「立皇嗣の礼」で大役の馬に独占密着

2020年11月8日に行われた立皇嗣の礼。

皇嗣としてのお披露目の日、秋篠宮さまは菊の御紋の入った伝統的な儀装馬車に、守り刀の壺切御剣(つぼきりぎょけん)と共に乗り込まれた。

実はこの馬車を輓く馬にとってもこの日は大きな節目。

昭和3年に製造された儀装馬車3号。上皇さまや天皇陛下もかつて乗車された格式の高い馬車だ。

馬車を曳く2頭のうち、向かって左はベテランの初宝(12才)、右が8歳の岸菖。

FNNでは、この岸菖を6年半にわたり独占密着。皇室の伝統を支える馬の成長を初めてカメラがとらえた。

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御料牧場ですくすく育つ

2014年6月。岸菖は栃木県の御料牧場にいた。

生まれた2012年の歌会始のお題「岸」と母馬の名前から一文字ずつを取って、 「岸菖」と名付けられた。

この時、岸菖は2歳、体重は680キロ。

2歳の岸菖 2014年
2歳の岸菖 2014年

父馬は、イギリスで馬車に用いられるクリーブランドベイ。細くて美しい体格と持久力を併せ持つのが特徴だ。

その父馬の血を引き、体格が美しく、素直で人に良く反応することから、岸菖は馬車を輓く「輓用馬(ばんようば)」に選ばれ、皇居に移されることになった。

御料牧場・育馬係長(当時) 杉田知久さん:
体は大きいですけど、性格は優しい、良い馬ですから、向こうで頑張ってきてくれるでしょう。

御料牧場から皇居へ

2014年6月。御料牧場を離れる日が来た。

生まれ育った牧場を離れることを本能的に感じたのか、なかなか輸送車に乗ろうとしない岸菖。

「ホーホー」
「大丈夫だよー」

穏やかに声をかける職員たち。

6分ほどかけて、やっと輸送車に乗りこんだ。

御料牧場からはるばる皇居へ。

期待を一身に背負った岸菖。輓用馬としての訓練が始まった。

2週間後の7月。初めての密着取材。

馬は繊細な生き物なので取材には細心の注意が求められたが、岸菖は人懐こい性質から撮影機材に興味津々。新たな環境にも慣れてきた様子。

撮影機材に興味津々の岸菖
撮影機材に興味津々の岸菖

ところが、この時、アクシデントが発生していた。

宮内庁 車馬課主馬班調教係(当時)斉藤昭雄さん:
爪からですね、爪があって球節っていうんですけど、その下の爪との間が炎症を起こしている。 

来て早々の足のトラブル。調教中止を余儀なくされた。

初めての装蹄

1か月後の8月。訓練は出来ない中、初めて蹄鉄(ていてつ)をつける日がやってきた。

アスファルトの上で重い馬車を輓くにはひづめを守る蹄鉄が欠かせない。

煙に驚く馬もいるというが、岸菖は動じず、落ち着いていた。

装着後の検査も問題なし。無事に初めての装蹄が終了した。

初めての装蹄
初めての装蹄

2014年11月。皇居で迎える初めての秋。

体重は750キロ。いよいよ本格的な訓練が始まった矢先、今度は爪が欠けてしまった。

宮内庁 車馬課主馬班 入江忠明 獣医専門官:
爪がよく伸びるようにサプリメントを少し加えたりという事はありますね。エサにまぜて。
あとは任せて、自分でしっかり伸びてくれるのを待ってます。

爪は馬の命。あの伝説のサラブレッド、ディープインパクトも爪が弱く、接着剤で固定して走っていたそうだが、岸菖もまた、爪の弱さを抱えていた。

今は軽い運動のみ。本格的な訓練は、しばしお休み。

軽い運動をする岸菖
軽い運動をする岸菖

宮内庁 車馬課主馬班調教係(当時)守谷勝己さん:
爪を完全に治してからの調教しかないもんですから、我慢に我慢ですね。
ここで焦ってもどうしようもないもんですから。

本格的な訓練へ

1年後の2015年10月。爪の状態も改善し、鞍などを付けた、本格的な訓練が出来るようになった。

別の馬と息を合わせて走る併馬や馬車をひく綱、輓革(ばんかく)に慣れるための訓練。主馬班オリジナルの竹ゾリをひかせたり、基礎的な訓練が始まっていた。

竹ゾリを引いての訓練
竹ゾリを引いての訓練

それからおよそ1年半が過ぎた2017年6月。訓練も進み、岸菖は馬車をひくまでに成長していた。

この日は、人や車に動じず走行するため、実際に馬車列が走る皇居前広場での訓練。

その時だった。偶然、皇宮警察の車列訓練に遭遇。

初めて見るサイドカーに、岸菖が驚かないか心配だ。

「ほーっ、ほーっ」

案の定驚いた様子の岸菖。一瞬歩みが乱れたが、守谷さんの声掛けですぐに落ち着きをとり戻した。

1頭の乱れは馬車列全体の安全を脅かすため、こうした訓練を通じ、どんな状況にも動じない安定感を養っていく必要がある。

宮内庁 車馬課主馬班調教係(当時)守谷勝己さん:
想定外だよ、あんなの、びっくりしちゃうよ馬が(笑)

