「最低賃金15ドル」をめぐる攻防
トランプ前大統領への弾劾裁判が”予定通り”無罪に終わったので、ワシントン政界は本来業務に戻り、バイデン政権が命運を賭けた「最低賃金15ドル」をめぐる攻防が始まる。
米上院では、弾劾審議でストップしていた「コロナ対策景気刺激法案」の審議が始まるが、この法案には現在7ドル25セント(約761円)の最低賃金を15ドル(約1575円)に引き上げる法案が組み込まれていて、むしろこの法案の行方が注目されている。

というのも、バイデン大統領は大統領選では反トランプ以外に選挙公約がないと言われた中で、この最低賃金引き上げを強く訴え、最重要な公約とも言われていたので政権発足後真っ先に実現を果たしたい意向と言われている。

各州ごとに異なる最低賃金
米国の最低賃金制度は連邦政府が一律の最低線を設け、各州がそれぞれの事情に応じて州の最低賃金を定めている。一番高いのが首都ワシントンDCですでに15ドルと定めており、次いでカリフォルニア州の12ドル(約1260円)、ニューヨーク州の11ドル80セント(約1239円)などと都市部では高水準だ。一方農村部ではノース・カロライナ州やオクラホマ州などでは連邦政府の最低水準のままだ。

バイデン政権の法案は、これを全州一律に2025年までに最低15ドルに引き上げるというものだが、共和党ばかりでなく民主党の議員からも反対論が上がっている。
「労働者の待遇改善は大事だが、今コロナウイルスで苦境に陥っている中小企業経営者たちのことを考えなければならない」

デラウェア州選出の民主党のトム・カーパー上院議員はこう言って法案の支持を躊躇しており、同様の立場の民主党議員は12人に上るとニューズウィーク誌電子版は伝えている。
最低賃金15ドルで140万人が失業?
そうした折、中立的な議会予算局が最低賃金を15ドルに引き上げた場合の社会的、経済的効果の試算を7日発表した。それによると、企業は高賃金を労働者の削減で対応しようとするため140万人が職を失うことになり、経済も沈滞して連邦政府の財政赤字を540億ドル(約5兆6700億円)増加させるとしている。
実は最低賃金の引き上げと雇用の問題は、カリフォルニア州で一つの結果が出ていた。同州ロングビーチ市議会は、コロナウイルスの中での労働者保護を理由に最低賃金を4ドル(約420円)引き上げる条例を採択したが、新条例執行を前にして大手のスーパーが市内のチェーン店二軒を「人件費の高騰には耐えられない」と閉鎖を1日発表した。その結果、それぞれ15人以上の従業員が職を失うことになった。
共和党や民主党でも雇用を重視する向きは、このロングビーチ市の例を引き合いに出して抵抗しているが、その一方で最低賃金引き上げは困窮する労働者世帯を救うことにもなると議会予算局も認めており、上院で論戦を展開することになることが予想される。
進歩派筆頭のサンダース議員が陣頭指揮
その最低賃金問題を審議する米上院の予算委員会の委員長は、他ならぬバーニー・サンダース議員(バーモント州選出)である。
It's time to raise the minimum wage to $15 an hour. pic.twitter.com/BlvQ52unvn
— Bernie Sanders (@BernieSanders) February 11, 2021
同議員は米上院議員の中でも進歩派の筆頭と言われ、15ドル最低賃金を強く推してきた。無所属ながら民主党から大統領選に立候補し、予備選で一時はトップに立ったが、民主党内の調整でバイデン氏に候補指名を譲ったとされる経緯がある。
サンダース議員は、この法案の採択に総力をあげるだろうが、50対50の上院で共和党を巻き込むのは望むべくもないのに加えて、民主党内にも反乱分子を抱えて難しい対応を迫られる。
その行方は、バイデン政権の命運を左右することにもなりかねないので要注目だ。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン+図解イラスト:さいとうひさし】