ロシアでスパイ容疑をかけられ、拘束された北海道新聞の男性記者。
10月26日に初めての領事面会が実現しましたが、少なくとも12月12日まで勾留されることになり、解放の見通しは立っていません。
拘束が長期化するおそれはあるのか、解放に向けて日本に何ができるのか――
ロシア情勢に詳しい防衛省防衛研究所の兵頭慎治研究幹事に聞きました。
■異例の記者拘束 長期化への懸念
「サハリンで拘束された後、すぐに飛行機でモスクワに連行され、レフォルトボ拘置所に収監されたこと自体が非常に驚きでした。ロシア側が新たな動きを示してきたのだと思います」(兵頭慎治研究幹事)
兵頭氏は日本人記者拘束の一報を聞き、ロシア側の対応に驚くとともに、強い警戒感を示しました。
「レフォルトボ拘置所はFSB直轄の拘置所です。ロシア国内でも非常に拘置環境が厳しく、特に外部との接触が難しい場所だといわれています」(兵頭慎治研究幹事)
北海道新聞の男性記者は10月13日、ロシア極東サハリン州ユジノサハリンスクのホテルで拘束されました。
FSBは男性記者が日本の情報機関の指示を受け、ウクライナ侵攻に動員された兵士らの情報を収集していたなどとして、スパイ容疑を主張しています。
■なぜ道新記者だったのか…サハリンという土地の特殊性
では、なぜ北海道新聞の記者が対象になったのでしょうか。
兵頭氏は、背景の1つに、男性記者の取材拠点だったサハリン州の地域的な特徴を挙げます。
「ロシア極東地域は、サハリン州も含めて、従来からFSBの活動が他の地域に比べて活発だといわれています。また、ロシア側で北方領土を管轄する地域でもあり、日ロ間の領土問題を抱える敏感な場所でもあります」(兵頭慎治研究幹事)
兵頭氏によりますと、ウクライナ侵攻の開始以降は、サハリンから多くの兵士が前線に派遣されているとみられ、犠牲者数など知られたくない実態があった可能性を指摘しています。
さらに、極東に駐在する日本人記者が限られていたため、結果的に対象になったと分析します。
「見極めが難しいところですが、結果として北海道新聞の記者が対象になってしまったところがあると思います。ただ、この記者は当然、従来の記者活動をしていたにすぎません。日本政府から指示を受けることもあり得ないと思います」(兵頭慎治研究幹事)
一方、兵頭氏が注目するのは、拘束後のロシア当局の動きです。
「FSBは記者をモスクワに移送しただけでなく、拘束や移送の様子を撮影した動画も公開しました。この動画には国内外にアピールする狙いがあります。そのため、いずれかの段階で大統領府側とも政治的な調整を行っていた可能性が高いのではないかと思います」(兵頭慎治研究幹事)
兵頭氏は、ロシア国内ではFSBが外務省より強い立場にあるとの見方を示し、日本政府が外交ルートで働きかけても、外務省とFSBの間で十分に調整できていない可能性があると分析します。
■日米の連携に影響する可能性 中ロ関係と悪化する日ロ関係
ウクライナ侵攻後、ロシアで外国人記者が拘束されたのは今回が初めてではありません。
2023年3月末、アメリカの大手経済紙ウォールストリート・ジャーナルの米国人記者が、ロシアの地方都市で取材中に拘束されました。
兵頭氏は、当時の米ロ関係と現在の日ロ関係に共通点があるとみています。
「米国人記者が拘束された際も、米ロ関係が悪化する過程で起きています。今回も日ロ関係が悪化する中で起きたと理解できるのではないでしょうか」(兵頭慎治研究幹事)
記者の解放に向けては、アメリカなど欧米諸国との協力が欠かせません。兵頭氏は、ロシア政府が日本とアメリカの連携に影響を与えようとしている可能性もあると指摘します。
トランプ大統領がプーチン大統領に接近する動きを見せ、ロシアへの制裁緩和を示唆する時期でもあります。
兵頭氏は、ロシアが日本とアメリカの足並みを揺さぶろうとしている可能性があるとし、ヨーロッパに対しても同様の働きかけをしているとの見方を示しました。
また、ロシアがウクライナ侵攻以降、中国との連携を深めていることも、日本にとっての懸念材料です。
兵頭氏は、ロシアが戦争を継続するために、兵器に使う部品の調達やエネルギー輸出など、さまざまな面で中国への依存を強めていると説明します。
さらに、対中依存の深まりがロシアの対日姿勢にも影響している可能性があると指摘します。
2026年8月のプーチン大統領による択捉島への訪問については、ロシア側が事前に中国へ連絡していたと報じられています。
また、FSBが記者の拘束を発表した10月13日には、中国黒竜江省の政府代表団が択捉島を訪問しました。
兵頭氏は、一連の動きが意図的に連動していたかどうは断定はできないとしながらも、ロシアが中国との連携を印象づけようとしているようにも見えると話します。
「今回の日本人記者拘束も含め、日ロ関係という二国間の問題だけを切り取って理解してよいのか、検討する必要があります。ロシアが中国と歩調を合わせているのだとすれば、中ロ関係の動きも考慮しなければなりません。日ロ関係や日本側の対ロ姿勢だけで、この状況を変えていけるかどうかは単純ではないと思います」(兵頭慎治研究幹事)
■米国人記者は解放まで1年4か月 多国間の協力が課題
記者の解放に向けた前例の1つが、米国人記者のケースです。
ドイツやポーランドなど7か国が参加した、冷戦終結後、最大規模とされる多国間の身柄交換により、米国人記者は拘束から1年4か月後に解放されました。
兵頭氏は、今回も多国間の身柄交換が有効な手段になり得るとする一方、実際には高いハードルがあるとみています。
「まず、ロシア側が交換を望むロシア人がヨーロッパやアメリカに拘束されていなければなりません。また日本としては、ロシア人が拘束されている国に協力を仰いで、男性記者との交換を働きかけなければいけません。その協力がいつ得られるか、そしてロシア側が応じなければ、早期の実現は難しくなります」(兵頭慎治研究幹事)
日本単独での身柄交換は難しいとみられ、欧米諸国との連携が不可欠です。
兵頭氏は、記者の早期解放に向けて声を上げることが重要だと話します。
「どのような理由であっても、邦人の長期拘束を日本としてはまったく受け入れられないと、声を大にして主張し続けなければなりません。世論の盛り上がりがどの程度ロシアに響くかは分かりませんが、反応しないことでロシア側の動きがさらにエスカレートする懸念もあります」(兵頭慎治研究幹事)
10月26日に実現した初めての領事面会は一歩前進といえます。
しかし、記者の解放に向けた具体的な道筋は、依然として見えていません。
日本政府の外交努力に加え、社会全体がこの事案をどう受け止め、声を上げ続けるのかが問われています。
