いたのは、革新派の文在寅政権が誕生したからだ。「パラサイト」は、保守派によってブラックリストに掲載され不利益を被ってきた人たちが作り出した作品なのだ。

それがアカデミー賞で快挙を成し遂げたのだから、文在寅政権としては痛快な話だろう。文大統領は授賞式当日にポン監督に祝電を送ると共に、近く大統領府に招待して昼食会を開くという。一方保守派の野党は、ブラックリスト事件のため「パラサイト祭り」には参加できない上、韓国国民に「負の歴史」を思い起こさせるきっかけとなったため、苦慮しているようだ。

4月には今後の文政権の運営を大きく左右する国会議員総選挙が行われる。革新派と保守派の激突はすでに始まっており、ポン監督らを招いた昼食会は、ブラックリストを追及してきた革新派政権のアピールの場となるだろう。アカデミー作品賞受賞という「国家的慶事」も韓国では政治性を帯びているのだ。

(関連記事:カンヌ大賞作品の舞台「半地下」に見る韓国の格差社会と分断の歴史

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】

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渡邊康弘
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FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。