香港の事態は異なる局面に

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香港のデモが続いている。200万人とも言われたデモが報道された時には、香港の限られた自由を守ろうとする戦いに多くの共感が寄せられた。香港では司直の政治的中立性が疑われており、もはや市民と公的機関の間に信頼関係が成り立っていない。当初の争点であった犯罪人引渡し法案が香港の自由にとって死活的と判断され、だからこそ、ここまで運動が盛り上がった。ただ、既に事態は異なる局面に突入したと判断すべきだろう。

ひとつには、香港警察が弾圧の度合いを高めており、拘束した若者に不要な暴力を振るい、デモ隊に銃口を向ける事態に至っているからだ。信頼関係という意味で言えば、これは僅かながら存在していたデモ隊側の公権力に対する信頼が吹き飛ぶ事態である。当然、デモは過激化する。直近では、街灯を打ち壊し、地下鉄の施設や中国政府寄りと見られた企業に対する器物損壊などの行為が相次いでいる。経済への悪影響も深刻化しつつある。結果として、そのような暴力行為を是認するかどうかを巡って香港の人びとは分断されることになる。

法案の完全撤回を表明した香港のキャリー・ラム行政長官

キャリー・ラム長官が騒動を収めようとして法案の完全撤回表明という決断をしたのちも、デモ隊は民主的な選挙の実施や警察の処罰などを求めて妥協する気配を見せていない。犯罪人引渡条例に関しては、香港の人びとは、そもそも様々な理由でこの街に行き着いたいわば「事実上の難民」2世、3世で構成されているがゆえに、その危機感はよく理解できる。恵まれた国の国民のように政府の庇護を受けることができず、戦争や革命の混乱、文化大革命などの暴力から逃れてきた人びとの子孫にとって、「犯罪人の引き渡し」は切実な問題だからだ。中国政府が香港の書店主を拘束した事件も実際に発生しており、不信感は推して知るべしだ。香港政庁の幹部が法案を推し進めたプロセスにも問題があった。ただ、異例の妥協を行った香港政庁に対し、民主化要求が認められるまで終わりのない闘争を行うデモの出口は見えない。

香港の運命はすでに決定している

問題は大規模なデモが行われようが、それがいかに香港人にとっては正当な要求であろうが、独立していない一自治区にそのような要求に応じる権限はないということだ。改革を求める声が中国本土にないわけではないが、中国におけるデモは香港ほど高い目標を設定していない。自由や民主を求める声に真摯さがあることは認識した上で、誠に忍びないけれども、1997年にイギリスから返還された時点で、香港は中国の一部であるという運命は既に決している。

独立運動が成功した事例が過去にないわけではないが、中国という国はそのような独立要求に屈したことはないし、そもそも香港が、中国から切り離されて自立的な経済生活を営むことができない以上、香港の自立は想定できないことを認識しなければならない。民主化運動を続けていくという意思を見せ続けることで、一国二制度への中国のコミットメントを確保する。現実的な目標設定としては、このあたりがせいぜいのところなのだ。

問題は、西側先進国の側にそのような厳しい認識を突き詰めて考える態度が欠けていることだろう。中国は世界第二の経済大国として、量のみならず質の面でも米国と肩を並べるまでになった。購買力平価ベースでは、中国は既に世界最大の経済大国であり、ドル換算の計測でも2020年代の半ばには米国を凌駕すると予想されている。中国はもはや列強の内政干渉を受け入れる発展途上国ではなく、独自の論理に従って香港自治区を統治している。

では、中国政府の横暴を許さないとする西側先進諸国はこの問題に介入し、香港の民主化を保証してあげられるのだろうか。当たり前であるが、誰にもそのようなことは「できない」のであり、また「する気もない」ということだ。理想に反する現実に直面し、自らの無力さを痛感させられた時、たいていの先進諸国の人びとは現実を直視することに耐えられない。

米国リベラルの欺瞞

そのため、香港の自由を守る、という支援活動の裏には欺瞞が潜みこむことになる。米国では、米中貿易戦争のさなか、反中国的感情の方が先走っている状況だ。一部には、米中対立と北京憎しの感情から、香港の自由の柱である「香港政策法」を梃として交渉を行うべきという議論が沸き起こっている。現在、米上院に提出されているのが1992年の香港政策法修正法案であり、香港人権民主主義法案と呼ばれている。2016年の大統領選で共和党候補として善戦したマルコ・ルビオ上院議員が主導した法案で、毎年香港の人権状況や民主化度合、自律性をチェックしたうえで、1992年の香港政策法の対象とするかどうかを判断するとするものだ。

