8月末までの米軍の撤退期限を前に、アフガニスタン情勢は緊迫の度を高めている。8月26日には首都カブールの国際空港近くで爆発があり、米国人兵士13人、60人以上のアフガニスタン市民が死亡した。

タリバンと敵対する過激派組織「イスラム国」は犯行声明を発表、自爆テロにより米軍と協力者60人を殺害し、100人以上を負傷させたと主張した。さらならテロの情報もあり、国外退避への影響が懸念される。

これに先立ち、米紙ワシントン・ポストは24日、CIA(米中央情報局)の長官がタリバン幹部と極秘会談したと報じた。アメリカはアフガンでいかに協力者を見いだし、彼らに何を期待したのか。そして、今後のタリバンとの交渉はどうなるのか。東京外大の篠田教授に聞いた。

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2人の“協力者”

――アメリカにとっての協力者について

篠田英朗教授
介入者は、現地有力者の中に協力者を見出そうとする。アメリカのような強国は、多少荒っぽい手を使ってでも、協力してくれそうな者に働きかけて、自国の政策目標の実現につなげてしまいたい誘惑にかられやすい。そこに潜む落とし穴は、協力者と見込んだ者が実力不足であったり、裏切ったりする恐れが常にあることだ。

アメリカのアフガニスタンへの軍事介入後の最初の大統領はカルザイだが、アメリカが見込んで引き上げた人物だ。だが政策姿勢の違いなどから、アメリカは次第にカルザイ大統領と険悪な関係になっていた。カルザイは、退任後はさらに激しくアメリカ批判を繰り返し、タリバンにも近づいた。

ハミド・カルザイ元大統領
ハミド・カルザイ元大統領

次の大統領のアシュラフ・ガニは、知米派であることが売りのような人物であり、オバマ大統領による在アフガニスタン米軍の大幅削減の後、タリバンとの戦闘に政府軍を押し出すという政策を遂行した。

しかし期待外れの成果しか出せなかったことから、トランプ大統領はガニ大統領を見限る形で、アフガニスタン政府を介在させずタリバンとの間で米軍撤退の合意を締結してしまった。見捨てられた格好のガニ大統領は、最後は完全撤退し終わる前の米軍をしり目に、自分だけ亡命してしまった。

アシュラフ・ガニ大統領
アシュラフ・ガニ大統領

アメリカの撤退の評価は、タリバンが今後どのような統治体制をとっていくかによって、大きく変わっていくだろう。アメリカは、穏健化したタリバンを通じたアル・カイダなどの国際テロ組織の封じ込めを期待している。

アブドゥル・ガニ・バラダルは「良いタリバン」?

――アメリカはタリバンの誰と交渉しているのか

篠田英朗教授:
アメリカが見込んできたのが、タリバンの政治部門の責任者であるアブドゥル・ガニ・バラダルだ。現在のアメリカの政策は「バラダルは良いタリバンである」という見込みに依存している。しかし、アメリカが再び裏切られるかもしれない懸念は大きい。

アブドゥル・ガニ・バラダル師
アブドゥル・ガニ・バラダル師

バラダルは、タリバンの初代最高指導者ムハンマド・オマルと非常に近く、タリバンの創設メンバーの一人とされる。2010年にパキスタンで軍情報統合局(ISI)とCIAの合同チームによって逮捕されたが、2018年にアメリカの要請により釈放されたという特異な背景を持つ人物である。バラダルがカタールのドーハにあるタリバン外交事務所の責任者としてタリバン指導層に復帰した背景に、アメリカの画策があった。

本来のタリバンの最高指導者は、ハイバトゥラー・アクンザダである。だがアクンザダは、カブール陥落後も、全く姿を見せていない。何の発言も伝えられていない。そのため二年前の米軍の空爆によって既に死亡していた、という情報が、急速に信ぴょう性を持つものとして広がっている。もしこの情報が正しければ、宗教的な権威を担う最高指導者が不在の中、2020年2月のアメリカ撤退を決めるタリバンとの合意が締結されていたことになる。

タリバンの最高指導者 ハイバトゥラー・アクンザダ師
タリバンの最高指導者 ハイバトゥラー・アクンザダ師

バラダル釈放の要請を主導したのは、トランプ政権でアフガニスタン和平担当特別代表としてタリバンとの交渉を取り仕切ったザルメイ・ハリルザドだった。アフガニスタン生まれで、ブッシュ政権時代に駐アフガニスタン大使などを歴任したイスラム教徒の共和党系の大物だ。

