財政破綻した北海道の夕張市は、2027年3月に350億円を超える借金を完済。
『今だから話せる』と、当時の関係者が重い口を開いた。
1秒で80円、1時間で28万8807円が減る夕張市の借金時計。
「自力での夕張市の財政再建は困難であると判断」(後藤健二夕張市長 (当時))
350億円を超える借金を残し、破綻。

これに国は。
「夕張の破綻というのは、私は自己責任であると」(菅義偉総務大臣(当時))
「黒いダイヤ」と呼ばれた石炭の採掘で栄え、人口が11万人を超えた一大産炭地。
それが――。

「私自身が勇気をもって莫大な金をかけて観光をやっていますから」(中田鉄治夕張市長(当時))
炭鉱から観光への転換は大きく失敗。
「私は、これは大成功だと思っています」(中田元市長)
「炭鉱全盛期には湯水のごとく金を使って、市民の先のことを1回でも考えたことがありますか」(当時の市民)
完済まで、あと160日あまり。夕張市が歩んだ20年の光と影とは。

夕張市にあるカフェ。
卵がふわふわに仕上げられたオムライス。腕を振るうのは、店主の中本満(79)さんだ。
札幌市で洋菓子店を営む息子さんが毎日届ける、鮮やかなケーキも。
「夕張観光開発のホテルやスキー場で誘客、つまり営業。全国いろいろなところに行って営業して海外にも」(中本満さん)
中本さんは2007年まで、第三セクターの夕張観光開発で常務を務めていた。
「当時の市長である中田鉄治さんから、『うちに来ないか』という話をもらって、それで第三セクターに入りました」(中本さん)

カフェの柱にある「ゆうばり」の文字。
この店は、かつて「夕張駅」であった。

昭和を代表する名優、勝新太郎さんに原田芳雄さんの姿が。
夕張駅は、1990年から始まった映画祭の玄関口として、映画史に残る俳優や監督が降り立った。
1980年代初頭、年間来場者200万人を掲げ、石炭と炭鉱の歴史を伝える大型テーマパークが開業。博物館のほか遊園地を備え、観光拠点として期待された。
当時の最先端ロボット技術を駆使したアトラクションまでオープンした。
相次ぐ巨額の投資。強力なリーダーシップのもと、実現したのである。

「ゆーばりーへ、あーあメロン酒」
「全国の市町村で、自分で歌を作って演歌をレコーディングするのは初めて。そういう意味では僕もズルだから、話題性を高めて、暗い夕張を明るく紹介しようと」(いずれも中田鉄治夕張市長(当時))
中田鉄治元市長。
1979年から2003年まで6期、24年を務めた。

「炭鉱から観光へ」をキャッチフレーズに、当時としては画期的なアイデアで夕張市を売り込んだ。
マスコミもこうした中田元市長の言動を、地方自治の「模範」や「成功例」として好意的に報じた。
「大いにアイデアを駆使して、いろんな開発を次から次と手がけていく。私自身が勇気を持って、莫大な金をかけて観光をやったのですから」(中田元市長)
なぜ観光へと強引にかじを切ったのか。

中田元市長の右腕として観光業に携わった中本さんは、当時を振り返る。
「今だから正直に話しますけれども、その当時、中田市長は炭鉱が閉山になった後、何とか雇用の場を作るというのが1つ」(中本さん)
良質な石炭が眠り、日本の石炭産業の発展とともに隆盛した夕張。
1960年に人口が11万6000人を超え、ピークに。
当時は百貨店があり、17の映画館に31の小中学校。
炭鉱会社は鉱員の住居や生活インフラを整備し、ほぼ無償で提供していた。

そして、国のエネルギー政策が石炭から石油へと移行すると、夕張の炭鉱は急速に衰退。
「いままでの後追い産炭地振興から、それにさらに前進して先行型産炭地振興。問題は、その地元に経済力の生きる案、雇用の場をつくる」(中田元市長)
「(閉山は)ダークなイメージがどうしてもついて回るので、そうしないために観光開発をやって、雇用の場を作ることだった。それで変な話ですけれど、国も奨励していた」(中本さん)
夕張市の観光政策を、国も奨励していたという。
そして…

「自力での夕張市の財政再建は困難であると判断をした。財政の再建に取り組む決意をした」(後藤健二夕張市長(当時))
「こういう再建団体になるのは、もうとっくの昔に分かったはずでしょ。炭鉱全盛期には湯水のごとく金を使って、市民の先のことを1回でも考えたことがありますか」(当時の市民)

観光政策に強引にかじを切った中田鉄治元市長が2003年に退任。
その後、2007年に夕張市は財政再建団体に移行した(2010年から財政再生団体)。
赤字額は353億円にまで膨張。
果たして、国や北海道はこの赤字財政を見抜けなかったのか。
「夕張の破綻というのは、私は自己責任であると」(菅義偉総務大臣(当時))
遊園地にホテル、さらにはメロンを使った酒。
市の第三セクターでこれらの営業に携わっていた中本さんには、破綻が目に見えていたという。
「当時の中田元市長、社長の功罪。「(Q:まずいと気が付いたのはいつ?)破綻する3年前か、その前だったと思う。いろいろ営業をやったが、結局そこもうまくいかなくて、補填」(中本さん)

財政破綻の要因は、観光事業への過大投資。
さらに、市内の急激な人口減少も大きな要因の1つだ。
炭鉱最盛期をピークに、観光政策への転換後も人口は流出。市税収入の激減という、致命的なダメージとなった。

破綻から20年。
税金や公共料金が大幅に値上げされる一方、行政サービスは削減。
市は人口減少と高齢化に対応するため、都市機能や居住を集中させるコンパクトシティ構想を進めてきた。

「住民サービスだとか、行政はできませんから、水道料金が全国でも1番高いとか。暮らしている人たちは夕張が好きな人が多いので、離れたくないという人もたくさんいる」(中本さん)
中本さんは、廃止された夕張駅を改築したカフェに、きょうも立つ。
「ここに灯りをつけなければならない」(中本さん)

「出てこない」「出てきた」「でかっ!」「重たい?」「重たい」(夕張市の子どもたち)
2026年9月、夕張の子どもたちがサツマイモの収穫体験をした。
企画した市内の運送会社は。
「作りがいがありますよね。待っていても誰もやってくれないので」(担当者)
夕張市は2027年3月に借金を完済する。
新しい市のあり方を、市民も一緒に考えていこうとしている。