香港政策法とは、米国が自由主義経済をとる香港との経済的関係を中国とは別個に運営するための根拠法である。冷静に考えていただきたいのだが、香港の特殊性であり価値でもある自由な経済体制を人質にとって中国経済、ひいては中国政府に圧迫をかけようというのは、単に香港の価値を損ない、そこに住む人々の自由が失われる日を早める効果しかない。つまり、この議論は単に中国の国力を削ぐためのものであり、香港の人々の状況を悪くするものだ。

現在、デモが及ぼしている香港経済へのダメージの全容はまだ明らかになっていないが、おそらくかなり深刻なものである。投資や観光への「風評被害」も広がっている。日米欧などのグローバル企業にとって、今の香港は投機的な立ち位置にある。もっとも要求を通しやすく強い立場で交渉に臨める局面なのだ。ダメージを受けているのは、香港政庁や香港の有名企業のみならず、香港の価値そのものである。

そして、そのダメージは人々に跳ね返ってくるのだ。現に、香港ドルや香港株の価値が下がれば、儲けるのは空売りしていた外国の投機筋だ。ここで米国が対香港政策を転換するとすれば、そうした香港を食い物にする事態が加速するだろう。デモ隊の中には、香港経済に圧力をかければいいのだという言説を額面通り受け取って、香港から投資を外に出そうと呼びかける動きすらある。でも、それは終わりのはじまりですらなく、もはや終わりである。

人民解放軍進軍のフェイクニュース

視点を中国国内に転じれば、報道では香港人のデモは暴徒・テロ行為とされており、中国から離れようとする独立運動の策謀であると位置づけられている。こうした宣伝にのりやすい状況を形作っているのが、米国トランプ政権が仕掛けた貿易戦争だ。米国はあらゆる策謀を通じて中国の国力を削ぎ、反中的な国際世論を形作ろうとしている、という中国の被害者意識は、前述のような動きを勘案すれば完全な妄想とまではいえない。

そこで注意したいのが、「香港に人民解放軍が進軍した」というフェイクニュースが流れ、日本でも情報通を誇っている有識者や政治家などがそれにすぐさま反応してしまったことだ。世の中には、様々な思惑が働いている。米中貿易戦争のさなか、中国が人民解放軍を用いて暴力的に香港の学生たちを鎮圧する「悲劇」をむしろ望んでいる勢力もいるだろう。そうすれば、中国が国際社会から再度孤立し、人権派の多い欧州も中国との経済関係を強化できなくなってくるだろうからだ。ドイツに浸透している中国企業の巨大な存在感を考えれば、経済的利益ではなく人道などの価値観を通じて国内に中国に対する警戒心を呼び起こすほかにドイツを中国から引きはがす手段はない。

しかし、人道の観点から言えば、まさに人民解放軍の突入や、そうでなくとも死傷者を出す事態は避けなければいけない。これほど自明なことはない。だからこそ、騒乱や直接弾圧を煽るようなフェイクニュースの存在には意識的でないといけないのだ。

また、もしも万が一人民解放軍が進軍してきたならば、香港警察自身も支配下に置かれることになる。組織間の統合運用の協力枠組みは無に等しいので、香港警察としてはほぼ被占領地域の現地警察のような立場になるだろう。警察が騒乱を治められなかった責任を問われ、幹部が粛清されることは、火を見るよりも明らかだ。自律性を失いたくないのは市民だけではなく、警察もそうなのだ。

解決策はあるか

香港に自律性が保証される期限は2047年に迫っている。学生たちは、要求のレベルを下げ、香港政庁が合意可能な幕引きを模索する必要があるだろう。逮捕された運動家のうち、暴力行為に及んだ人々が解放され、警察の暴力を検証するなどといった要求が受け入れ不可能だとは私は思わない。致命的なのは、香港の運動に対して中国の民衆が驚くほど冷ややかであることだ。そんな環境の下で民主選挙の要求が通ることなどあり得ない。

香港の経済界は、暴力化したり、経済を人質にとったりするような運動には、すでに批判的だ。人びとは経済界を全くの親中勢力と見做すかもしれないが、事はそれほど単純ではない。香港経済界は当初、逃亡犯条例に反対するデモに同情的だった。香港の経済的価値が減退すれば、経済界の主要な面々も大陸の軍門に降ることになるのは目に見えている。経済界はすべて大陸よりで、中国政府の走狗なのだ、という言説の危うさには気づかなければいけない。

香港の自律性は、様々なレベルで生み出されている。経済界は、経済の富を背景に「租界的自由」を手にすることによって、自主性を保っている。微妙なバランスの下で自由と繁栄がかろうじて均衡しているのがいまの香港である。その均衡が崩れるとき、自由は悪化する方向にしか動かないのだろう。自由な側にいる我々は、その現実を知っておくべきなのではないだろうか。

【執筆:国際政治学者 三浦瑠麗】

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