英国の政治的地殻変動

「私たちは勝利した!」と力強く勝利を宣言したイギリスのジョンソン首相
「私たちは勝利した!」と力強く勝利を宣言したイギリスのジョンソン首相
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トランプ大統領の「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」が英国に伝染したようだ。

英国の総選挙はボリス・ジョンソン首相率いる保守党が歴史的勝利を収め、同首相が公約していた英国の欧州連合(EU)からの離脱「ブレグジット」が来年1月末に実現する見通しになったが、投票結果の分析から英国で政治的な地殻変動が起きたことが分かってきた。

それは、長年労働党の選挙基盤であった「赤い壁」の崩壊のことだ。英国中部、北部の工業地帯は何があっても労働党の候補者を選出する地域で「赤い壁」と呼ばれていたのだが、今回の総選挙では1918年に選挙区が設定されて以来労働党が議席を独占してきたヨークシャー南部の炭鉱町ロザー・バレーで保守党がそれも大差で勝利した他、労働党の牙城で軒並み敗北したのだった。

勝敗を分けたのは「ブレグジット」への対応

「ブレグジット」でも追い詰められ辞任したイギリスのテリーザ・メイ前首相
「ブレグジット」でも追い詰められ辞任したイギリスのテリーザ・メイ前首相

前回2017年6月の総選挙の際、労働党は「赤い壁」で勝利しただけでなく、30議席増やして当時のテリーザ・メイ首相を追い詰めたのだが、今回のこの労働党の地盤沈下の原因は「ブレグジット」への対応の差だったとされる。

前回労働党は「ブレグジット」を推進することを約束していたのに対し、保守党のメイ首相は元々自らがEU離脱に反対の立場だったこともあってあいまいな立場を表明したことで「オウンゴール」のように敗北したと言われた。

それが、今回保守党のジョンソン首相は「ブレグジット実現」一本槍で選挙を戦い、一方の労働党は「改めて離脱の是非を問う国民投票を行う」ことを公約に掲げ、離脱派の有権者には「裏切り行為」のように映ったという(ニューズウィーク誌電子版)。

ヒト、モノ、カネが自由に往来するEUの中で英国は繁栄を謳歌してきたのは確かだが、その繁栄はロンドンの金融街シティの投資家などに限られ、「赤い壁」地方の住民は工場がチェコなど他のEUの国々へ持ってゆかれたり、残った仕事もポーランドなどからの労働者に奪われてEU加盟のしわ寄せを受けてきたのだ。

今回の総選挙の結果は、そうした「赤い壁」の有権者のエリートに対する反乱だったと分析されているが、これは2016年の米大統領選で起きた現象とうり二つだ。

「自国ファースト」という妖怪が現れた

米国の「赤い壁」は「ラストベルト(錆びついた地帯)」と呼ばれ、米北東部のかつては重工業と製造業で栄えた地方で伝統的に民主党支持基盤だったが「グローバリゼーション(経済の地球化)」の余波で住民は職を失い不景気に見舞われていた。そこにトランプ大統領は「アメリカ・ファースト」を叫び「グローバリゼーション」派のヒラリー・クリントン候補を圧倒したのだった。

「アメリカ・ファースト」か「グローバリゼーション」か 答えが明確になった前回のアメリカ大統領選
「アメリカ・ファースト」か「グローバリゼーション」か 答えが明確になった前回のアメリカ大統領選

さしずめジョンソン英首相の公約は「ブリテン(英国)ファースト」とでも言うべきだろう。
「ジョンソンの勝利は英国を激動させたが、それは米国にも波及するかもしれない」
ワシントン・ポスト紙は英国の総選挙の結果をめぐってこう論評した。

それは、英国の労働党が「自国ファースト」という新しいナショナリズムと戦わずに鉄道の再国有化など社会主義の論理ばかりを唱えて敗北した教訓に学ばないと、米国の民主党も来年の大統領選で大敗北を喫すると警告したものだった。

共産党宣言式に言うと「一つの妖怪が大西洋上に現れている。自国ファーストという妖怪が」ということか。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

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木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。