異例の超党派の動きとして、バイデン政権は、ハリルザドを同じ役職にとどまらせた。その結果、ハリルザドは、バイデン政権成立後も、カブール陥落直前の時期も含めて、カタールのタリバン事務所にいるバラダルを訪問したりしながら、合意履行に尽力し続け、アメリカのアフガニスタン政策に影響を及ぼした。

ザルメイ・ハリルザド 米アフガン和平担当特別代表
ザルメイ・ハリルザド 米アフガン和平担当特別代表

なおバラダルは、2021年7月にタリバンの代表団を率いて中国を訪問し、王毅外相と会談した。「中国はアフガン人民が信頼できる友人だ」と持ち上げるなど、新思考的なタリバンを代表する指導者である。タリバン政権の本格的な成立後には、大統領に就任するのではないか、との観測もある。

バラダル師と王毅中国国務委員兼外相
バラダル師と王毅中国国務委員兼外相

バラダルと同じ部族の出身であるカルザイや、ガニと対立しながらバラダルを相手とするタリバンとの交渉の(アフガニスタン)政府代表を務めていたアブドラ・アブドラ国家和解高等評議会議長などは、カブール陥落後にいち早く新生タリバン政権に食い込む動きを見せた。

今のところバラダルの政治的計算の通りに事態が進んできているという印象だ。ただし、だからといって「バラダルは良いタリバン」という仮説が実証されたわけではない。

アブドゥル・ガニ・バラダル師
アブドゥル・ガニ・バラダル師

アメリカの冷淡な態度

――アメリカは反タリバン勢力を支援しないのか

篠田英朗教授:
バイデン政権は、共和国政府のアフマド・マスード、アムルラ・サレー第1副大統領、ビスミッラー・ハーン・モハンマディ国防相らパンジシール渓谷に集結した反タリバン勢力に対して、全く反応を示していない。武力でカブールを制圧したタリバンに対して、憲法の規定にしたがってアフガニスタン政府の暫定大統領となっているとするサレー第1副大統領の主張には、一定の妥当性がある。それを考えると、アメリカの冷淡な態度は、むしろ不自然なくらいだ。

かつてタリバン政権時代に有力な反タリバン勢力「北部同盟」を率いた故マスード司令官の息子アフマド・マスード氏
かつてタリバン政権時代に有力な反タリバン勢力「北部同盟」を率いた
故マスード司令官の息子アフマド・マスード氏
アムルラ・サレー第一副大統領(左)
アムルラ・サレー第一副大統領(左)
北部・パンジシール渓谷を拠点とする反タリバン勢力
北部・パンジシール渓谷を拠点とする反タリバン勢力

イスラム国分派の「陰謀説」

――過激派組織「イスラム国」分派の動きについて

篠田英朗教授:
アフガニスタンで活動する「イスラム国ホラサン州(IS-KP)」は、新タリバン政権について、新しいアメリカの傀儡政権にすぎない、と断ずる声明を出している。タリバンと戦い続けているIS-KPによる荒唐無稽な主張のようにも感じるが、それだけではない。バラダルとハリルザドの間の特別な関係にもとづいた、アメリカの新タリバン政権への「期待」を考えると、IS-KPが主張する「陰謀論」は「火の無いところに煙は立たない」ものだと考えることもできる。

アブドゥル・ガニ・バラダル師
アブドゥル・ガニ・バラダル師

バラダルがどのようなタリバン政権を作ってくるのかは、まだ不明だ。だがそれでも明らかなのは、バラダルがアメリカの期待に応えることを至上命題として行動することなどはありえない、ということだ。

【篠田英朗 東京外国語大学大学院教授プロフィール:専門は国際政治学(平和構築)1968年10月11日生まれ。神奈川県出身。早大政経学部卒。ロンドン大(LSE)で国際関係学博士課程修了。広島大学准教授、コロンビア大学客員研究員などを経て2013年より現職。著書『平和構築と法の支配―国際平和活動の理論的・機能的分析』(大佛次郎論壇賞)『「国家主権」という思想―国際立憲主義への軌跡』(サントリー学芸賞)『集団的自衛権の思想史』(読売・吉野作造賞)『紛争解決ってなんだろう』など】

【執筆:FNNバンコク支局長 百武弘一朗】

百武弘一朗
百武弘一朗

FNN プロデュース部 1986年11月生まれ。國學院大學久我山高校、立命館大学卒。社会部(警視庁、司法、宮内庁、麻取部など)、報道番組(ディレクター)、FNNバンコク支局を経て現職。