皇宮警察の車列に一瞬驚く岸菖
皇宮警察の車列に一瞬驚く岸菖

”卒業審査”に見事合格

調教開始から3年が経った2017年6月。

輓用馬としてデビューが可能かどうかの「古馬編入審査」の日を迎えた。

古馬編入審査とは、訓練生が越えなければいけない卒業審査試験に当たり、この審査に合格すると、馬車列で実際に馬車を輓くことが出来る。

宮内庁 車馬課主馬班調教係(当時)守谷勝己さん:
まぁちょっと、人間の方が緊張してるかな。という感じですね。
(馬の様子は?)普段と変わりません。

これまでの訓練が試される日。

調教開始時から体重は200キロ近く増え、870キロほどに。立派な体躯となった岸菖は、川上車馬課長ら3人の審査官を乗せ、皇居前広場へ。

審査官はチェック項目が記載された用紙を手に、岸菖の走りを、厳しい目で、観察。

落ち着いた様子で審査は終了。さて、結果は。

「今回の古馬編入審査、岸菖は、無事合格ということで、よろしくおねがいします」

無事、合格。守谷さんも安どの表情。そしてたくさんのニンジンを手に、岸菖のもとへ。

「はい、菖ちゃん。ごくろうさん」

デビューの日

合格から半年。2017年12月11日。岸菖は、ついにデビューの日を迎えた。

天皇陛下が新しい外国の大使から挨拶を受けられる国事行為「信任状捧呈式」の馬車を輓くことになった。

実はこの日、東京駅前の丸の内広場の改修工事が終わり、10年ぶりに丸の内駅舎からの馬車ルートが復活。沿道には多くの人や報道陣などが集まっていた。

岸菖は、東京駅前でアフリカのベナンから着任した大使を乗せ、黄色く色づいた銀杏並木の行幸通りを走り抜け、大使を無事に皇居、宮殿へと送り届けた。

ベナン大使を載せて走る岸菖(左側) 2017年
ベナン大使を載せて走る岸菖(左側) 2017年

「立皇嗣の礼」で大役果たす

そして、時代は平成から令和へ。

2020年11月8日。岸菖が皇位継承を締めくくる重要な儀式「立皇嗣の礼」の大役に抜擢された。

「立皇嗣の礼」は、陛下が秋篠宮さまの皇嗣としての地位を明らかにされる国の儀式。

そして、宮殿から宮中三殿まで、秋篠宮さまが移動されるための儀装馬車3号を、岸菖が輓くことになった。

秋篠宮さまが乗られる儀装馬車3号は昭和3年製造で、昭和27年上皇さまも立太子の礼で乗車された。

平成2年には、上皇后美智子さまも、伊勢神宮参拝の際に乗りこまれ、そして平成3年、陛下も立太子の礼で乗車されたとても格式の高い馬車だ。

儀装馬車3号に乗車されている上皇后美智子さま 平成2年
儀装馬車3号に乗車されている上皇后美智子さま 平成2年

実は岸菖の起用が決まったのは本番の3日前。

当初ベテランの高齢馬が馬車を輓く予定だったが、

倉賀野克宏 装蹄師・調教係長:
実は、この子(岸菖)は今回出る予定では無かったんですけど、この子の方が落ち着いてると言うことで、急遽選ばれたんです。

皇室の方を馬車にお載せする機会は、即位や成年など重要な節目の儀式に限られ、10年に一度あるかないかの大舞台だ。

岸菖の頭の両側には、頭絡(とうらく)と呼ばれる3号馬車専用の豪華な飾りが付けられた。

頭絡
頭絡

この日馬車の御者を務めるのは装蹄師として岸菖の爪の状態を見守り続けた倉賀野克宏さん。

秋晴れの空の元、儀装馬車3号を輓き、馬車列は主馬班を出発。

落ち着いて馬車を輓く岸菖。

いよいよ秋篠宮さまをお乗せする時が来た。

鮮やかなオレンジ色の装束、黄丹袍(おうにのほう)に身を包んだ秋篠宮さまが、宮殿の南車寄せに姿を見せられ、そして、皇太子の守り刀と伝えられる「壺切御剣(つぼきりぎょけん)」も大事に運び込まれ、11時47分、岸菖の馬車列は、皇居の鉄橋を渡り、宮中三殿へと優雅に歩を進めた。

馬車での移動を終え、秋篠宮さまは賢所皇霊殿神殿に謁するの儀に臨まれた。

岸菖が輓く馬車列と秋篠宮さま
岸菖が輓く馬車列と秋篠宮さま

調教開始から6年半。岸菖は皇位継承に伴う重要な儀式での大役を無事終えた。

倉賀野克宏 装蹄師・調教係長:
おとなしくて順調に走行することができました。きょうは練習も含めて一番よかったと思います。
岸菖の方がかえっておとなしかったです。虫が途中寄ってきてしまったので、相棒の初宝が嫌がったんですけど、岸菖はそういうことなくおとなしかったです。
僕たちの使命は末永く馬とつきあっていくことなので、気を付けてやっていきます。

「あした馬車を輓いてくれと言われても急には出来ない。だからいつでも対応できるよう、常に訓練をし、備えている」

岸菖の調教係を務め、今は主馬班のトップに立つ守谷さんはこう語る。

足のトラブルを乗り越え、皇室の伝統を支える立派な輓用馬へと成長した岸菖。

取材を始めて6年半。

幾度となく目にしたのは、馬の状態に常に目を配り、声をかけ、スキンシップをはかる職員の愛情と忍耐、そして人を信頼し応えようとする馬の姿だった。

車馬課主馬班 車馬官 守谷勝己さん:
馬を信頼しないと私たちはやっていけない仕事なんで、馬との信頼関係が一番。

天皇陛下のお仕事を支える伝統技術を守り、継承する過程には、宮内庁の職員たちと馬との地道な努力があった。

FNN
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