サービス精神にビックリ 名物議長のインタビュー取材
「カメラに向かってお願いします!」と頼んだら、すぐさま野太い声が響き渡った。「オーダー(静粛に)!」
真横で聴くと結構な音圧だ。
と同時に、先日までイギリスの「三権の長」を務めていた政治家のサービス精神とユーモアに驚いた。
イギリス議会下院で10年に渡り議長を務めたジョン・バーコウ氏にインタビュー取材した。
叫んだ「オーダー」14000回 息子もモノマネ
10月末にバーコウ氏は10年務めた下院議長を退任した。EU離脱をめぐり混乱が続くイギリス議会、主役の一人は明らかにこの人だった。
「オーダー(静粛に)!」と独特の叫びを連発し、議論を仕切る姿は世界中のメディアに取り上げられた。ご存知の方も多いと思う。
BBCの調査では、バーコウ氏が、10年の議長職の間に叫んだ「オーダー!」は約14000回。そして過去の議長よりおよそ2倍近く議会で話しているということだ。
一方で、議会中にスマホをいじる議員に「スマホをしまいなさい。さもなければ議場から立ち去りなさい。失礼な態度です。」と冷静かつ厳格に注意することも 。議会軽視に対しては厳しい態度で臨んだ。「オーダー!」と絶叫していただけの議長ではない。

テレビにも頻繁に登場し「政界のセレブ」になったバーコウ氏。
果たしてご家族はどう思っていたのかと聞くと「議会を終えて帰宅したら、いきなり息子のフレディから『オーダー!このジェントルマン(バーコウ氏)は騒ぎすぎです。おとなしく席に戻りなさい!』と言われました。多分、妻が言わせたんだと思います…」
家庭内でも「オーダー!」という言葉が重要な役割を果たしていた事実を明らかにしてくれた。

身内の与党からも強烈批判 それでも「議会を守るのが務め」
時にコミカルな印象すら与えるバーコウ氏だったが、度々シリアスな状況に追い込まれた。
バーコウ氏は与党保守党の出身であるにも関わらず、与党と真っ向から対立する判断や発言で物議を呼んできた。3月には前首相メイ氏による3度目の離脱案採決を認めず、9月には反対派を封じ込めるため議会を閉鎖したジョンソン首相を「民主主義に反する」と批判。
そのため保守党から「残留派寄りでフェアでない」「自己陶酔しているだけ」など痛烈な批判が出ていて、通常は議長に与えられる貴族院(上院)議員就任の権利はく奪も検討されている。
議長が与党のバッシングを受けるというのは、日本では考えられないことだ。

これらの批判に対しバーコウ氏は「自分がこの10年間、よくやったのか、ダメだったのかはわからない。しかし議会の役割は守り続けた。それについて誰にも頭を下げることはない」
「EU離脱のような議論が分かれる問題については、一つの意見だけ受け入れ他の意見を切り捨てることなく、様々な意見を最大限公正に議論させる」事が議長の務めだと答えた。
議長伝統の「制服」もルール変更 評価は二分
バーコウ氏が変えたのは議論の在り方だけではない。
これは1970年代に下院議長をつとめたセルウィン・ロイド氏の写真。
長髪のカツラに、独特の襟がついたシャツ。そして膝丈のズボンにタイツ。もともと下院議長には、このような伝統的な装いが義務付けられていた。

この伝統を大きく変えたのがバーコウ氏だった。
バーコウ氏は、就任直後、これまで通り黒いマントは羽織るものの、その下には普通のビジネススーツとネクタイを着用できるようルールを変更。本人は「伝統と革新の融合」と説明、議会を「少しでも息苦しくない場所にする」と述べている(※カツラは92年に女性議長が就任した時に廃止)。

退任の日、リベラル系の日刊紙「ガーディアン」はバーコウ氏を「議長の役割を本質的に変え、議会を開かれたものにした」と論評。一方で保守系の日刊紙「デイリーメール」は、「ドン引きするほど尊大」とこき下ろした。その評価の振れ幅は大きい。
議長を辞めた今、一人の政治家としてEU離脱をどう思っていたのか聞いてみると
「EU離脱は戦後最大の大間違いだ。イギリスにとってもヨーロッパにとってもいいことはない」
シンプルだが強い口調で離脱自体を否定した。
「議会は分裂し、国民は分裂している。たとえ離脱が決まったとしても、具体的な課題が山積している。この分裂が解消するまで長い時間がかかるだろう
EU離脱をめぐる議論は4年目に入った。イギリスの戦後議会における未曾有の事態だ。
「異端の議長」バーコウ氏は、カオス状態の議会で存在感を遺憾なく発揮したが、分裂した議論を一つには出来なかった。
議会にもはや解決の手立てはなくなった。ジョンソン首相は判断を再びイギリス国民に委ね、12月12日に総選挙が行われる。議会制民主主義の「母国」の混乱は収束するだろうか。

